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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第5章 リーノの決闘
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第64話 ロルカムの能力

「こんなところに覚石板、置いてあるんですか?でも、普通のやつとちょっと違う、のかな。」


 観客席後方の広い通路に、天井から大型の板状の物体が降りてきていた。

 不思議そうにスコットが言った。


「「バベルの塔」の技術が使われている。通常の覚石板より軽量化がなされていて、こういったように天井に格納が可能になった。一応モニターと「バベルの塔」は読んでいる。ここで大きな大会、近いところでは武術大会のような時にな、後ろの席、立ち見客が闘技場を見るためのモニターになるんだよ。とはいえ。」


 スコットの疑問にサナエルが答える形になった。

 サナエルは手元の操作装置らしきものを動かした。

 すると、銀色に輝くモニターに光が灯った。


「今回は君たちに講義するための黒板がわりにさせてもらうよ。適当に座ってくれ。」

「こんなところでお勉強かよ!」

「シャーマイン君、君が聞きたがったんだよ、違うかい。」

「ふん!」


 不貞腐れながらもシャーマインは音を立てて席に腰を下ろした。


「ロルカム君の特殊能力の説明の前に、ブルックス君には十分理解しているとは思うが、「テレム」について触れておこう。特に新入生のスコット君は「テレム」についての概要もまだ行われておらんからね。」


 サナエルの言葉に、シャーマインの目つきが鋭くなる。

 当然その先にはブルックスがいた。

 「テレム」についての説明に関して含むところがある発言に、敏感に反応したであろうことはブルックスには簡単に想像がついた。

 だが、まさか寮にブルックス用に「テレム」の研究室があることまでは分からなかったであろう。


 サナエルはそんなシャーマインの視線が何を意味するか察していた。


「君たちも知っていると思うが、ごく一部のものを除いて、「テレム」関連の研究は「バベルの塔」によって禁止されている。だが非常に稀だが、「テレム」と相性のいい才能あるものに限って、その禁を解いているんだ。」

「それは、どういう意味なんだ?」

「そう、警戒しないように、シャーマイン君。ブルックス君、私からある程度は話してしまっていいかな、彼らに。」


 シャーマインの少し怒気を含んだその声に対して、流すようにブルックスに了承を求める。

 ブルックスはその問いに軽く頷いた。


「別に私が隠しているという訳ではありません。「バベルの塔」の指示です。そこの塩梅(あんばい)は教授の方が詳しいかと。」

「そうだね、うん、確かにそうだ。ではロルカム君やブルックス君の特異な才能を語る前に、「テレム」そして魔導力というものの概要を話しておこう。」


 その言葉に反応するかのように、モニターに文字が浮かび出す。

 そこには魔導力、そして「テレム」と書かれその下にかなり細かく説明が書かれていた。


「ここに書かれているのは魔導力と「テレム」の定義と概要だ。おそらく君たちは4年次くらいに学ぶことになる内容だ。簡単にいえば、魔導力は人それぞれが持つ力。当然、その大きさには幅があり、その才能に恵まれた上位の者に「特例魔導士」としてこの学校に強制的に徴用されるというこたは君たちはよく知っているはずだね。」


 このサナエルの言葉に話を聞くと、皆、苦笑した。


「少し学術的な話をしておく。スコット君にはちょっと難しいかもしれないから、今はまだ聞き流してくれていい。魔導力はいわゆる我々の思考そのものが力として発現したものだ。我々の思考は脳内の神経が情報をやりとりすることによって生じている。通常、人はその力がそれほど強くない。まあ、自分の思いを人に伝える念波程度は誰でも持っているがね。その力が優れているかどうか。それを判断しているのが生まれてすぐにはめる左手のリング、成長とともにその大きさを変える特殊な代物だ。今では個人識別用の重要なアイテムだな。銀行口座も兼ねているぐらいだ。」


 5人の視線にサナエルが自分の話が横道に逸れていることに気づいた。


「ふむ、話が逸れてしまったな。その魔導力が強ければそれだけでも十分な攻撃・防御に使われるが、それを補うのが精神感応媒体(テレパシーメディア)、略称「テレム」というわけだ。」


 そう言うとすぐにモニターが変わった。


 そこにはブルックスには馴染み深い化学式が羅列していた。


「ここに書かれているものは「テレム」を示すもののごく一部だ。この書かれている式は化学構造式と呼ばれるものなのだが、こういった化合物が思念、脳波に呼応して物理的な影響を、操るヒトや「魔物」の周辺の環境に与えることになる。」

「化合物ということは、物なのですね、「テレム」というものは…。」


 モニターに並ぶ構造式を見つめながらランデルトが呟いた。

 その呟きにサナエルとブルックスが同時に頷いた。

 そしてその動作に二人がお互いに顔を見て、薄く笑った。


「非常に小さな分子ではあるが、モノだよ。それが魔導力を補強し、思念を、イメージを具現化する。だからこそ、魔導力を扱う者はイメージ、自分のやろうとしていること、考えていることを明確に脳裏に具象化をしないと、その力をコントロールできない。逆により確実にイメージできれば、その力はより大きなものとなる、というわけだ。」

「先生、一ついいですか?」


 サナエルの説明に対して最年少で、未だ正規の講義を受けていないスコットが右手をあげた。

 サナエルが頷く。


「僕たちは魔導力が規定以上にあるといことで、「特例魔導士」に選ばれたんですよね?では、極端に魔導力が強い人は、「テレム」がなくても、力を行使できる、といことですか?」

「そうだね。スコット君のいう通りだよ、なあ、ブルックス君。」

「自分に振らないでください、教授。」

「ってことは、ブルはそんなに魔導力が強いってことか、なあランド。」

「今の流れはそういうことだろうけど…、実際にさっき何が起こったかは、俺にはよく分からん。」


 ランデルトがシャーマインの言葉をそう流し、教授に目を向けた。


「では本題に移ろう。この「テレム」という物質はある波長の振動に簡単に分解するという特徴が見出されている。「バベルの塔」はその知見をもとに、空気中に存在する「テレム」を分解、無効化する技術を確立した。それがこの修練場で壁に嵌め込まれていて、魔導力を減弱化させて、極力剣術のみの技術の向上を図る場所を作った。また屋外の対「魔物」用に作用する「テレム」無効化兵器も作られている。だが、先ほども質問のあった通り、魔導力そのものが強大であれば、この「テレム」無効化は絶対の技術ではないということだよ。」

「すると、今の話を考えると、闘技場での少年にしても、ブルにしても、魔導力は「特例魔導士」の中でも群を抜いていると?」

「う〜ん、それがそう単純じゃないのだよ、ランデルト君。ブルックス君のことは後で話そう。ロルカム君の魔導力はそこまで大きくはない。現時点ではロルカム君の魔導力は、決闘の相手であるリーノ君よりかなり劣っていたはずだよ。と言っても、12歳での魔導力としては「特例魔導士」の中でも平均以上ではあると思うが。」

「あの〜、その〜、でも、あの「テレム」無効化の状況で、何かしらの力を発揮したんですよね?」


 スコットが少し遠慮しながらも、サナエルに質問した。

 その質問に、サナエルは困ったような顔をした。

 ブルックスもどう説明したらこの少年にわかってもらえるかを考えた。


「スコット君、君の中等課程のレベルを教えてくれるかい。その状況で答えが変わってくるのでね。」

「え〜と、その…、一応、全て修了していて、魔導高等科の1年次までは、習得して、ます…。」


 どんどんか細くなっていく声ではあったが、そのスコットの言った内容にその場にいた全員が驚嘆の声を上げた。

 サナエル教授は驚いた顔をした後、すぐに納得した顔に戻っていることに、ブルックスはすぐに気づいた。

 だが、他のスコットを含めた4人は気づかなかった。

 それは、傍若無人を地で行っているシャーマインでさえ、そのスコットの言葉に驚いていたことが一因であろう。


「魔導高等科1年次課程って、おめえ…。」

「いや、噂程度だったが、そうか優秀な新入生が数多く入学しているとは聞いていたが、スコット君、君が「女神に愛された少年」か。」

「せ、先生!その呼び名は、あ、や、やめて、ください。」


 両手で顔を隠すようにしてスコットはしゃがみ込んでしまった。


 だが、まさかスコットが「女神」絡みとは。

 ブルックスはアルクネメと別れた2年半前、あのリクエストの終了後、どこからともなく広がった噂。


 曰く、大きな体を持つ「魔物」が光に飲まれた。

 曰く、二つ首の化け物みたいな「魔物」が多数存在した。

 曰く、伝説の冒険者チームがほぼ全滅させられた。

 曰く、女神が降臨し、その化け物たちを一瞬に消し飛ばした。


 この4番目の「女神」というキーワードが一人歩きをして、奇跡的な物事が起こると、特に幸運な物事について「女神」と使われることが多いとはブルックスは聞いていた。


 女神、か。


 ブルックスは小型飛翔機をぶつけてからリクエストの終了までのこと、一応の説明を賢者「サルトル」から聞いてはいた。

 だが、アルクネメの別れの手紙から読み取れたことから、嘘ではないにしろ、重要なことは隠匿されていると思っていた。


 「バベルの塔」が何を目的にしているかはブルックスには未だに理解していない。

 ただ、自分の、というかハスケル工房を特別視していることは肌で感じていた。

 サナエルに言われるまで、「テレム」関連の研究が禁止されているといことは知らなかった。

 そう考えれば、わざわざ寮の一室とはいえ、簡易的に自分に「テレム」の研究ができる場を与えてくれている。

 さらには間接的ではあるが、魔導工学の権威とも言えるサナエル教授が後ろ盾に立ったということに、ブルックスは賢者「サルトル」がこれからの自分に対する何らかの期待を持っていることを痛いほど感じた。


「ぼ、僕のこの、能力は確かに、急に伸びたのは事実ですけど…。女神様からの贈り物と言われれば、間違ってはいないとは、思いますけど…。」

「2年半くらい前かな、スコット君。「白い光」を見たんだろう?」

「あ、はい!そうなんです!それから急に魔導力や「テレム」、この世界のことなんか、急に知識が流れ込んできた感じで…。でも、そのことを言っても父や母、周りの人たちが信じてくれなかったんです。」

「サナエル教授、「白い光」とは、何ですか?」

「ブルックス君は見ていないのか?」


 言われてブルックスは首を横に振り、そして他の3人を見た。

 3人とも同じように首を振る。


「ふむ。君ほどの人も見ていないのか。いや、ブルックス君には必要のないものだったのか…。リクエスト、「天の恵み」回収作戦時に何かしらの力の場、力場が発生した。その影響を受けた10代前半の子供達の能力が一気に開花した。今年の新入生の数は少ないのだが、それでもその影響を受けた者も数名いた。ただ、去年の新入生の4割ほどがその「白い光」を見ているらしい。」

「多い、ですね。」

「多い。特に去年の「特例魔導士」は今年の2倍の人数がいたから、ね。ただ、リクエスト時に亡くなった学生が多かったから、国としてはありがたい限りらしい。でもね、良い者だけではなくてね。アルクネメ嬢が駆除したライオネルという学生もいた。もっとも、こいつはそういう現象を受けたわけではないが。」


 その名にランデルト、テキスベニアだけではなく、シャーマインまでも顔が引き攣っている。

 ブルックスはその名に、アルクネメの武勇伝を思い出した。

 この3人の顔を見ているだけで、いかに自分の元恋人が苛烈な攻撃を与えたことか、改めて思い知らされた。

 そして、わざわざあんな女偉丈夫な姿をしている理由を納得せざるを得なかった。


 ブルックスはその「白い光」の現象は知らなかったが、その当時に実家からかなり遠いオオノイワ大平原あたりでで、大きな「テレム」の爆発とも言えるような動きは感じていた。

 もしかしたら、その影響があったのではないかと、ブルックスは考えていた。


「また、話が逸れてしまったね。ロリウム少年の能力は、「バベルの塔」は重力干渉現象と呼んでいる。これは非常に特殊な能力でね。星のような巨大な物質が持つものとされている。正確には違うんだが、他のものに影響を与えるほどとなると、やはり質量が大きくないと不可能なんだ、自然には。だが、彼はその自然に干渉できる能力なんだよ。」

「そこまですごいことが起こるようには見えなかったのは、「テレム」が無効化されたからなのか?」


 シャーマインがそういうと、サナエルは頭を横にふった。


「彼にそこまでの魔導力はないよ。「テレム」を使用してその能力を駆使しても、いいとこ重力の1%程度だと思う。ロルカム君の状況認識の高さは優れている。この闘技場の「テレム」無効化は空間内のみで、結界外は当然効果はないが…。」

「地中にも効果がない。」


 ランデルトがそうサナエルの言葉を引き継いだ。


「そう、地中にも量は多くないが、「テレム」が存在する。」


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