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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第5章 リーノの決闘
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第54話 相対する二人

「私を倒してお姉さまに認めさせたいんだろう、貴様は!であれば私に決闘を申し込むのが筋だろうが!」

 新入生代表である「最高魔導執行者」の肩書きを持つ少女、リーノ・アル・バンスの小さな体からとてつもない怒号のような声が響いた。

 これは何を言っても聞きそうにない。

 ブルックスはそう思ってしまった。

 だが、魔導力と「テレム」が高濃度でその小さな体を覆っているリーノと、現時点で戦って勝てると思うほど、ブルックスは自惚れてはいない。

 2ヶ月ほど後に開催される武術大会を当面の目標にするべきである。

 確かにこの少女の実力をこの肌で感じることはマイナス面だけではないことは確かだが、先日の騎士との模擬試合だけで、今のところはブルックスにとっては十分であった。


「入学式で「最高魔導執行者」に選抜されて、しかも現役の騎士をあそこまで完膚なきまでに叩き潰すような君に、今は勝てるとは思わない。決闘なんか、俺にとって全く利がない。」

「今は、だと。」


 言葉をしっかり選ぶべきだった。

 ブルックスは本音が出てしまったことに、少しだけ後悔してしまった。

 そう、今は勝てない。

 だが、時間をおいて対策を立てれば、未だ幼い思考しかできないこの少女に勝つ要素はある。

 冷静にそう判断していた。

 そして、自分はこの少女に勝ち、「最凶の剣士」アルクネメ・オー・エンペルギウスの横に立たねばならない。


「お前はあ!お前如きが、私に勝つだとおおお!」


 その声が大きくこの講義室に響いた。

 さらに魔導力が周囲の「テレム」を集め始め、ブルックス以外にも、そのモヤのようなかすみを認識し始めていた。

 その急激な力の集結は、「特例魔導士」であるこの学校の学生にはあまりにも強大な圧となり、特に隣のクラスの年少組の学生の大半が床にひれ伏す事態になった。


 ここにいたり、講師であり、1年次年長組の担任であるサイドル・アマルミンが、対魔導力のための「減魔動力現象」を発動させつつ講義室に飛び込んできた。


「そこまでだ、リーノ・アル・バンス!「最高魔導執行者」たる矜持を見せよ!」


 その言葉と同時に、対魔導力法を放ち、他の学生に対して結界を張った。

 リーノに対峙していたブルックスはその講師、サイドル・アマルミンの対応に驚嘆した。

 減魔導力現象という事象はすでに理解していたが、ここまで綺麗に暴発寸前だったリーノ魔導力を消し去り、「テレム」を拡散させた手腕に尊敬の念さえ持ってしまった。


 サイドル・アマルミン。女性、35歳。

 昨日のオリエンテーションで、もともと国軍の防御大隊で教導隊に所属していたと聞いていた。

 特に重要人物の護衛を主な任務として昇進し、現在はこの「クワイヨン国高等養成教育学校」の魔動力理論の専任講師として、さらに暴発しやすい1年次の主導教官として教えているとのことだった。

 その意味が、今まざまざとブルックスをはじめとした学生の前で発揮された形になった。

 だが、実際にその正確な力を見切れたのはブルックスと数人に限られた。

 他の学生は異常なプレッシャーが急になくなったような解放感のみを受けただけだった。


「も、申し訳ありません、でした、アマルミン先生。」


 自分に何が起こったか、リーノには正確には理解できなかった。

 だが、自分に対して声で制してくれた女性講師に、その力の一端を見た思い出あった。

 現役騎士団とも力負けはしないという自負を持っていたリーノにとって、簡単に自分の力を制してきたことに軽い驚きがあったのだ。

 もっとも、そうでなければこの学校に来た意味がないということも理解していた。

 年齢的には11歳という肉体だが、「バベルの塔」での生活、正確には軟禁状態での賢者との関わり、そしてアルクネメという絶対的な強者との邂逅がリーノ・アル・バンスという少女の精神面を極端に成長させていた。


「リーノ・アル・バンス。昨日にもサンザルト・ア・バイオルム校長からも、「最高魔導執行者」についての存在理由については、他の年次のものたちと共に注意、いや警告を受けたはずだ。その力をみだりに使用しないこと、そしてその禁を破った時の処罰についても。」

「確かに伺いました。無闇に力弱きものに自らの力を解放した場合、この能力を封じられた上で牢に繋がれる。最悪四肢を引きちぎられると。」

「それならば、そこの男子学生、ブルックス・ガウス・ハスケルに対して行った力の講師をなんと説明するのか?明らかに今にも殺しかねない魔導力を感じたが?」

「このものは、私、いえ、アルクネメ・オー・エンペロギウス教に配して比例を行ったから、であります。このものは自らの立場をわきまえず、無謀にもお姉様、いえ、アルクネメ卿を抱きしめるという暴挙を行いました。」


 片膝をつき講師の前で神妙な姿勢をとるリーノに、ブルックスの片頬に緩むような笑みが出ていた。

 本人も気づいていなかったが、リーノは周囲警戒の力でそのブルックスの表情に気づき、暴発しないよう歯を食いしばった。

 魔導力を視覚的に捉えることができるブルックスにとって、リーノの周囲警戒の様相は当然気づいていた。

 だが、自らすら無意識に行った、片頬の緩みを察知しているとは夢にも思っていなかった。

 力を制御していたリーノの動きは、それでも完璧には抑制されてはいなかった。

 そして、その漏れは、些細ものだった。

 その動きにサイドル・アマルミンの対魔導の行動が遅れた。

 これはある意味アマルミンの油断であった。

 自分の非を認め、アマルミンの前で頭を垂れている少女が、よもやそういった行動に出るとは考えていなかったのだ。

 気づくと同時に、すぐに対魔導法をリーノの力にぶつけた。

 が、コンマ数秒のレベルで遅かった。


 ブルックスの表情に蔑みと感じたリーノの力が、ブルックスを見ることなく放たれた。

 その力は周囲にあった「テレム」を纏い、圧縮しながらブルックスを的確に狙っていた。

 圧縮された魔導力と「テレム」そして周辺の空気が一気に高温を発し、炎を生じた。


 ほんの一瞬である。

 しかし、その動きはブルックスには見えていた。

 殺気とも取れるリーノの高出力の魔導力。

 さらにこの講義室に僅かに漂う「テレム」の瞬時の収束。

 その結果発した炎の弾丸。


 結界を使いこの殺意を消し去る方法もあったが、この炎の射線上に他の人間がいないことはすでにわかっていたため、運良く頭を微かに動かして難を逃れた、という(てい)で避けた。


「リーノ・アル・バンス!私の言っている意味がわからんのか!」


 その直後にリーノの体が硬直した。

 超短時間による精密射撃とも言える手法は、その後の僅かな時間、隙を作る。

 「減魔導力現象」である対魔導力法は、相手が全くの無防備状態であれば、その効果は絶大である。


「もう一度忠告するぞ、バンス。いかに君が伝説のバンス卿の娘だとしても、「バベルの塔」に住人と交流があるとしても、その強大な魔導力を有していても、それが我々人類に対して「悪」と考えられれば、我が学校はその総力で君を排除する。ここの講師は全て、そしてこの学校に関わるすべてのものがそう思っている。」


 そこでその視線を身動きの取れないリーノからこの講義室で今にも逃げ出しそうにしている学生に移した。


「いいか、よく聞け!この学校に入学するすべての「特例魔導士」はその力言え特権を有している。だが逆にその力を私利私欲のためや人類に仇なす使い方をすれば、この世界はそのものを決して許さない。それは先日の一件でもわかっていると思う。」


 自分の体を動かせないことに呆然としたリーノが、懸命にその呪縛に抗おうとしている姿を一瞥し、アマルミンは続けた。


「私自身は、君が戦ったガールノンド卿に比べようがないほど、非力です。ですが、今のように虚をつけば、「最高魔導執行者」といえども身動きを封じ込むことができる。わかりましたね、リーノ・アル・バンス。」


 眉ひとつ動かすことができなかったが、その講師の言う意味に対して肯定の意思を念じた。

 アマルミンはその心を聞き取り、微笑んだ。


「それにしても、バンス君の魔導力は驚異的ですね。私の油断も確かにありましたが、あの僅かの時間に空間圧縮現象の一種、炎弾を生じさせ、視線を向かわせることなく精密な射撃を行うんですからね。今回は幸運にもブルックス君が避けたから大事には至りませんでしたが、もし顔面に直撃でもさせていたら、こんな処罰ではすみませんでしたよ。」


 避けた?

 私の炎を?

 あの忌々しい男が避けた!


「どうも、バンス君は納得していないようですが、偶然かどうかは別にして避けましたよ。では、あなたの拘束を解きましょう。自分の目で確認してください。」


 アマルミンの言葉が終わると同時に体が自由になり、すぐに立ち上がって後ろを振り向いた。

 そこには全く無傷のあの男が平然と座っていた。


 リーノには全く今の光景が理解できなかった。

 確かに間違いなくこの池スカない男の顔をぐちゃぐちゃにするつもりで炎を飛ばしたはずだった。

 たとえこの部屋に魔導力を軽減する処置が取られているとしても、さらにそれ以上の力は飛ばせたはずだった。

 なのに、なぜ、この男は平然と私を見ている?


 呆然と立ち尽くしているリーノに、少しだけ同情の念を、アマルミンは覚えていた。

 確かに今年の新入生の中でも、その魔導力も、その技術もリーノ・アル・バンスは群を抜いている。

 各学年次の「最高魔導執行者」においても、アルクネメを除けば誰も太刀打ちできないに違いない。

 そのリーノが撃った炎弾を避けることができる者が、この学校の講師を含めて一体何人いるのだろうか?


 ブルックスはあたかも偶然を装っているかのような立ち振る舞いを見せた。

 だが、明らかに彼の目に炎弾が撃たれる前に、自分に向かう悪意、魔導力を感じていたとしか思えない動きをしていたことをアマルミンは見逃さなかった。


 サナエル教授が新入生に声をかけ、自分の研究室に招くと言う異例の行動を起こしたのは、ブルックスが乗ってきたバイクという乗り物に興味があっただけではなかった、ということか。

 アマルミンはサナエルの行動の裏に隠れていた事実の一端に気づいた。

 そして、アマルミン自身もまた、ブルックスに興味を持っていた。


 寮での歓迎会での一連の騒動は噂として耳には入ってきていた。

 だが、あの「最凶の剣士」と恐れられている、女性とは思えない体格のアルクネメを抱きしめる、などということが本当にあったとは思えなかったのだ。

 そして、今ここに、五体満足でいるということもまた、その噂の信憑性を落としていた。


 アルクネメ・オー・エンペルギウスの特殊性は数多くある。

 その一つが魔導力による「テレム」の密集状態における形態変化である。

 簡単にいえば、そこになかった武器を現出させることができる。

 「テレム」分解装置の様な者が展開していない限り、どこでも好きな武器を手にすることができる。

 言い方を変えれば、王宮など重要施設内への武具等の持ち込みの禁止は彼女に限っていえば、全く意味がない。

 この現象はアマルミンの知る限り、この学校に戻ってきてから発現したようだ。

 賢者「サルトル」の報告がつい3ヶ月ほど前に学校に入った。

 実際にはいつからその現象が行われたのかは言及されていなかった。


 だが、そう言ったことができるアルクネメが、その騒動においてこの男子学生、ブルックスを殺さなかった。

 いや、傷すらつけなかったに違いない。

 それが、アルクネメの考えか、()()()()…。


「バンス君。今回の件は大目に見よう。ただし、これからも同じようなことを行えば、どうなるか、わかっているな。」


 リーノがその声に呪縛を解かれたようにアマルミンを見た。


「はい、先生。仕掛けられなければ、こちらからはこのようなことは行わないことを誓います。」


 その言葉にあまり信頼性は感じなかったが、大きくため息をついて、「自分の講義室にもどれ」とだけ言った。

 リーノはその声に一礼し、そして最後にブルックスを睨んだのちにこの講義室を出て行った。

 その直後だった。


「リーノ・アル・バンス!お前に決闘を申し込む。」


 大きな声が講義室内のブルックスたちの耳に届いた。


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