第63話 決闘の解説
「殺しにきた?いつ?」
シャーマインがブルックスの言葉にそう返してきた。
「始まってすぐに。そこで恐ろしいほどの魔導力をぶつけてきました。
ギリギリこの結界が防いでくれましたが。」
そう言ってブルックスは目の前にあった結界障壁に視線を向ける。
すでに決闘は終了したために、徐々に解除が始まっていたが、それを感知できるものは少なかった。
「いや、ここの結界はかなり丈夫なはずじゃあ…。あ、いや、あの金髪の子ならそのくらいは挑んできそうな殺気は感じたけどな。」
「彼女は「最高魔導執行者」ですが、それでもかなり大きな魔導力を持っているようです。「テレム」無効の空間でも、構わずに魔導力と「テレム」で5層あると言われるこの結界障壁の3層までをも貫いて、4層目にも楔を打ち込みましたから。」
そう言ってから、ブルックスは自分の失言に気づいた。
サナエルの表情が苦渋に満ちていたのと、ランデルトが頭を抱えているのが見えたためだった。
つい、ここにいる人間が自分の特性を知っているつもりになってしまった。
今知り合ったばかりの暴風のシャーマインが、今の言葉に引き攣っていることで、この男に何もいう必要がなかったにも関わらず、自分の秘匿している能力の一端を知られてしまった。
「お前、いやブルックス、「力」が見えるのか?」
その質問に、ランデルとが立ち上がってブルックスを庇うような位置に移動して、座っているシャーマインを見下ろした。
「シャーマイン、このことは他の誰にも言わないでほしい。ブルにはお前が今言った通り「力」の影響を見ることができる。」
微妙な言い回しを使い、そのまま頭を垂れた。
「まさかお前に頭を下げられるとは思わなかったぞ、ランド。」
そう言いながら、ランデルトの後方にいるブルックスにその瞳を向けた。
「ふん。まあいい。さっきのサナエル教授がいった「特殊技能」ってやつが絡んでるわけだ。秘密にしとくよ。そうでないと話が進みそうにないしな。」
そういう言い方で、ランデルトの言葉を肯定した。
口は悪いが、信じて良さそうだと、ブルックスは思った。
「ブル、こう見えて一応約束は守れる男だ。信じてほしい。」
「ええ、それはなんとなくわかりました。ただ、僕のこのことは本当に他言なしでお願いします、シャーマイン先輩。」
ブルックスの声に、シャーマインはその強面の顔の表情を歪めるような笑いで返した。
サナエルも微かに頷き、ブルックスは軽く息を吐き出した。
それでなくても入学初日から目立ちすぎている。
特にアルクネメとの出会いが噂となっている。
これ以上目立ちたくなかったが、そもそもこれ以上目立ってもさしたる支障はない気がした。
ブルックスにとっての最重要課題は、恋人であるアルクネメとの関係の修復だった。
それがどのような理由であれ、もう一度この手に取り戻すことのみを考えるべきだと、自ら言い聞かせたのである。
「落ち着いたところで話を戻そう。あの二人の戦い。後半での二人の妙な動きと、さらにブルックス、お前が彼らに対して行ったことについて、な。」
シャーマインの言葉に、ランデルトが元の席に戻った。
後半の戦いの最大のポイント。
それはロリウムの特別な才能に尽きる。
魔導力は圧倒的にリーノが上回っており、そして剣術においてはほぼ互角と見て良かった。
「テレム」が無効な空間での戦いは、必然的に魔導力を体内に対して使用する。
それが筋力の強化や、皮膚の防御を高める硬質化、脚力の上昇に使用される。
ロリウムに対して小柄で女性のリーノではあるが、その体内の増強はロリウムを圧倒していたと想像された。
後半の最初の剣技のぶつかり合いは、筋肉増強の結果、その速さが完全にリーノが上回っていたのではあるが、その技術的な才能で、ロリウムが悉く退けていた。
そして今回の決闘を語る上で最大の転機が訪れた。
自分の攻撃の全てを躱されたリーノの我慢がつき、一気にけりをつけるために距離を一旦広げた。
これは加速した衝撃を加える剣戟を放つための予備動作であることは、すぐにわかった。
そして、ロリウムはその時を待っていた。
距離をあけたリーノが、加速した瞬間、まるで躓くような体の動きがあった。
そしてその瞬間を待っていたように、ロリウムは一気にそのためた力を撃ち放った。
その一撃は確実にリーノにヒットした。
その一撃はリーノに驚きと隙を作ったのは間違いなかった。
だが…。
「そこであの男は力尽きて倒れたということか。」
シャーマインが納得したようにそう呟いた。
注目すべきはそのシャーマインの言い回しだろう。
ロリウムに対して、はっきりと「男」と言ったことだ。
ランデルトはシャーマインがあの少年を対等の人間として認めたことを理解した。
ブルックスはシャーマインの言い回しには気づかずに、その呟きにブルックスが頷く。
「ロリウムが逆転できる最大のチャンスでした。だけど、そこまででした。体力も、精神力も、そして魔導力も、もう彼には残ってなかった。」
ブルックスの言葉に皆が沈痛な表情をつくった。
「それで、金髪のお嬢ちゃんが躓いたというのは、ちびっこの力だったのか。」
もうちびっこ呼びに変わるのか。
心の中でランデルトがため息をついた。
「おそらくは。」
そう言ったブルックスに、サナエルがそのあとを促すように頷く。
「彼の魔導力が、駆け出したリーノの足元に集中するのが見えました。」
正確には地面の下の「テレム」が急激にリーノの足元に集まっていたことが見えていたのだが、流石にそのことは喋らなかった。
「その集中したロリウムの魔導力が、リーノに対してなんらかの影響があったと思います。具体的に何が起こったのかは僕にはわかりません。ですが、その力でリーノの足が鈍ったのは事実です。」
「そのわずかな隙をついてロリウム少年があの少女に反撃した。いくら刃を潰してあるとはいえ、銅剣はそれ自体でけっこうな重さがあります。その直撃を右手に受けたにも関わらず、リーのは阿蘇の右手で戦いを継続した。」
ランデルトがブルックスの言葉を引き継いだ。
「まあ、さっきの様子だと、痛みをうわまわる怒りで、我を忘れていたんだろうな。で、だ、ブル。あのままなら確実にあのちびっこの頭は潰されていたはずだ。どう見てもあの「玉潰し」は間に合わなかった。」
しばらく黙って聞いていたシャーマインが、ブルックスにその鋭い眼光を向け、最初に聞いてきた話に戻した。
「ブルよお。お前さんは懸命に闘技場に顔は向けていたが、その動きが妙に思えたんだがな。食い入るように見つめるというより、俺が魔物を殺る時の表情に似てた。」
「それは、魔導の発動のことを言ってるのか、シャーマイン?」
まるで標的を射るような顔つきでブルックスに言った言葉を、ランデルトが補足した。
「ふむ、というと、シャーマイン君とランデルト君は、ブルックス君が魔導力を行使していたと言いたいのだね。」
サナエルがそう口を挟んだ。
あの状況でブルックスが魔導力を使ったと、シャーマインは確信していた。
だが、何をしたのか、そこまでは見当さえつかないに違いない。
「ブルックス君の能力の前に、先ほどブルックス君が疑問に思ったロルカム君の能力について説明しておこう。」
その言い方は教授という職をその場にいた5人の学生に思い起こさせた。




