第35話 「バベルの塔」の住人
ペガサスの背に戻り、本隊に戻ろうとしている賢者たちにミノルフは問いかける。
「何故、作戦通りにアクエリアス別動隊は動かなかったのでしょうか?」
「それは私の完全な手落ちだった。というより、こちらより先に「バベルの塔」が気付いた。」
「何に気付いたんですか。あの修復した箇所ですか?」
「その通りだよ、ミノルフ卿。こいつはこの惑星外から届くまさに「天の恵み」そのものなんだ。特にこの惑星に落下するときの大気圏突入時に、表面が高熱になる。それに耐えられるように作ってあるんだが…。」
「サルトル」を胸に抱きしめ、中空に浮いたままの「カエサル」が苦悩に顔を歪ませている。
「つまり、通常ならばそんな傷が出来るはずがない。そうでしょうね、私が「魔物」との闘いで、この表面に何度か剣をたてましたが、一切受け付けなかった。」
「そうだ。もしこの星の外で表面に傷がつくことがあれば、自動修復がかかる。それに傷のついた状態でこの大気圏に突入すれば、こんなに綺麗な状態にはならない。」
ミノルフには分からない単語が羅列された。
が、今はそんな些細なことを聞いて話の腰を折りたくない。
「この場に着いた後にここが開いた。我々「バベルの塔」執政者はそう考えている。」
「それは、傷ではなく開閉する場所なんですか?」
「そしてここに収納されていたものに重要な問題があった。ここから色の付いた気体のようなものが拡がっていたんだが、ミノルフ卿、気付いていたようだね。」
かすかにミノルフが頷く。
ペガサスはミノルフ卿より目がいい。
当然気付いていた。
「あれは、ここではできない物質なんだが、液体ヘリウムで-190℃にして固体化していた。常温ではあのような気体になってしまう。本来であれば、強固に防護される区画だった。だが、そこが開いて暖められてしまって、ちょうどあの時、気体が漏れ始めていた。」
「カエサル」の話は難解な言葉が多いが、漏れてはいけないものが漏れてしまった。
そういう事だとミノルフは判断した。
「反応は、「バベルの塔」が早かったという訳だ。遠隔装置でミサイルを発射させ、「天の恵み」の周りの「魔物」を遠ざけた。私は気づくのが遅れてしまって、結果的にはアクエリアス別動隊に多大な被害を出してしまったわけだが…。」
「カエサル」は先ほど修復した箇所に目を向ける。
「私はそのことに気づいてから懸命に、砲撃車を動かし、「魔物」を牽制しつつ、この場所を目指した。既に漏れていた物質が、ここに張り付いていた「魔物」はコモド級程度のはずだったが、急激に体を進化させたらしい。彼らを葬る前に、漏れている物質を閉じ込めることを優先した。「サルトル」とも連絡が取れて、本隊の「スサノオ」に、指揮をすべて任せてね。」
そう言いながらまた優しい微笑みを浮かべ、腕に抱きしめている少女を愛おしそうに見た。
「君たちが援護してくれたことで、最悪の事態は防ぐことが出来た。まだ戦いは続いている。」
そう言ってあの化け物をうまい具合におびき寄せるように「天の恵み」から引き離していくアクエリアス別動隊に視線を向けた。
「モナフィート卿には本当に済まないことをしてしまったと思っている。だが彼は懸命に職務を遂行してくれている。ミサイルにより大まかな道を作ることもできた。その後、撤退戦で「魔物」達を掃討することになると思う。ミノルフ卿にもバッシュフォード卿にも感謝している。そのパートナーのエンジェルとペガサスにもその想いは一緒だ。ミノルフ卿、バッシュフォード卿、後を頼む。これからが正念場だ!」
「承知しました、「カエサル」様。最後に、もう一つだけ。」
「ああ、どうぞ。」
「あなた方「バベルの塔」執政者は、この世界を作った、他の星から来た「神」なのですか?」
「ミノルフ卿!それは、あまりにも畏れ多い事!」
貴族の子弟であればそう教育されていることだろう。
だが、ミノルフは普通の平民の出だ。
「構わんよ、バッシュフォード卿。ミノルフ卿、その答えについては多くは語れないのだが。「まず半分は正しく、半分は間違っている」と言っておこう。なにについてかは黙っておく。そしてもう一つ、我々「バベルの塔」執政者は君たち人類に対して大きな罪を作ってしまった。その為、今この地にいるとだけ言っておく。これ以上は私の権限では言うことはできない。」
そして、今度は強い口調に変わった。
「ミノルフ統合司令!バッシュフォード卿!この度の働き礼を言う。これより自らの職責を全うせよ!以上。」
上官としての命令を伝える形で、「カエサル」はこの話が終わりであることを告げた。
「私の身体も「サルトル」の身体も君たちと同じ血が流れている人類だ。力を使いすぎればこのような状態にもなる。私は一旦アクエリアス別動隊から離れる。モナフィート卿に任せてある。よろしく頼む。」
「「了解しました!」」
「カエサル」は「サルトル」を抱きかかえ、そのまま空を駆けるように本隊に向かった。
既に眼下には「バベルの塔」が貸与した車両がこの「天の恵み」へのルートを確保しようとしていた。
集まってきていた「魔物」達は本隊の国軍兵士の操る「対魔物駆逐弾」で蹴散らされているようだ。
さらに騎士と「冒険者」達がその道に近寄る「魔物」を掃討していた。
「ミノルフ殿。先の「カエサル」様のお言葉は何を我々に伝えようとしていたのでしょうか?」
「我々凡人には解らんよ。オオネスカ、まだ何も終わっちゃない。行くぞ。」
「はい!ミノルフ司令。」
ペガサスとエンジェルが「天の恵み」から離れ、本来の戦場に戻るためにその翼を広げる。
オオネスカは前を行くミノルフを見つめる。
自分が憧れた飛竜乗りの姿とその力に憧憬の念を込めた瞳は、その背中に向けられていた。
「ありがとう、オオネスカ。」
唐突に感謝の意を告げられ、オオネスカの身体がよく解らない感情に支配されていく。
「君が来てくれたおかげで、俺も、賢者「カエサル」も死なずに済んだ。礼を言わせてほしい。」
「いえ、わたくしなど、ミノルフ司令に比べれば何も出来ていません。エンジェルがいたからこそ…。」
「それでも、俺は君とエンジェルに感謝している。ありがとう。」
オオネスカにはそれ以上答えることが出来なかった。




