第28話 小型飛翔機
アルトラクソン市、鍛冶屋「ハスケル」にブルックスが到着したのは、セイレイン市を後にして1日以上がたっていた。
持っていた食料はとうにそこをつき、中途で3回ほど仮眠を取りつつ、持っていた現金を使い、安い食事をとりながらの帰途であった。
行きはアルクネメに会うことを最優先にしたが、帰りは残った油を最優先にした。
自分の「魔導力」はそれほど大きくないことは解っていた。
充分に休息を取らないと、うまく「魔導力」が使えないための休憩で、結果的には行きの倍以上の時間がかかってしまった。
その間、既にアルクネメが戦闘を経験してることは当然知らない。
ある程度の情報はリングで収集できるが、国家が絡むような情報は規制がかかる。
そういう意味では国民は自由ではない。
国内での移動は比較的簡易に出来るが、国家間では交易ロードを使用する都合上、国家同士での条約により移動は規制される。
あとは闇商人や、「冒険者」のように、安全性の低い荒野を移動することになる。
国家に対する重大な反抗的行動でもとらなければ放逐されることはないとはいえ、その国を出なければならない事情を持つ人はいる。
その者にしてみれば、交易ロードを使用しない方法があることは都合がいい半面、「魔物」の存在は大きな問題だ。
結果的には、国家間の移動者の数が少ないと、情報も少なくなるのである。
そして、この世界で圧倒的上位者である「バベルの塔」の存在は、国の規制よりも大きかった。
今回の「リクエスト」に関する「バベルの塔」のもつ軍事力がいかに他の組織より発達しているかの一端をうかがわせるに充分なものであった。
報道に関しては規制がかかったものが、国民に知らせられているというのが現状である。
今回の「リクエスト」が非常に危険なものであることはミノルフから知らされていたが、現状がどうなっているか、知り様もなかった。
「おお、ブル。帰れたか。」
「ああ、何とか俺の力でも帰ってこれたけど、身体はボロボロだ。こいつ、腰に来る」
ブルックスはバイクを差してハーノルドに愚痴った。
「そんなことは俺よりお前の方が分かってんだろう。」
「こんなに長距離乗ったことねえもん。「魔導力」は減ってくるし、腰の痛みは酷いし。」
バイクを置いて、そのまま工房に倒れこんでしまった。
「アルクちゃんには渡せたのか?」
「ああ、なんとか。」
ブルックスは寝転がりながら、ハーノルドに顔を向けて答える。
「「リクエスト」が無事に終わるまで帰ってこないかと思ったが。大丈夫そうだったのか?」
「そんな訳ないよ。もう、どうしようもなく怖がっていたんだけど。どうしようもなかった。とりあえず使えそうな装備は渡してきた。うまく動いてくれれば、無事に帰ってこれるとおもうんだけど。」
「なんで待っていてあげなかったんだ?金だったらリングで何とかなるだろう?」
「とてもじゃないけど、俺が持ちそうになかった。今回の「リクエスト」の行程が最低でも4日かかるって話だったんだけど…。心配で死にそうになる。」
「そうか…。」
そこまで息子はアルクネメのことを、想っていたのか。
ハーノルドは息子の胸中を思い、一言だけ頷いた。
「実際問題として、「リクエスト」の結果はこちらでは知り様もないからな。今回の戦力を考えれば、ほとんど損害がない、というときしか大々的な宣伝はしないだろう、政府としては。あとは帰ってきた者たちの伝聞でしかわからないか。」
さて、どうしたものか?
ハーノルドは父ミフリダスと一緒に改造していた小型飛翔機をブルックスに教えるかどうか悩んでいた。
現時点でこの空を飛んでいるのは、虫や鳥そして飛竜くらいで、ほかには「バベルの塔」の所有する物に飛行が可能なものがあるらしい。
「バベルの塔」は明らかに今の時代よりはるか未来の技術力を持っている。
「バベルの塔」とは一体何なのか?
誰しも一度は考える疑問だ。
だが、それに対しての答えを知っているものは誰もいない。
いや、「バベルの塔」執政者である賢者たちはおそらく知っているのだろう。
彼らを見る限り、強大な力を持っているかもしれないが、ハーノルド達と同じ人類のように見える。
ハーノルドとミフリダスが今回手に入れた小型の飛翔機はどうやら重力を遮断することにより浮き上がり、飛行することが出来るらしい。
原動力は「魔導力」ではあるが、それを電力に変え、大きくはないが貯蔵できる。
今の電力は、各家庭で「魔導力」から電力に変化し、灯りを付けたり、工房の各種機械を動かすことに使っているが、それを蓄えることはできない。
この小型飛翔機はバイク同様、モンデリヒト製である。
重工業都市国家として知られるモンデリヒトのこれらの機械は一部を貿易品として交易の対象だ。
しかし、この小型飛翔機は禁制品の可能性が高い。
「冒険者」の剣の発注者が、金額の不足を壊れていた機械だと言って値引きを頼まれたのだ。
もともと、こういった機械が大好きな二人は壊れていても興味が湧いてしまい、結局代金を帳消しにしてしまったのだ。
こういう度にハーノルドは妻のカイロミーグから怒られることになる。
もっとも、妻のカイロミーグはそれが自分の夫のいいところでもあることを知っていたので、それ以上怒ることはなかった。
この小型飛翔機は本体の重要な機構は損傷しておらず、「魔導力」を電力に変える回路が焼け切れていただけであった。
さらに電力を貯蔵する装置、古代語で「バッテリー」と書かれた部分の基本の構造が理解できたため、ハーノルドはその容量を大きくすることにも成功したのだ。
飛ばすことはできる。
これをブルックスに渡していいのか?
ハーノルドは寝転がっている自分の息子に視線を落とし、考えていた。




