第65話 ブルックスの決意
ランデルトもテキスベニアも、この教練場を不思議に思っていた。
他の教練場は床もしっかりと板張りか力の吸収に優れた身体に負担のかかりにくい素材が使われている。
にも関わらず、ここは地面の土が剥き出しになっているのだ。
「テレム」無効のこの教練場は、壁一面に特殊な装置を配置したため、床が非常に壊れやすくなっている。
そのため補修が楽な土を固めているという説明は聞いていたのだが、どうも釈然とはしなかった。
「補修が楽であるということは事実なのですよ。」
ランデルトとテキスベニアの思考を読んだかのように、サナエルがそう説明した。
「この剣技専用の教練場では、結果的に自身の筋肉・肉体強化に体内の「テレム」を使用します。さらに「特例魔導士」という性格上、魔導力自体の量がはるかに大きい。結果的に、空間に影響を及ぼす「テレム」は無効化されますが、体内の強化された剣の力が床を直撃するといことが数度起こった。」
「他の施設でも、その内容次第では施設を損壊することはあったと思うんですが。」
ランデルトが、そう言った言葉にサナエルが苦笑する。
「他の教練場、例えば先に行われたリーノ学生とガールノンド卿の屋外修練場ではやはり地面が剥き出しだっただろう。魔導力教練場は特別な強度を持つ素材で作られてはいるが、かなり高度な技術が使用されておってな、早々舞踏系の修練場に誂えるわけには行かんのだよ。いくら「バベルの塔」のバックアップがあるとはいえ、無限ではないのでな。」
サナエルの説明に半分納得はできなかったが、ランデルトはとりあえず頷いた。
サナエルはその顔を確認したのち、モニターに図を示した。
「ロリウム君はこのように、少ないくはあるが地面の中の「テレム」と自分の体内の「テレム」を地中の一箇所に集中させて、罠のようにリーノ君を誘導した。ここまではわかってもらえたかな?」
全員が頷くのに微笑んだサナエルが、言葉を続けた。
「一気にロリウム君との距離を詰めようとしたリーノ君が、ものの見事にその罠にひっかった。と言ってもちょっとつんのめるような感じだが、その隙を狙ってロリウム君は渾身の一撃をリーノ君にぶつけた。惜しむらくは、それまでも高度な剣技を懸命に交わし続けたロリウム君に体力が残っていなかった。あそこでアルクネメ卿が介入しなければ、ロリウム君の命はなかったろう、ね。」
「そこだよ、そこ。あの玉潰しの剣が間に合った理由だよ!絶対こいつが何かしたんだろう、ジジイ!」
「口の言い方に気をつけろよ、シャーマイン!」
シャーマインんが興奮のあまりその地が出た言い方に、ランデルトがすかさず反応した。
いつものことであるのか、サナエルはあまり気にしていないようだった。
「さて、では、あの時君は何をしたのかね、ブルックス君。」
考えてた通りに、サナエルがブルックスに話を振ってきた。
「どう言えばいいのか考えてたんですが…、この試合の始まりに、彼女、リーノでしたっけ、が僕に向かって強力な力をぶつけてきました。」
ブルックスの発言に、サナエルを除く4人が驚いた。
「その時に、ほんのわずかですが、この結界に穴ができたんです。流石に僕までその衝撃は届きませんでしたが。」
「そういうことか。あの嬢ちゃん、この試合に集中していなかったとは思ったが。それにしても、「テレム」が使えないのに、こいつにヒビを作るのすら不可能と言われてんのに。」
シャーマインが、ほぼ消えかけている結界に目を向けながらそういった。
「ええ、本当に。そういう意味では、さすがは「特例魔導士」というに相応しい力なのでしょうね。と言っても、その力を向けられた僕には、恐怖以外の何モノでもないですよ。」
ブルックスはそう言って苦笑した。
サナエルが先を促す。
「幸か不幸か、そういう状態の結界が私の前にありました。僕はその穴、と言ってもかなり微小なものでしたが、その穴に通すように魔導力を練りこんで極細にして一気にリーノの剣にぶつけたんです。」
そう、間に合ってよかった。
ブルックスは純粋にそう思った。
正確には結界の第5層にリーノが作った穴はない。
超高密に形成された「テレム」は、リーノの最後の魔導力にびくともしてはいなかった。
「お、お前、何言ってんだ、それ。意味、わかんねえ。」
「普通の常識では分からなくて問題ないよ、シャーマイン君。魔導力はイメージがその核だ。逆に言えば、より正確にイメージできれば、さまざまなことができる。その魔導力に感応して「テレム」が、あらゆるものに変換されるかな、ね。人体の細かいところまで正確にイメージできれば、怪我や病気さえも、修復することが可能だよ。とりあえず今は、この結界を透過し、リーノ君の剣に干渉し、アルクネメ卿の剣が間に合う時間を稼いだ。そういうことだろう?」
その問いかけにブルックスは静かに頷いた。
それ以上の説明は今の自分には無理だ、と自覚していた。
「では、ブルックス君の能力に話を戻そう。彼は異常にイメージをする力が優れている。それはあたかも、魔導力や「テレム」が見えているように見えるほどに、な。この「テレム」無効の空間において、ロリウム君とブルックス君の力の違いがわかってくれたかね。」
明らかにサナエルはブルックスの真の能力、魔導力と「テレム」を正確に見ることができるということをぼやかした。
心の中でサナエルに首をたれた。
「あ、ああ。なんとなくだが。」
「つまり、ロリウムは土の中の「テレム」を効果的に使った。その特殊な能力は重雨力に干渉する力。それに対してブルの力は魔導力の正確なイメージ。そういうことでいいのか?」
「そう考えて貰えばいいよ、ランデルト君。感覚派のシャーマイン君も、大体は理解したはずのようだしな。それと、ブルックス君。今日の二人の試合の意味、わかってるかね。武術大会までは2ヶ月しかないよ。」
サナエル教授の言いたいことは痛いほどわかっていた。
あの二人の戦いは、さまざまなファクターが邪魔してはいるが、純粋に二人の剣技は今の自分より上回っている。
ブルックスも以前より剣の鍛錬は行なっていたが、アルクネメほどの力量はなかった。
さらに言えば、ハスケル工房を継ぐために必要と思ったからこそ、剣や槍、他の格闘術を習っていたに過ぎなかった。
「特例魔導士」決定後にはミノルフ卿の伝手で騎士団所属の数名に剣の手解きをしてもらったが、現時点であの二人以外にも同学年で勝てるものがどれほどいるか。
それでも、ブルックスは思う。
この僅かな期間にリーノに勝てる技術を身につけねばならない。
サナエルが自分の立場をよく理解していることは不思議ではなかった。
賢者「サルトル」が自分のことをこと細やかに報告しているんだろう。
それでも、この状態は自分にとって有利であることは十分わかっていた。
「さて、長くなってしまったようだな。そろそろこの場をさったほうがいいだろう。それでなくともあの二人のせいで、この教練場がかなり損傷してしまっているからね。君たちも明日からの講義の準備でもしたほうがいいよ、では。」
気づいたらすでにモニターは姿を消していた。
サナエルの後ろ姿を見送りながら、ブルックスはもう一度闘技場に視線を向けた。
もういないはずのアルクネメの姿が見えた。
その横にリーノの怒りの形相があった。
その姿がただの幻影であることはわかってはいたが、ブルックスは静かに闘志を燃やしていた。




