第31話 「サルトル」飛ぶ
ミノルフの目にアクエリアス別動隊の惨状が映った。
でかい二つの首を持つ「魔物」がその2本の首を振り回しながら奇怪な咆哮をあげている。
そこから先、連なる車両までが火の海の中にある。
大きな4つの砲門を束ねたようなものを持つ車両の半分くらいが、その火の海の中で爆発を続けていた。
その火から逃げるように、兵士たちが離れようとしている。
馬に乗った騎士たちはそれを守ろうと、迫ってくる様々な「魔物」たちに刃を向けているが、相手の数が多すぎる。
一人、また一人と襲われ力尽きていく様に、ミノルフは耐えられなかった。
できれば、このまま、あの戦場に身を投じたいと思ってしまう。
(ミノルフ、お前は大軍の総司令だ。目先のことに目を曇らせるな)
ペガサスの言葉に我に返る。そしてモナフィートのいる場所探した。
いた。
少し小高い場所で二人の部下を従え、戦場に視線を向けているように見える。
いや、あれはただ茫然としているだけだ。
【モナフィート卿、いったい何が起きたんですか?】
ミノルフの呼びかけに、われに返ったように上空を見上げ、そしてミノルフとペガサスに顔を向けた。
「わからない。あの巨大な化け物が戦闘指令車に向け口を開いた。その瞬間、爆裂飛翔体射出機の車両と戦闘指令車が寸断されて、爆発を起こした。その爆発に他の車両も誘爆していった。」
「今の状況のことではありません!なぜ、戦闘が始まったのですか?」
モナフィートは自分の間違えに、一瞬顔を伏せた。
が、次の瞬間には真剣な顔をあげて、降りてきたミノルフの瞳に視線を合わせた。
「まったくわからん。戦闘準備をしていた爆裂飛翔体射出機から、いきなり攻撃が開始されて、「天の恵み」の横が爆発した。すぐに賢者「カエサル」に事態を尋ねたんだが、「わからない」と。」
「その賢者「カエサル」今どこに?まさか、あの爆発の中に…。」
「いや、射出されてすぐに、砲撃車が山に向かって突っ込んでいったんだが、そのあとを追い越して、「天の恵み」に向かって跳んで行った。」
「連絡は?」
「まったくついていない状態だ。」
その瞬間、バイエル准将から通信が入った。
【賢者「スサノオ」から入電。現時刻を持って作戦行動開始】
その通信が入ると同時に、ミノルフ達の耳に轟音が連続して襲ってきた。
まだ生き残っていた爆裂飛翔体射出機から次々と飛翔体が射出されていった。
だが、その飛翔体は、あの化け物を飛び越えて「天の恵み」の左側に着弾していった。
化け物の左側にある蛇のような首がその飛翔体を追いかけるように、その長い首を回した。
ミノルフはその口からかすかな光が発せられたのを確認した。
その直線上にあった飛翔体が切断、爆発した。
「今のかすかな光が、先程の惨状を招いたということか…。」
ミノルフは呟くように言って、ペガサスに跨った。
「モナフィート卿!今残っている兵士や騎士を一旦、戦闘車両の後方に避難、戦力を整えさせてください。本隊が作戦行動を開始しました。」
「了解した。こちらは私が責任を持つ。あちら側、本隊とシリウス別動隊を頼む、ミノルフ!」
「承知!」
モナフィートと部下二人が丘を駆け下り、戦場に赴いた。
射出をすべて終えたのか、爆裂飛翔体射出機運搬車はそのまま動かなくなった。
あの化け物には役に立たないかもしれないが、ほかの「魔物」からは充分ガードの役割をするであろう。
空中の舞い上がったペガサスの背から下を見ると、大きい「魔物」が兵士だけでなく、他の「魔物」をも襲い食らっていた。
その隙を見て、騎馬隊が他の兵士を助け上げ、一斉に車両の後方に向かっていた。
【バイエル准将!賢者「サルトル」はどこにいるか?】
【先頭の砲撃装甲車で戦況を見ていたはずだが…。何!外に出た?少し待て】
急に精神通信が途切れた。
ペガサスはシリウス別動隊のいるはずの場所に目を向けた。
すでに隊列が崩れている。
というより、5両ある砲撃装甲車がスピードをあげ、「天の恵み」に向けて走っていた。
先程の飛翔体は「天の恵み」から本隊への道を作るような形で爆発を起こし、荒っぽい土木工事をしたようだ。
その横から賢者「サルトル」が砲門に摑まるように乗った砲撃車がその爆発後の地肌が露になった場所に飛び出してきた。
と同時に、「サルトル」の足元に光の輪が広がり、そのまま宙を滑空していく。
ミノルフは慌ててペガサスの進行方向を変え、「サルトル」を追った。
「そのまま「天の恵み」に向かう気か?」
(そのようだね。もしかしたら、「カエサル」と連絡が取れているのかもな)
「サルトル」の速度はかなり早い。
木々の上空を苦も無く突き進んでいく。
その「魔導力」に吸い寄せられるように大型の「魔物」が飛んでくるが、全く意に介していないようだ。
しかも「サルトル」はその「魔物」たちを見ていないにも関わらず、「魔物」たちがその体を炎が飲み込んでいく。
(あれが賢者に触れたものに落ちる聖なる火、ってやつか?)
「ただの強烈な「魔導力」を周りに纏っているだけのことだ。おそらく、「サルトル」は周りで何が起きているかに全く興味がないのではないか?」
ただ「天の恵み」のみに意識を集中しているのだろう。
先ほど上空から見ていた巨大な「天の恵み」の細部がはっきりとしてきた。
日の光を浴び銀色に輝くその構造物は、異常に圧迫感を感じる。
その大きな構造物の表面に少なくとも3頭の巨大な「魔物」達が張り付いている。
他には小さな「魔物」が多数。
大きいとはいえ、先の「魔物」に比べれれば、スケールの感覚が小さくは感じられるのだが。
「サルトル」の速度が速い。
ペガサスが、自らの「魔導力」を上げた。
「サルトル」に追いつくために、ペガサスのスピードが上がっていく。
背に乗るミノルフはしがみつくようにして、ペガサスと共に「サルトル」に向かった。




