第32話 二人の賢者
「天の恵み」
日の光を浴び銀色に輝くその構造物は、異常に圧迫感を感じる。
その大きな構造物の表面に少なくとも3頭の巨大な「魔物」達が張り付いていた。
他には小さな「魔物」が地表近くに多数。
大きいとはいえ、先の「魔物」に比べれれば、スケールの感覚が小さくは感じられるのだが。
うち二頭はトカゲを巨大化したような容姿だが、サイズはゆうに5mは超えている。
足が6本あり、その足裏には吸盤でもあるのか、そそり立つ「天の恵み」の側面に張り付き、微動だにしない。
さらにもう一頭は10mを超える巨大なもので、あしは8本に増えている。
しかも長い首の横に短い首の口を大きく開けた猫のような、トラのような顔が突き出ていた。
このような「魔物」が成長すると、アクエリアス別動隊を瓦解させたあの化け物のようになることが、容易に想像できた。
その「魔物」以外に、明らかに人類と見られるマント姿の赤い髪をなびかせた者が、「天の恵み」にしがみついている。
その人物に向かい、「魔物」達は威嚇を繰り返している。
多分、物理的な影響を与えていることは確実だったが、「魔物」達はそれ以上の攻撃をできずにいるようだった。
間違いない、賢者「カエサル」に違いない、とミノルフは判断した。
「サルトル」は「カエサル」との合流を急いでいるようだった。
その二人は、「天の恵み」の一部から微妙に薄い紫色の煙が出ていることを確認した。
ミノルフも、二人の視線の先を確認して、その淡い色の煙を確認した。
しかし、「天の恵み」の側面に位置するその煙が何を意味するのかミノルフにはわからなかったが、賢者二人にはとても重要なことのように思えた。
「賢者さま!私がサポートします。賢者様の仕事に集中してください!」
「ありがとう、ミノルフ卿!カエサル、行けるか?」
「天の恵み」の側面にしがみつくようにしていた「カエサル」の身が宙を舞い、紫色の濃度の濃い場所まで上がる。
それを「魔物」が阻むように進路の途中に移動を試みる。
全長5~6m。その横に滑るようにペガサスが移動。
ミノルフは「ハスケル」にて新調し、柄に「テレム」発生器を装着した片刃の剣を構えた。
頼むぜ、ブル!
ミノルフの剣がほのかに光り出す。
アルクネメの剣筋をイメージし、さらに大きな力へと自分の内部の気の動きを意識する。
「カエサル」より先にペガサスが邪魔をする「魔物」の横にギリギリまで近づく。
その刹那、ミノルフの剣が横に一閃、「魔物」が首をこちら側に向けきる直前に、光がたたきつけられた。
全長5~6mの「魔物」の首が離れ、全身に発現していた禍々しい赤い目の光が消えた。
首に遅れて胴体も「天の恵み」の側面から剥がれ落ちていった。
邪魔ものがいなくなった空間を「カエサル」が抜けていった。
「サルトル」も紫の煙の場に辿り着いた。
(まずい!かなり気化している。「カエサル」急速冷凍を‼私はこの開いた隙間を埋める)
「サルトル」の精神通話がミノルフの脳内に流れ込んできた。
通常、賢者同士の精神通話をミノルフをはじめ、一般の人間が捉えることが出来ない。
これは近距離のためか、それともわざわざミノルフに聞かせるためか?
(ミノルフ、邪念は捨てろ!敵が、ここを狙ってる!)
ペガサスの警告がミノルフの脳内を駆け巡る。
残ったもう一頭の先ほどと同等の「魔物」がこの垂直に近い「天の恵み」の側面をかなりのスピードで接近してくる。
ペガサスが回頭、「魔物」と真正面から対峙する。
ミノルフは再度剣を「魔物」に向かい、振った。
あまりにもあっさりと「魔物」は両断され、下方に落ちていく。
だが、白く光るロングソードは、「魔物」だけを切断し、「天の恵み」には一切傷をつけることは出来なかった。
この構造物はいったい何でできているんだ?
賢者の二人は完全に自分たちのやることに集中している。守れるのはミノルフとペガサスだけである。
ミノルフは、もう一度剣を握りなおし、迫ってくる8本足の「魔物」に対して、剣を突き出すようにロングソードをくり出した。
剣から伸びる光が「魔物」を捉えたと思った瞬間、「魔物」は横にスライドしてその光をかわした。
かわした「魔物」はそのまま二人の賢者の方に移動していく。
「しまった!」
二匹の巨大な「魔物」を簡単に葬ってしまったことに、自分の中におごりが出来ていたことを痛感した。
この大きさの「魔物」はもしかしたら知能が上がっていくのかもしれない。
今の動きは明らかに学習効果があるとしか思えなかった。
ペガサスは二人に迫る巨大「魔物」を追いかけるが、「天の恵み」の側面を走っている「魔物」に追いつくことが出来ない。
「賢者‼」
ミノルフは叫ぶことしかできなかった。
ミノルフの叫びに気付いた「サルトル」が襲い来る「魔物」に右手をかざし何かをした。
その一瞬、光が迸った。
「魔物」の2つある首の長い方がのけぞるように弾き飛ばされたようだが、8本の脚はしっかりと「天の恵み」の側面を捉えていて、微動だにしない。
そして動かなかった短い首の口が開かれ、「サルトル」に向けらた。
「ちっ!」
短く言葉を発した「サルトル」は「天の恵み」から離れ、落下を開始していた。
ミノルフとペガサスは落ちる「サルトル」に追いつき、受け止める。
だが、一人残った「カエサル」に「魔物」の長い首が襲い掛かった。
距離的には充分であり、「カエサル」はそのものに食いちぎられる映像がミノルフの頭の中を占拠した。
あきらめるな!
ミノルフは自分を叱責して、目を閉じたい気持ちを抑える。
目を閉じることは、対応の遅れを意味する。決してそれは許されない。
ペガサスも、そのミノルフの心情を受け止め、懸命に飛んだ。




