第66話 行政府ビル
作戦開始まであと10分。
オズマは第2中隊隊長スパル・ダンスニアにこの作戦の意義と目的を聞いたときに、さすがにそれは、と絶句してしまった。
目的は「バベルの塔」から洗脳されて精神的にとらわれている国王一族を解放すること。
そのために「バベルの塔」に、今後一切のクワイヨン国への干渉をさせないこと。
「なんじゃ、それ!」
思わずそう口ばしってしまった。
つまりかなり強力な「洗脳」が行われたという事だろう。
残留騎士団の幹部連中にはさすがにもう少しまともな「洗脳」を行っていると思うが、一応この騎士団はこの国の4大騎士団といわれ、他の騎士団に比べればかなり強力な騎士団だという自負がオズマにはあった。
それは、戦闘力同様、「魔導力」もそれなりに持っていることが前提のはずなんだが…。
中隊長でこの認識レベルでは、さぞ末端の騎士たちはなんで今ここに居るのかさえ分かっていないことだろう。
既に王宮では戦闘が行われたようだ。
上空で監視を行っているサンドラから、王宮正面玄関で巨大な「魔導力」を感じたとの事だ。
そして玄関ホールのガラス窓が吹き飛んでいるらしい。
儀礼隊でしかない王都防護隊ではアイン団長相手に持たないことは分かっているが、そこまでの戦闘があったという事はアトロール大将が戦闘に参加したのかもしれない。
アトロール大将は国民からも人気がある。
なんと言ってもあの美声での歌唱力は、国民の心をつかむには絶対的必要な人物だ。
ぜひ生き残って欲しい人物である。
既に第2中隊の全員に対しての洗脳は解除済みであった。
洗脳を解除などおこがましい。
自分が何をしているか思い起こさせたらすぐに平常に戻った。
これは、第1・3中隊も同じだろう。
自分が掌握している第5中隊の隊長も既に洗脳解除に動いてるはずだ。
同じ騎士団同士での戦闘は何とか避けられそうな見込みだが、チコちゃん隊長からの作戦解除の連絡はまだ来ていない。
オズマはそれが少し不安であった。
一応、作戦目標の行政府ビル、3階建ての建物は所々で明かりが見える。
基本的には司政官のユミル・ザラトウストの拘束が最優先目標とされている。
3階にある執務室までの間には、当然警備兵がいるわけだし、一般の職員も働いている。
突入する前にこの作戦が中止されることが好ましいのだが…。
作戦まで5分を切った時だった。
突如、リングから警告音がすべての騎士から発せられた。
「なんだ、何が起こった?」
オズマは自分の横にいた第4中隊隊長テカス・ハックドゥーに大声で尋ねたが、テカスにもなにがなんだかわからいのだから、ただ首を横に振るだけだった。
他の騎士たちも隠れていた場所から立ち上がり、周りを見渡し始めたとき。
大音響がその場に居た騎士たちを襲った。
目の前にあったはずの行政府ビルが一瞬のうちに崩れ落ちてゆく。
そして大量の砂煙が視界を奪っていく。
「全員その場で待機!異常があればすぐに連絡しろ‼」
オズマは声の限りを使って、他の騎士たちに吠えた。
まさか、チコちゃんがやったのか?
奴にそんな度胸はないはずだが、アイン団長から指示があれば従うかもしれない。
「魔導力」を駆使して、視界を得ようとしたが、「魔導力」を封じる対「テレム」の粉塵を混ぜてあるようで、うまく見ることが出来ない。
確か上空に飛竜隊がいたはずだ。
サンドラの部下のジャスティングに連絡を試みる。
こちらは無事に繋がった。
「ジャスティング卿、そちらからこの行政府の様子は視認できるか?」
「オズマ卿、現時点ではビルが崩壊し、周りに煙が拡がっていて何も視認できませんが…、いや、待ってください。オズマ卿の反対側に布陣していた騎士たちも右往左往しているだけで、本格的な戦闘態勢には入っていません。これは、計画にはなかったのではないかと愚考します。」
チコちゃん隊長の仕業ではないのか?
では、一体何が起こっているんだ?
「風術隊、全員で風を起こしてこの煙を散らせ!他の者はすぐにここから後退して隊形を整えろ。どこから敵が来るか分からん。各自注意しろ‼」
オズマは当初、こちら側の隊がこのクーデターに反対して、自分たちを攻めてくると考え、5分前にビルを倒壊させ、攻めてこようとしたのではないかと考えた。
その為、この煙を散らさずにチコノフスキー隊への攪乱を考えていたが、そうでないのなら、この煙幕は邪魔以外の何物でもない。
風を発生することが出来る「風術師」の隊にこの煙を散らさせ、現状を確認する必要があると考えた。
煙が消えた後にオズマが最初の見たのは、茫然と立ちすくんでるシリウス騎士団第3大隊隊長ニルカイ・チコノフスキーその人であった。




