第59話 激突Ⅱ
ランデルト・カスバリオン、スコット・マーリオン、テキスベニア・ビー・アートネルンと共に、ブルックス・ガウス・ハスケルは土煙が晴れて退治する二人を見つめていた。
「今って、何が起きたんだ、この状況…」
しばらく無言で観ていたランドが呟いた。
「いや、あんなのは、わからん。俺が見えたのは土煙と、あの金髪の女の子が壁と空中に叩き出されたとこだけだ。あの立ち方なら、あまりダメージはなかった様だが。」
テックスの言葉にスコットが何度も首を振ってうなずいていた。
その二人に満足げな笑みを浮かべたランドだったが、真剣に対峙している二人を見つめるブルックスに、眉を顰めた。
「ちょっと確認のために聞きたいんだが…、ブルはあの二人が何をしたのか、わかってたりするのか?」
「ええ。」
さも当然という様に答えるブルックスに、ランドの顔が引き攣った。
他の二人もブルックスを見た。
ブルは三人に視線を移し、そのあまりの表情に絶句した。
「解説をしてもらっても、いいか?」
引き攣った表情のままランドが言った。
その眼差しに威圧されたように、ブルックスは頷いた。
「あの少女、リーノ・アル・バンスはこの試合に集中していませんでした。」
「の、ようだな。明らかにブル、お前さんにさっきを放っていた。さっきのあの衝撃だって、その余波だろう?」
「ええ、そうです。なぜか俺はあの娘から敵意を向けられてます。昨日もえらい目に遭いましたし。」
「そんなこと言ってたな。わざわざお前さんの講義室まで行って、喧嘩ふっかけてたんだろう?」
ランデルトが面白そうにブルックスに笑いかけた。
ブルックスが苦笑を浮かべる。
「あの少女、新入生の代表とも言える「最高魔導執行者」であるリーノ・アル・バンスは全くの無傷です。」
「いや、全部わかっちゃいないが、少なくとも壁に叩きつけられて、上の結界にぶつかってんだろう?」
ランデルトがブルックスの言葉にすぐにそう反論した。
だが、微かに笑みを浮かべるブルックスに違和感を覚えた。
「ランド先輩の言うように、彼女は壁と結界と接触しています。ただ、壁の時は蹴ってロリウムに向かっていますし、結界に接触する前に結界を瞬間的に作って体を守ってます。さらにそまま落下するときに態勢を整えて、剣を振り下ろしてもいます。ロリウムには避けられてますが。」
そう言いながらブルックスはランデルト達に今の戦闘について説明をしようか迷っていた。
単純に戦闘中の彼らを見ながらでは説明している時間がない。
その時だった。
闘技場から明らかな魔導力の動きを感じた。
「動きがあります。状況は後ほど。」
何か言いたそうにしたランデルトだが、ブルックスが完全に闘技場に視線を移したことに口をつぐんだ。
同じようにスコット、テクスベニアも視線を闘技場に移した。
「ホント、油断はしちゃいけないわね、お姉様。こんなやつにいいようにやられるなんて。」
一人そう呟き、右手に握った剣を目の前の少年に向けた。
明らかに自分の不注意だった。
完全に観客席のアイツに心が向いていた。
言い訳すらできない状況だ。
相手の素性は一通りアルクネメに聞いていたはずだが、リーノには全く印象がなかった。
それでも、剣の腕はレベルが高いことを認めた。
もっとも先日の騎士と比べれば、脅威には感じない。
ただ、今回はあまり「テレム」を利用できないことを念頭に入れておくべきだった。
お互いに自分自身の体、主に筋肉に「テレム」を混入しての強化は図っているとはいえ、剣のみの純粋な闘いとなればその差は狭まることは間違いない。
剣術だけでもリーノは十分に自信があった。
父であるバンスや、バンスのチームリーダーであるダダラフィンとも互角に戦える自信はあった。
だが、ある程度「テレム」が無効化されたこの空間での戦い方に慣れていないことも自覚していた。
その中で大事なお姉さまに不埒な行いをしたあの男、ブルックスと言う奴に魔導力を放出すると言う馬鹿げたことをした。
結果的には結界に阻まれあの男は無傷、さらにその隙をついて攻撃を受けてしまった。
屈辱的なことではあったが、自ら後方に飛ぶことによって難は逃れた。
先手を許したことに怒りで我を忘れた。
そのまま壁を蹴った反動で襲い掛かろうとしたが、相手も自分にダメージが無いことはわかっていたのだろう。 すぐに剣で突いてきた。
リーノはその剣の上に乗り、剣を持つ手に、自らの剣を叩きつけようとしたのだが、すでに相手にその動きを見抜かれていた。
そのままロリウムの剣が掬い上げるようにリーノを持ち上げ、上に飛ばしたのだ。
リーノの体は軽い。
さらにリーノほどでは無いとはいえ、ロリウムも特例魔導士である。
筋肉を体内の「テレム」で強化しており、結果的に結界天頂部にまでそのリーノの体を跳ね上げた。
ぶつかる直前に魔導力を体に纏うことにより、身体的ダメージはなかった。
落ちる瞬間に体勢を整え、ロリウムに剣を向けたが、これは空振りに終わった。
対峙後、すぐにロリウムが剣をかざしてきた。
リーノは、相手の剣を弾き、逆に剣をロリウムに向けて振った。
上から、下から、左右から、さらにその最中で突きを繰り出す。
リーノはさらにその剣速をあげた。
元々身軽なリーノが苦もなく繰り出す剣技に、プレートアーマーを身につけているロリウムには辛うじて捌くのが精一杯だった。
リーノの剣速に徐々に押され始め、ロリウムの足が後退を開始した。ロリウムが幼いながらも、その剣術の才が群を抜いているからこそ、リーノの高速の剣速に対応出来た。
それでも、リーノが徐々にその剣の不規則な動きを早くしていくため、ロリウムの集中力が限界に近づいてきていた。
「つ、強い…」
認めざるを得ない。
ロリウムはそう思った。
今回の決闘は「テレム」を無効化した状態で行われている。
「最高魔導執行者」の最大の武器である「テレム」を使用する魔道を封じ込められている状態で、自分より筋力が低いと思われた少女に押されている現状。
当然二人とも自分自身の体内にある「テレム」による筋肉強化は行なっている。
魔導力の強いリーノが筋力を大幅にパワーアップしていることは間違いない。
それでも、ここまで押されるとは思わなかった。
では、やはり騎士との模擬試合は本当の実力なのだろうか。
「整えられた舞台」とは何を意味しているのだろうか?
ロリウムがそう思った時だった。
あれだけ激しかったリーノの剣圧が消えた。
ロリウムの視界のほとんどを占めていたはずの金髪の少女が、一気に遠方に遠のいていた。
ロリウムの全身に緊張が走った。
リーノは自分の技量を恐れて引いたわけでは無いことは明らかだった。
これは次の一手で決めるための予備動作だ。
瞬時に剣先を地面に向けた。
後ろに下がったはずの少女がロリウムに向けて突進してくる姿勢をとった。
このままなら自分は弾かれ、無様に地に伏す未来が鮮明に脳裏を巡った。
そう、今しかなかった。
自分に向けて高速で接近しようとする少女の存在を意識しながら、ロリウム派遣先を思い切り地面に刺した。
闘技場の壁に配置された守護人達のうち、決闘を行う二人の動きを正確に認識することができたのはアルクネメだけであった。
見届け人であるアーク・ヨムンドも通常であればその動きを追うことができたはずであったが、決闘を間近で見る必要性から、広範囲の動きに対応しきれなかった。
二人の動きを見てアルクネメはロリウムの才能に心の中で喝采を送っていた。
あのリーノに対して、その隙をついた見事な剣捌き、さらにリーノの剣圧を凌げるその防御力には驚嘆した。
噂には聞いていたが、まさかリーノの剣術に十分対応できるものがいるとは思わなかった。
できれば、彼には致命的なリーノの一撃が入る前に助けたい。
アルクネメは本気で思っていた。
噂に関して実はウラヌス騎士団、そしてその宗主であるファウスト侯爵の身内贔屓では無いかと思っていたのである。
今後、魔物との戦い、そしてそれ以外の不測の事態において、この少年は十分に戦力になる。
だが、とアルクネメは思った。
リーノは決闘をブルックス以外から申し込まれたことを不服に思っているはずだ。
そこにこの見事な攻撃を仕掛けてきた。
プライドがズタズタにされたに違いない。
体内の強化、そして大きな魔導力をもってロリウムにぶつけた場合、無事で済むはずがなかった。
今、最大の攻撃をかけるべく、リーノがその身を後退させた。
助走をつけ、一気に勝負をつける気なのが丸わかりだ。
ロリウムもまたそれに気づいたようだ。
そう思った時、アルクネメはロリウムの持つ特殊能力を思い出した。
そしてその力を解放すべく、ロリウムが剥き出しの地面に剣を突き刺したのだ。




