第56話 ロリウム・サー・ファウスト
ロリウムの剣術は師であるバイストン・リッチモンドにして10年に1人の天才と言わしめた程の腕前だった。
ウラヌス騎士団は現在クワイヨン国の騎士団ではあるが、その管理運営はファウスト侯爵家が取り仕切っている。
これはこの騎士団が元々侯爵家の騎士団として創設されたためである。
クワイヨン国に限らず、各国には常設軍が存在するが、上級貴族はその領地防衛並びに治安維持のために武力を保有していた。
これは国や国王などから正式に認められた権利として、さらに自らの権力を誇示するために所有しており、軍部との違いを明確にするために騎士団と名乗り、その上級兵士、指揮官を騎士と呼称することから始まった。
しかし、その武力が大きくなると、他の貴族領に対する脅威へと発展し、内乱まがいの武力衝突が各地で起こるようになった。
その領主の性格や嗜好によっては、ただの野盗同然の掠奪行為に走る者たちもいた。
結果的に政府が介入することもあり、軍部が強奪を繰り返す騎士団に対して武力行動を起こした例も数多い。
そして本来であればその国の行動にはあまり関与を示さない「バベルの塔」が直接動く結果を招くことになった。
実際のところ、クワイヨン国では大きな戦力を有することになった騎士団に対して、「バベルの塔」が直接その改変を試みたのである。
それがいわゆる四大騎士団の誕生となった。
その直属の領主に対して様々な魔導武具を与え、「バベルの塔」の権限により、クワイヨン国直属へと編入された。
その運営は変わらず領主が行い、任務自体も国からの勅命が新たに加わった形に落ち着いた。
とは言え、管理運営を行う領主はその権限を次世代に譲りたいと思うのは当然ではあった。
しかしながら、その決定権をクワイヨン国政府に握られた。
この事実は領主たる貴族にとって重要な問題となった。
次期当主に騎士団の運営維持に疑問を持たれれば、運営主体のすげ替えが行われる可能性が出てくる。
実際にそのようなことがされれば信用が一気に失墜することになるのだ。
領主はそのため、後継に対しての教育が大きなウエイトを占めることとなったのである。
ファウスト侯爵家当主、リテニウム・サー・ファウストはガザリオル、ザンジブル、ロリウム、アイシフルという4人の息子を当時の騎士団長クンニクル・ミネヴァに預けた。
クンニクル自身は騎士団を預かる身として、直接の指導は行わなかった。
その代わりに、それぞれに剣術指南役とも言われる2人の剣士と、クンニクルの息子で第二大隊副隊長を務める騎士、そしてウラヌス騎士団筆頭騎士として技術、人格において最高と言われるバイストン・リッチモンドをマンツーマンで指導に当たらされたのである。
ロリウムはファウスト侯爵家の3男である。
父であるリテニウム・サー・ファウストもまた騎士団で修行したのちに家督を継いだ。
その子息たちは幼い頃より武術全般を父より叩き込まれている。
その中でも特にロリウムの剣術は他の兄弟を圧倒し、その天賦の才を誰もが認めざるを得なかった。
であるからこそ、筆頭騎士バイストン・リッチモンドにその指導を任されたわけだ。
ロリウムの剣術はその技術だけでなく、魔導力、そして「テレム」の扱い方をも群を抜いており、特定魔道士と認定されたときには、師であるリッチモンドの技量さえ上回っていたと評されるほどになっていた。
ロリウムには自信があった。
「最高魔導執行者」に入学時になれなかったことは残念ではあったが、現時点での魔導力が最高でなくても悲観するほどではなかった。
だが、その後の模擬試合という名の死闘に対して、ロリウムは背筋が寒くなるのを感じた。
魔導力を伴う剣術のあまりにも大きいパワー。
自分はこんな年端も行かない少女に恐怖していたことに、さらに驚いた。
そこには純粋な畏怖があった。
だが、ロリウムのそんな想いは聞こえてきた言葉に打ち砕かれた。
整えられた舞台。
この言葉の意味をロリウムは曲解した。
これは入学生代表の立場を誇示するための八百長だったと。
アクエリアス騎士団の騎士は確かに強かった。
だが見る限り防戦一方だったことは否めない。
単純にあの「最高魔導執行者」の少女の力が秀でていたと考えていたが、八百長となれば、納得できる戦い方だ。
変に攻撃をして、騎士が勝ってしまったら、話にならないのだから。
その考えはロリウムの矜持をいたく刺激していた。
剣術の試合に不正があることなど認められるはずがなかったのだ。
さらに、上級クラスにまで行って、あの高齢者に対して魔導力を行使しようとしていた。
ロリウムにはブルックスという年長の同級生のことはよく知らなかったが、周りであまり年の離れていない男子学生の陰口を耳にしていた。
そして、そのような理由で人を蔑む輩を心良くは思っていなかった。
ロリウムはその外見や年齢、性別で人を罵る者たちを決して好印象を持つことはなかった。
また不正を許せない正義感を持ち合わせた少年だった。
しかしその若さ故、思い込みが激しく、リーノに対して憎悪に近い嫉妬を覚えてしまっていた。
さらに悪いことに、その嫉妬という感情をロリウムは思いもしていなかった。
「最高魔導執行者」が同学年の者から決闘を申し込まれた時にそれを拒否できない。
ロリウムはその制度を利用して、この場にリーノを引き摺り出すことに成功したのだ。
魔導力においてリーノに敵わないことは十分に理解していた。
それでもロリウムは剣術において、負ける気は一切なかった。
さらに、この修練上の特殊さは完全に熟知していた。
そう、ここの地面はそのままこの土地が剥き出しになっている。
この事は自分の持つ能力をきっと最高の形で駆使できるはずだから。
それでも、伝説とまで言われている最強の冒険者、バンス卿の娘であるリーノが剣術においても十分な技量を持っている事は間違いない。
だからこそ、ロリウムは自らの特殊能力が効果を生むことを疑わなかった。
そう思いながら、決闘用に渡された、刃を潰されている銅剣に魔導力を通して見る。
一瞬、微かな空間の変調を見せたが、すぐに霧散した。
それはこの空間に満足とは程遠い量しか「テレム」がないことを雄弁に物語っていた。
そして、相対する出入り口に大柄の女剣士、「最凶の剣士」とも揶揄される偉丈夫の横に小柄な少女、リーノがその姿を現した。
その少女を見る目が殺気に溢れていることにロリウムは自分では気づいていなかった。
そして、そのロリウムの眼差しに気づいたリーノがそれを圧するほどの殺気を込めて見返してくる。
ロリウムは、一瞬、足がすくむのを感じた。
が、すぐにその恐怖をプライドが捻じ伏せた。
この修練場で金髪の少女をひれ伏す姿を思い描くことによって…。
修練場の中央に盛土をされて一段高くなった円形の舞台が設置されている。
これがここの試合スペースである。
ロリウムとリーノの戦う場所であるこの円形の舞台は土を固めてあるだけで、そこになんの加工もされていない。
これは今までの修練と言う名の戦闘において、幾度となく破壊されており、結果的にコストが安くすぐに修繕のしやすいこの形に落ち着いた。
ただし、この試合用舞台とその一段下の控えスペースを囲う壁には、先のリーノと騎士の戦闘が行われた闘技場同様、観覧席に被害が及ばないよう結界が張られているのだが、さらに「テレム」無効化処置が施されており、囲いに覆われた場所は極端に「テレム」濃度が低くなっている。
使用者出入り口から入ったロリウムとリーノは、その異常な空間をすぐに肌で感じた。
「特例魔導士」である者には「テレム」の存在を認識できるのが常である。
でなければ、思うように魔導力を行使することができない。
だが、ブルックスのように「テレム」の量や濃度、そしてその流れを正確に認識できる能力を持つものは稀であった。
ブルックスはその能力ゆえに、「テレム」を利用しうる魔導工具を作ることができたのである。
ただし、その有用性を確かめられるものもまた少数ではあったのだが。
ブルックスは親しくなったランド、スコット、テックスと共にこの修練場の観覧席から二人を見ていた。
愛するアルクネメの横に立つための、最大の関門となるリーノ・アル・バンスのその剣術の闘い方を知るために。
中央の舞台に二人が立った。
直後、金髪の小柄な女性剣士が、ブルックスにその視線を向けた。
異常な殺気をのせて。




