第65話 アトロール大将 死す
【国王一家を無事保護しました】
リングに部下からの連絡が入った。
目の前のアトロール大将にも同じタイミングで報告が来たようだ。
微妙に張り巡らしていた緊張から、失望らしき哀しみが漂っている。
そのクワイヨン高等養成教育学校の先輩にあたるアトロールが持っている剣を握りなおした。
いい先輩だった。
自分の才能を単純に褒めて、その境遇に同情してくれた。
アトロールは軍へ、自分は騎士団を選んで違う道に進んでいたが、時折互いの状況を報告がてら酒を酌み交わすこともあった。
この「特例魔導士」としての慣習や規則を憂うようになったのは何時からだろう?
ツヴァイが無能なのはまだしも、快楽の赴くままにオネスティー侯爵家の金を湯水のように使い込み、それを清算するために資産を切り売りしたときか。
ツヴァイが違法薬物に手を染め、それを父上が調査機関の上部に金を掴ませもみ消したときか。
父上が死の淵にあっても、薄ら笑いをして、そのでっぷりとした腹をゆすっていたときか。
父上が死の間際に「アイン、すまなかった」と俺に謝ったときか。
オネスティー家の資産がすべてツヴァイのものになり、すぐさま残っていた土地の半分以上を現金に換え、金目当ての女たちを今も残った邸宅に侍らせていることか。
いつから私は人の心を亡くしたのだろう。
怒りの形相で自分にその「魔導力」すべてをぶつけてくるように迫ってくるアトロールを、アインは哀し気に見つめる。
きっと俺の瞳は、アトロール先輩のように純粋なものでなく、ひどく濁っているのだろうな。
アインは自分の剣を両手で持ち、アトロールの剣を迎え撃つようなポーズをした。
「アイン!ここで死ね!」
アトロールの怒声が耳の届いた。
その言葉に、この目から流れ落ちるのは、何故だろう?
「すいません、アトロール先輩…。」
アトロールは一瞬、訝しんだ。
アインの闘気が、「魔導力」が、消・え・た。
その刹那、自分の左脇腹を灼熱の痛みが貫く!
アトロールの歩が止まり、ゆっくりと自分の左側に顔を向けた。
そこには国軍の軍服を着た、国軍制式頭部防護布を纏った屈強の軍人が自分の脇腹に剣を深々と刺し貫いている光景が目に入った。
「トライアル少佐、か。」
「ご名答です、アトロール大将。」
その答えと同時に突き刺した剣を90度捻る
「グギャアアアー。」
人のものと思えない咆哮が王宮内に響き渡った。
トライアルはそのまま剣を薙ぐ。
アトロールの胴体の半分が切断された。
アトロールはそのまま前に崩れ落ちた。
「アイン、お、前…。」
体を凄まじい痛みが駆け巡っている中で、その言葉を懸命に紡ぎ出した。
剣での戦いで命を失うのは武人として、悔いはない。
それが、「特例魔導士」で剣士として最高とまで言われたシリウス騎士団団長アイン・ドー・オネスティーであれば、光栄でさえある。
だが、この殺され方は…。
冷淡な目で無様に倒れているアトロールをアインは見下ろしている。
「ここは戦場です、大将閣下。卑怯も、くそもない。既に、あなたは私の部下の数十の命を奪っているのです。」
「それ、……騎士の………大義を…。」
「お別れです、アトロール大将閣下。」
「魔導力」を込めた剣を倒れているアトロールの頭部を突き刺し、念を込めた。
アトロールの頭部が音を立てて四散した。
「そこまでやらなくても。何か恨みでも持っておられたのですか、オネスティー団長。」
頭を覆っていた防護布を脱ぎ、その蛇を連想させる冷たい目を持つケーリック・トライアルが皮肉を言う。
「ある意味アトロール大将は伝説の軍人だ。崇拝している部下も多い。この時点で彼の死の報告は極力遅らせたい。下手をすれば弔い合戦などと馬鹿な事を言うやつもいる。」
「へ、そういうもんですかね。指揮は団長に任せてありますので、よろしくお願いしますよ。」
国軍中央防衛隊第2大隊特殊部隊隊長ケーリック・トライアル少佐。
「特例魔導士」である。
その能力は特に「暗殺」と称される任務に適性があった。
気配認識及び完全気配遮断。
「テレム」による気配遮断はその「テレム」そのもの認識も遮断する。
ツインネック・モンストラムとの戦闘時の「テレム」濃度探知すらも無効にする能力は、完全に隠密行動向きである。
対「魔物」戦の多いこの世界では、あまり重要視されづらい能力だが、必ずしも隠密行動が不必要ではない。
いつでも人間にとって最大の敵は人間である。
その為、各国ではやはり諜報機関が存在し、各組織で様々な場所で「情報収集」というなのスパイ活動が行われている。
先ほどのアイン対アトロールの1対1の戦闘と見せかけてのアインの謀略は、完全に気配を遮断できるこの男の存在が大きかった。
1対1でも勝てるとは思っていた。
しかし、完全に無傷で勝てるわけがないことも解っていた。
ここでこの作戦が終わるわけではない。
アインにとっての最大の敵と戦う時まで、極力、体力・精神力を失う訳にはいかなかったのだ。
「さすがにここは使えんな。」
「この瓦礫の中に王族を引っ張ってくるわけにもいかんでしょう。地下の避難所にいたのであれば、身支度もしっかり綺麗に整えませんとな。こちらは囚われていた王様、お姫様を助けた側なんですから。」
「そうだな。我々は騎士なのだからな。」
【2階の大広間は使えそうです。先程の揺れで多少の破損はありますが、今、応急で処理しています】
「了解した。保護した国王一家の身支度を整えさせろよ。我々は国王一家を監禁状態のこの体制から解放する解放軍なんだという事をしっかり認識させろ。多少の脅しを使ってもな。」
横でそれを聞いていたトライアルが「ヒッヒッ」とシニカルに笑う。
「助けにきた騎士様が脅し、ねえ。」
既に騎士たちに銘じて、破壊されたこの王宮正面玄関の死体の遺棄と生存者の治療のための「医療回復士」への要請を行っている。
この王宮玄関ホールには生々しい血の臭いと、肉の焼ける匂いが立ち込めているが、「風」の使い手が懸命に換気を行っている。
「おおッと、逃げ出した騎士たちがいますね。どうしますか。」
「やはり、末端まではうまく「洗脳」は届いていなかったか。いや、今の戦闘を見て我に返ったか?やれるか?」
「仰せのままに。」
トライアルの気配が消えた。
奴は人殺しという酒に酔っている。
「特例魔導士」として「クワイヨン高等養成教育学校」に行きながら、その特質故、同級生たちに蔑まれて過ごしていた。
国軍入隊後、「魔物」掃討ではなく、特殊部隊に配属。
この国に潜入しているスパイを捕獲途中で殺してしまってからか、変わっていったのは。
奴は今までの劣等感が人を殺すことにより解消され、さらに反撃されることなくその体を弄ぶことに、異常な快楽を感じるようになっていった。
だからこそ、この外道のような作戦にもってこいだった。
トライアルは任務のために人を殺しているのではない。
自分の欲望のために人を殺している。
そして、この俺も、自分のためにこの国を滅ぼそうとしている。




