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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第5章 リーノの決闘
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第60話 激突Ⅲ

 重力。

 星の上の物体がその星に引きつけようとする力。

 厳密には星との間に働く万有引力と、その星の自転による遠心力との合力と定義されている。


 人類にとって、この重力を制御できる技術は遥かな昔より憧れていた。

 未だこの星に暮らす大部分の者にとっては、夢想するに止まる未知なる技術だった。そう、ある一部のもの達、「バベルの塔」に住む者達以外にとって。


 ロリウムの魔導力は非常に特殊な効果であった。

 その事実を知るものは「バベルの塔」の十人以外ではアルクネメのみである。

 だからこそ、この決闘の前に忠告という形で金髪の少女、リーノにヒントを与えた。

 その言葉は、ロリウムの特殊能力、というだけでなくリーノの持つ絶対的な自信が招く油断についても伝えたつもりだった。

 しかし、とアルクネメはおもう。

 自分の思いの半分も伝わっていなかった。


 リーノは明らかに怒りをロリウムに対してもっていた。

 だからこそ、常日頃から教えていたはずの冷静な心というものを忘れかけていた。


 そのリーノの感情を引き摺りだしたロリウムの才能を賞賛するべきなのだろうか?

 アルクネメは、現在完全な戦闘状態へとその能力を引き上げていた。

 パートナーであるアクパもまたそのアルクメネの思考を是とした。


 ロリウムの特殊能力はリーノに一矢を報いることはできるだろう。

 だが、その結果はロリウムの死を招く。

 このロリウムの性格と才能をここで潰すにはあまりにも惜しいことだ。

 まだ12歳の少年だ。

 このまま順調に成長すれば、対魔物の重要な戦力になる人材なのだ。


 アルクネメのそんな思いにリーノは全く気づかなかった。


 多数の攻撃の手に対して(ことごと)く防ぎ切ったロリウム。

 必ずしも余裕を持って行ったことではない。

 ギリギリで(かわ)していたに過ぎない。

 そこに余裕などなく、歯を食いしばり、自分の奥の手を支える機会をただただ、狙っていただけだった。

 そんなロリウムの姿は、怒りが理性を侵食していたリーノには挑発を続けているようにしか見えなかった。


 手数で押し切ることが難しいと判断したリーノが一旦後退した。

 一気に片をつけるべく、一撃必中の体勢を整えた。


 それが明らかな判断ミスだとわかっていたのは、アルクネメだけだった。


 いや、違うな。

 アルクネメはそう思い、もう一人、その特殊能力で未来予知に近い力を持つ年下の元恋人にその視線を向けてしまった。





 その視線にブルックスは全く気づかなかった。

 それはロリウムの周りに大きな魔導力が出現し、一気に地面に消えていったことを目撃した直後だったからである。

 その魔導力の動きが何を意味するのか。

 だが、考えるまもなく、もう一つの強力な魔導力が少年から少し離れたところで発せられたことに意識がいった。


 リーノが少し後退していたことには気づいていた。

 その意味するところをブルックスは判断しかねていたのだが、すぐに勝負をつけるため、強大な力の爆発させるための予備動作であることに気づいた。


 闘技場の壁ギリギリまで下がったリーノの足が、地を蹴った。


 瞬間的にロリウムに接近し、そのまま剣で少年の腰を薙ぎるような動作に移った時だった。


 ブルックスの目にリーノの足元に強大な「テレム」の集合体が映った。

 そして一気に圧縮された。


 リーノの高速な移動、ロリウムの地面に突き刺した剣を握る両手にかかった力、その次の瞬間に起こったことを正確に分かった人間はどのくらいいたのだろうか。


 もしリーノの動きを見ることができたとしても、そこには、わずかにつんのめるような動きが見えたに過ぎないだろう。

 だが、そのほんの短い刹那、時間にして0.1秒にすら達していない揺らぎのような事象は、しかし、ロリウムがこの強靭な剣技の絶え間ない攻撃の中で、耐えに耐えた末に信じていた瞬間だった。


 そしてリーノには自分の体に何が起こったのか認識する暇すらなかった。

 それでも剣をロリウムに向けた動きを止めることはしなかった。

 わずかに崩れた体勢からの、十分ではないがそれでも常人には十分威力のある剣の動き。


 ロリウムの判断、対応は早かった。


 地面に突き刺した剣を引き抜く。

 と同時に襲いかかるリーノの剣にあわせ、弾いた。


 リーノの思考がその事態についていけなかった。

 端的に言えば驚きで考えがまとまらない状態に陥った。

 彼女にとって未だかつてこんなことは無かった。

 その才能、力によって、いつでも余裕を持って闘って来た。

 悪い言い方をすれば相手を(もてあそん)んできたのだ。

 追い詰められたというほどではなくても、後手に回ったのは唯一、アルクネメとの戦闘の時のみだった。

 賢者との関係は真の意味で大人と子供の関係であって、リーノをもってしてもその力の差を痛感していた。


 体勢を崩して放った剣戟が防がれた。

 無意識にリーノはその場から下がった。

 だが、目の前にいたはずのロリウムを一瞬見失った。

 未だ自分の体に起こったことを理解できないまま、その危機的状況に体が無意識に反応。

 左後方に十数回、剣を振り、薙ぎ、突いた。そのうち数回に剣のぶつかる反動が返って来たが、それ以外には全く手応えがない。

 リーノの意識から完全にロリウムの存在が消えた。


 右上腕、利き腕に鈍い痛みが走った。


 やられた!


 リーノの全身には、体内の「テレム」が筋肉を強化していた。

 この強化はその筋肉の動きを向上させて、素早く強靭に強力な肉体を作り上げていたはずだった。

 その中には多少の衝撃を体内に通さない障壁も含まれている。

 しかしロリウムの剣はそのリーノの「テレム」強化を貫き、ダメージを与えることに成功した。


 その痛みは、しかし逆にリーノの理性を吹っ飛ばした。


 痛みを、骨にまで衝撃が貫いているはずの痛みを完全に怒りが上回った。


 体内の「テレム」がその痛みの箇所を一時的に覆う。

 剣の柄を握り直した右腕がそのまま右にいたロリウムに向かった。

 リーノの右手がロリウムの右頬に当たったように見えた。

 それは右手ではなく、実際には剣のつかの部分であった。

 そのままロリウムの小柄な体が宙を舞った。


 ロリウムは剣の柄が当たる直前に顔を振り、そのまま自ら体を飛ばし、衝撃を減らした。

 減らしたはずだったが、口の中にかなり血の味がした。

 地面を転がりながら、口から血が溢れるのを防ぐことができなかった。


 すぐにでも立ち上がって追撃をする気だった。

 だが、今までのリーノの剣戟はロリウムの精神的消耗を強いられていた。

 それでも、リーノの高速度の剣戟を防いで来たのだ。

 さらにロリウムは自身最高の魔導力を放ち、その時起こり得るだろう相手の一瞬の隙をつく為の集中力を高め、高速で移動、そして攻撃。


 すでにロリウムの体力も精神力も限界まで来ていた。


 今が真の意味で「最高魔導執行者」に勝つチャンスだった。

 充分ロリウムには分かっていた。

 分かっていたのだが…。


 すぐ近くまでゆっくりと少女が近づいてくるのが分かった。

 そして、その凄まじい殺気がロリウムを焼き尽くすように伸びてくるのが、肌をチリチリとした痛みとして感じていた。

 身に纏ったプレートアーマーすら貫くようにリーノの憎悪がロリウムを切り刻むような感触があり、そしてすぐにでもそうなることを実感した。


 損傷しているはずの右手に握った剣を頭上にあげ、リーノが宙に舞った。





 まずい。

 ブルックスはそう思った。

 これは確かに決闘だが、その生死を賭けたものではない。

 自分の目の前に先ほど傷つけられた結界の一点を見て、念じた。





 考えるよりも早くアルクネメが跳んだ。

 見届け人であるはずのヨムンドは、リーノの発する威圧的な魔導力にその場から動けなくなっていた。


 闘技場の地面に倒れているロリウムの一番近くにいるはずなのだが、最大級とも言える恐怖がヨムンドの体を縛り上げ動けなくしていたのだ。


 他の護衛騎士たちも同様にその場から動くことができずにいた。


 怒りに任せたリーノの魔導力が制御不能でその小さな体から放出され、その魔導力は明らかにこの場にいる者たちを飲み込み、逃げることさえ許さない。

 一歩間違えば「バベルの塔」の中で起きた破壊の嵐の再現にすらなりかねなかった。


 この状況で動けたのはリーノのことをよく知っているからこそであったが、完全に我を忘れる前、具体的にはあの対戦相手の少年を殺す前にリーノを止めねばならない。


 宙をとぶアルクネメの剣は、しかしほんの0コンマ数秒遅かった。


 狂気を孕んだリーノの剣がロリウムの頭を潰すために振り下ろされた。


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