第63話 リンデラル・ズィー・アトロール大将
王宮に向かう第1・2大隊と国軍中央防衛隊第3中隊は行きかう馬車や人の好奇の目を無視して進軍してゆく。
あまりにも整然と進んでいるため、まさかそのものたちが叛乱軍だとは思われてはいなかった。
というよりも、現在、国の軍事力の大半が「天の恵み」回収を行っており、叛乱を企てる者の存在など考えるものなど皆無であった。
「では計画通りに、私は第1大隊を率いて王宮正面から突破する。」
「了解しました。我々第2大隊は3方より囲み、逃亡するものを無力化します。」
副団長マルスク・メタファスが答えた。
「くれぐれも王族は傷つけぬように。特別の場合を除いて。」
「は!」
敬礼し、すぐに第2大隊が隊列より離れる。
アインは軽く息を吐き、全身に入っている余計な力を抜いた。
もうすでに二人殺害してる。
定時の連絡がリングを経由して届かねばならない時間が迫っている。
できればその前にこの3000の兵力を王宮の敷地内まで進めたい。
王都防衛隊の兵力は500強。
数では圧倒的にこちらが有利だ。
しかも実践能力も儀礼式典用部隊である防衛隊が高いはずはない。
戦闘に関しての不安は一切なかったが、その後のこの行為の正当性を王と臣民に示さねば、帰還する大戦力に勝てるはずがない。
期限は「天の恵み」回収作戦を終わらせて、この革命を知った戦力がこの王都に戻るまで。
最短でまる1日、運が良ければ2日というところだろうか?
アインは観光の名所としても有名なクワイヨン・フォーリー王宮を視認できる位置まで来て、その目に暗い情熱の炎をたぎらせた。
「中央防衛隊第3中隊は私の第1中隊と共に中央より突破。邪魔する勢力はすべて無力化しろ!左右両翼隊は作戦通り、左右の通用門より王宮に潜入!この「バベルの塔」に支配されたわがクワイヨン国を開放する戦いに命を懸けてくれ!作戦開始!」
夜の闇が広がる空中から監視していあサンドラは、隊列が割れていくことを確認し、第1目標が王宮の占拠並びに王族の確保であることが分かった。
王都に入るときの奇妙な動きが門兵の殺害であることは疑いようがない。
その後で別れた部隊が左側にすすんだことから、行政府か、議会場を目指していると思われる。
王都クワインライヒと隣接する行政都市の間には城壁はない。
これは行政府で決定した事項を王が承認する形をとっているため、往来が激しく、城壁は邪魔でしかないという理由による。
したがって、王都を囲う城壁は、隣の行政都市までも囲んでいる。
実質的にこの国にとって「バベルの塔」と行政府、国家議会の優先順位が高い。
この城壁の建造理由は、あくまでも対「魔物」であって、クーデターによる自国民から守るためではない。
「ジャスティング!第6中隊を率いて行政府上空を監視、場合によっては介入を許可する。おそらくオズマの所属する第3大隊と思われるから、できれば連携してくれ!」
「了解!サンドラ副長!」
ジャステイングはパートナーの碧い飛竜、ドラクーンと共に他の9人と一緒に、サンドラから離れる。
サンドラには一抹の不安があった。
アインが王族を人質としたとき、「バベルの塔」が王族の命を考えるだろうか?
クワイヨン国軍王都防衛隊隊長アトロール大将はこのとき、王族一家の前でその才能を披露していた。
つまり、歌を歌っていた。
その後方には王宮付きの音楽隊と防衛隊の音楽隊が見事に調和したきれいな音の調べを奏で、アトロールの大きなお腹から発せられる美声が王宮コンサート劇場にこだましていた。
アトロール大将の見た目は貫録をまとった大男である。
身長も2m近くあり、体重も100㎏を優に超えていた。
ではあるが、軍幹部といえども現役の軍人である。
その体で身のこなしは軽く、この王宮に不埒にも侵入する賊の類であれば2,3人くらいは瞬時に無力化が可能である。
「特例魔導士」ならではある。
そして、この体躯からは似つかわしくない美声ときれいに流れるようなリズムを、聞いている観客を虜にしてやまない。
30年前に作られた戯曲「神の子」を天使の囀りと評される歌声で歌い終わった時であった。
戦闘用リングが輝き、自動的にアイ・シートが起動、サンドラから国軍中央司令部を経て、クーデター発生の報が届く。
先程まで柔和な顔で歌っていた時とは瞬時に表情をかえる。
音楽隊の中の国軍兵士は丁寧に楽器を置き、着ていた礼服を脱ぐ。
アトロールも衣装をその場で脱ぎ、すぐに国王の前に膝まづく。
「私の至らぬ歌をお楽しみのところ、申し訳ありません、陛下。緊急事態が発生しました。ご家族ともども、部下のヨシイノ・アザムル中佐たちに従い、待避所へお向かいください。」
アザムル中佐以下3名がアトロールの後ろで同様に膝まづいていたが、アトロールの命に従い、国王を含め5名の国王一家の周りに移動し、劇場裏の扉を示す。
「わかった。いつも素晴らしい歌声を聞けて、余は幸せであった。死ぬでないぞ、アトロールよ。」
「はっ、ありがたきお言葉。これより陛下に忠義をささげ、本職に赴きます。」
本職、王都防衛である。
「また、余にその素晴らしい歌声を聞かせてくれ。」
「はい、かならずや!」




