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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第1章 「天の恵み」回収作戦 前夜
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第3話 アルクネメ・オー・エンペロギウス

 ハーノルドの「リング」が青く光った。


 やっぱりきたか。


 ハーノルドは「リング」の頭の中でスイッチを入れる。頭に直接会話が飛び込んでくる。


【ルーノ騎士団調達局のアシカワ・ダズグだ。予定より早いが、注文の品は出来ているか。】


【今最終段階です。「リクエスト」発令ですか?】


【その質問には答えられん。これからそちらに向かう。準備を頼む。】


 一方的に切れた。


「父さん、調達局が来るって連絡が来た。頼む。」


 ハーノルドは整えられた剣の束を鞘に納めていく。

 数的には30本。

 多くはないが、騎士団相手であるから丁寧に扱わないと後で難癖をつけて値切ろうとする。

 ただし、今回は2日も早く納品するのだから割り増しは取るだろうな、親父は。


「やっぱり発令か?」


「答えてくんなかったよ。でも当然公募入れるはずだから、直に正式に発表だろう。」


 ミフリダスは槍の刃先を丁寧に磨いていた。

 こちらも30本。

 ここまでが受注されたものだ。

 あとは城壁都市国家タハトから取り寄せた魔光石よりブルックスが精錬した刃を持つ試作品の剣4本と、「テレム」を濃縮させ剣と盾に吹き付け蒸着させるという初の試みを行った試作品。

 仮に「テレム」がうまく機能しなくても、通常の剣と盾の役割はするだろう。

 本来なら、それなりの「魔導力」を持つ者に試用してもらわないとならないものだが。


「あっ、「リクエスト」出たみたいだよ、おじいちゃん、父さん。」


 急にブルックスが二人に声を掛けた。

 二人とも静かに頷く。


「クワイヨン国、司政局広報第117報 リクエスト発令。

 主催 クワイヨン国バベルの塔 賢者 スサノオ 司政官ユミル・ザラトウスト

目的 「天の恵み」回収作業 主業務 クワイヨン国バベルの塔「天の恵み」回収チーム

公募要件 回収チーム護衛・回収ルートの確保・「魔物」討伐 報酬「覚石輪」参照

公募方法 登録チームは登録ID使用 新規チーム 登録申請後発行ID使用

特例 「クワイヨン高等養成教育学校」参加を承認する

受付終了 本日 日の入り迄 以上」


「大ごとだな、こりゃ。」


 ハーノルドはリクエスト発令書を見てそう驚嘆した。

 養成学校とは、「特例魔導士」の養成機関だ。

 まだ職能者ではなく、簡単に言えば学生である。


「学生にまで参加を募るとはな。今回の「リクエスト」、かなりやばいのか?」


 たとえ「特例魔導士」の能力、資質を持っているとはいえ、実戦経験がないことは百も承知で招集をかけている。

 しかし主催はクワイヨン国単独という事は、他国の干渉を最低限度にとどめたいという事だな、とハーノルドは思った。

 その思考にミフリダスの瞳が淡く輝き、その考えを肯定している。


「えっ、でも養成学校が参加するってアルク姉さんも参加するかもしれないってこと?」


「エンペロギウス家の娘さん、養成学校に連れていかれてたっけな。今年で3年、いや4年か。」


 ハーノルドはブルックスの問いに事実を思い出すように話した。


 この同じ町で食堂を経営しているエンペロギウス家の長女、アルクネメ・オー・エンペロギウスはブルックスの一つ年上の16歳になる。

 3年前にリングが悲鳴のようなファンファーレを奏でたのは、一緒に学校に登校するときであったことを、ブルックスは思い出していた。

 その頃は栗色のストレートの髪をなびかせた瞳の大きい少女で、ブルックスは実の姉のように接していた。

 1年前に里帰りした時には、「魔導」の発動で髪の毛は見事なブロンドに変化していた。

 体付きも女性らしくなった反面、上腕や大腿部の筋肉が結構発達していたことをドキドキしながら眺めてしまい、怒られたのを思い出した。


 アルク姉さんが「リクエスト」に参加する。


「なんとも言えんな。養成学校は通常6年間だから、5年生くらいであれば出動は大いにあり得るが…。今アルクちゃんがどのくらいの「魔導士」かによるな。優秀だと3年ぐらいで職能者になってるって話だからな。」


 そうハーノルドが言った矢先、ブルックスのリングが淡く光った。

 着信の許可を求める印。


 今、話の中心だったアルクネメ・オー・エンペロギウスからの着信。

 すぐに許可。


【アルク姉さん、どうしたの?養成学校では交信禁止でしょう?】


 緊急電話のみ許可になっているはず。


【「リクエスト」が発令されたのは知ってるわよね、ブル。私もチームで参加することになったの】


【姉さんまだ…。】


【そう、まだ3年生。だけど、今回の「リクエスト」はかなり重要らしいの。で、いつもチームを組んでいる女性の先輩のオオネスカ・バッシュフォードさんに直々に誘われて、断ることが出来なかった。】


【オオネスカって、竜の剣士の呼び名の高いオオネスカ・ライト・バッシュフォードさんですか?確かバッシュフォード家は伯爵位だったと思うけど。】


【そう、そのひとよ。入学時からお世話になってるの。オオネスカ先輩自身、当然初陣になるから信用のおける人たちでチームを組みたいって。今回、参加条件をクリアして、作戦参加が決定したから特別措置で交信が許可されているのよ。】


 ブルックスは茫然としていた。

 養成学校の学生は「特例魔導士」の養成機関だ。

 この国の未来の中心になるであろうエリートの育成機関であり、その人材は非常に貴重なはずだ。

 そして実戦経験のない兵士、初陣のエリートほど戦死の率は高い。

 にもかかわらず、その人材を投入するのは異常事態だ。

 伯爵位を持つ家の者は国に殉じなければならないことがあるのは解るが、その犠牲にアルク姉さんがなるのは耐えられない。


【作戦の予定時刻とか聞いても大丈夫?】


【これは他国との戦争という訳ではなく、基本は「魔物」討伐だから平気よ。うちの学校の学生は最期を覚悟してるから、家族が結構集まると思う。作戦結構時間は明日の日の出と同時に「城外門」を出て、「天の恵み」着地ポイントに向かうことになるわ。】


 そう言えば学生は「魔物」と戦う武器はどうするんだ。

 国軍の支給品を与えてくれるならいいけど。


【ううん、国軍からのそういった配給はないわ。全て学校が用意するの。】


 しまった。

 自分の思考が駄々流れだ。

 思考交信するときは気を付けないと。


【学校の備品って、実戦用ではないよね?他の人はどうするの?】


【オオネスカ先輩は自分の家の実戦用のを何とか持って来てもらえるみたいだけど、数に限りがあって、私は学校で使ってる剣と盾、あとは参加者全員に支給される野戦用具一式。】


(ああ、いいぞ。お前の作った奴や、発注品以外で使えそうなやつは持って行け)


 急にブルックスの思考に父・ハーノルドの思考が流れてきた。

 ブルックスが何を考えているか瞬時に判断したようだ。


(父さん、ありがとう)


【アルク姉さん!うちにある使えそうな武器や防具を持って行くよ。サミシル藩の「城外門」だよね。】


【そう、セイレイン市18番門。ありがとう、ブル。武具もそうだけど、あなたに会えることを楽しみにしているね。】


 ああ、アルク姉さん!気丈に振舞おうとしてるけど、怖いよね。


【うん、アルク姉さん。絶対届けるから、姉さんを死なせやしない。】


 通話が切れた。制限時間らしい。


(僕の作ったこの武具が姉さんを守ってくれますように)


 ブルックスは、ハーノルドと作った「テレム」蒸着の剣と盾を見つめ、そしてアルク姉さんが背負える「テレム」濃縮器付きの背嚢を選び始めた。


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