第52話 賢者との話し合い
賢者「サルトル」。
このクワイヨン国の「バベルの塔」執政者として、国民に認知されている現賢者3名の一人である。
ただ、この「サルトル」の出現してからの日は浅い。2年半前のリクエスト発出の半年前、つまり今から3年前ということになっている。
まるで「天の恵み」のガンジルク山不時着が予見されていたかのようなタイミングであった。
賢者の入室と同時にブルックスとサナエルは立ち上がり、頭を下げた。
「ああ、そういうような儀礼的なことはいいよ、二人とも。特に教授はいつも通りにしていてくれ。何と言っても、数代前の賢者達と交友のある身だろう、サナエル教授は。」
「それは、確かに間違いのないことですが……。ただ、実年齢を考慮した場合は……。」
「教授、あまり余計なことは言わないように。今日はブルックスくんがこの場にいるということ、忘れぬように。」
「サルトル」の言葉にサナエル教授が慌てて口を塞ぐ。
その慌てぶりにブルックスは微かに笑った。
だが、今「サルトル」に対して教授が言った言葉。
実年齢が教授よりも上?
密かにブルックスはその言葉を記憶した。
この賢者達と教授の関係、そしてこの自分の家系図からある程度の情報を得る。
きっとこれからの自分の生き方に有益なはずだ。
ブルックスはこの歪な世界、そしてアルクネメの今の生き方と自分から離れようとしている真の意味を見出そうとしている自分自身を不思議に感じていた。
今の自分にとって、最優先課題。
アルクメネとの関係の修復である。
と言っても、なぜ、彼女が自分から離れなければならないかと言うことがどうしてもわからない。
置き手紙にあった「殺人」と言う単語。
もしかしたらアルクネメは殺人犯罪を犯したのかもしれない。
そしてきっと嘘はないのだろう。
だが、明らかにその事実をかなりの人物が知っていると思われる。
そしてそのことは「リクエスト」の依頼者であるこの国の上層部の人たち、さらには今目の前にいる賢者「サルトル」も承知していると思われた。
でなければ、「リクエスト」後の「サルトル」の動きも、今はシリウス騎士団団長となったキリングル・ミノルフの態度も、「クワイヨン国高等養成教育学校」に復学していると言う事実も説明することができない。
仮にその犯罪行為による拘留が2年以上にも及んでいて、それを自分に対する手紙にすら書けずに、距離を置いたとも考えられる。
それにしては先のリーノの試合において、「サルトル」とアルクネメはかなり距離感が近いように感じている。
すでにブルックス自身は、アルクネメがこの国にとって非常に重大な事案を担ってしまっていると考えていた。
その過程で、おそらくだが非常に近しい人を殺めてしまっている。
しかもその事実は、隠匿されねばならない類のものだとすら考えていた。
アルクネメは正しい行為を行った。
しかし、それは彼女の良心を大きく蝕んでいる。
結果的には、自分を含めて縁者から距離を置かざるを得なくなった。
ブルックスはそう結論づけていた。
できうれば、今目の前にいる「サルトル」に直接聞きたいと考えていたのである。
そのブルックスの視線に気付いたのか、少女の姿をした賢者はにっこりと微笑んだ。
「ブルックス君が、今一番私に聞きたい事は何か、重々わかっているんだが、そのことについては気密事項なのでね、何も答えることができないんだ、悪いんだが。」
その少女は本当に申し訳なさそうに、ブルックスに謝った。
知らずに軽くため息をついた。
そのことにブルックス自身が気づき、思わず体に余計な力が入っていたことを理解した。
「まあ、ブルックスくんが緊張するのもわかるんじゃが、ここは君たちのことに関しては何も聞かんでくれ。ここに君と「サルトル」様がいるのは、その件ではない。今後の君の学生生活についてのことなんじゃ。」
サナエル教授がそう言って、少し悪くなりそうな雰囲気を和らげようとした。
もっとも、その言葉だけでブルックスの疑念を抑え込めるとは思ってはいなかった。
「私がそのハイブリッドマシンに興味があるのは事実なんじゃよ。元々、モンテリヒト製のバイクは電動モーターが仕込まれていたはずなんじゃ。だがこの国に電気を充電するための装置はほとんどない。あるとすればこの研究所か、「バベルの塔」直轄の施設だけでね。」
「モンテリヒトという国は、この世界の中では異質だ。「バベルの塔」と国民の距離がかなり近い。「バベルの塔」の持つ理屈を理解できる国民がいた場合、かなりの制約はつけているんだが、その技術を公開しているんだよ。それが良いことか悪いことか、我々「バベルの塔」の連絡機関である「23カ国会議」でも、未だ結論はできていない。」
「どういうことでしょうか?事情によっては、というか「バベルの塔」直轄軍は「バベルの塔」の兵器群の扱い方を伝授されているのでは?」
「それは操作法だけだ。確かに、整備の関係でその方面の一部は開示はしているが、それと手全てを総合的に理解できるようにはなっていない。」
「サルトル」の説明に、ブルックスは一応理解した。
できれば技術を完全に理解している方が整備にしろ、非常時の修理にしても都合がいいはずだ。
ただその一部のみを知っているだけでは、全体像を理解できるわけが無い。
「そんなところだよ、ブルックスくん。で、だ。君の一家はその電動モーターを回すために「魔導力」と油の燃焼で電気を起こすという技術をあのコンパクトな車体に組み込んでいる。正直今でも信じられん。目の前にその実物があってもな。」
そう言ってこの部屋の外にあるブルックスのバイクを見ていた。
「「サルトル」様も、そうなんですか。あのバイクを見に、わざわざここに?」
「興味がないと言えば嘘になる。だがそれだけではない。多少の説明と、その、お願いのため、だ。」
その言葉にブルックスの片眉が上がる。
「お願い、ですか。」
「一応、君の今の状況を説明しておこう。どれも君自身が蒔いた種ではあるんだが、変に悪目立ちしているからね。」
「サルトル」の言葉に、思い当たることがありすぎるブルックスは少し体を縮めた。
「元々、あのバイクの許可は出していた。それに君の特出する才能のためにある程度の便宜は測ってあったんだが。」
「「テレム」が見える、といことですね。」
ブルックスの言葉に教授も賢者も同時に頷いた。
「君には多くの才能があると私たちは思っている。その中で特にわかりやすいものが、「テレム」を「視る」ことができるというものだ。さらには君は「テレム発生器」を作り、それを戦闘用通信リングに同調させて、可視化させることまでしてみせた。この事実は我々「バベルの塔」にとって非常に重要であり、今後の才能に期待させ得るものだったんだよ。」
その「サルトル」の言葉に教授も同意の眼差しをブルックスに送ってくる。
「今回、「17歳」という年齢にも拘らず、強制的に君を「クワイヨン国高等教育養成学校」に入学させた理由の一つだ。さすがにサナエル教授が担当するこの「魔工研」にしても、大学にしても今の専門学校在籍という立場で送り込むことが難しかった。現在、「バベルの塔」の強制権が執行できる組織、言い換えれば君を保護できる機関が、「クワイヨン国高騰教育養成学校」しかないというのが現状なのでね。」
「その説明には納得できないこともないのですが、であれば、2年前の方がまだ自然ではないですか。大体、「魔導力」の才能で選ばれるという前提ですよね?」
ブルックスの疑問に「サルトル」が苦笑いを浮かべた。
その実情を知っている教授は静かに顔を伏せる。
もしブルックスが何かを言えば、自分の表情が真実を告げてしまうことを知っていたからだ。
「当然理由はあるが、ここで言う気はないよ、ブルックス君。確かにこのことがなければ、君の成長を待って、「バベルの塔」直轄のこの研究所に誘う気でいたけどね。」
少女が含み笑いをしつつ、そうブルックスに告げた。
ブルックスにはそれで十分だった。
間違いなく自分の入学がアルクネメの復学と関係がある、と言うことだ。
だが、今はそれがわかれば十分だ。
「バベルの塔」は自分の実家、ハスケル家と特別の関係であると言う事実が分かった。
今後、それが自分にどう関係するかはわからないが、わざわざ敵対行動をする気はなかった。
「さて、ブルックス君。君が入学することによって多少の騒動が起きることは想像していたんだが、流石にこの短期間でここまで有名になるとは思ってなかったよ。「テレム」関連の研究を支援するために別室を用意し、このバイクの乗り入れを許可はしたが。ハルラント伯爵家一派の駆除、最強剣士エンペロギウス卿への求愛行動、新入生最高魔導執行者リーノ・アル・バンスに対してその肩書きを奪取することを宣言したことなど、どれも常人にできうることではない。基本的なこと、例えばバイクの車庫を作ると言ったことはすでに始めている。極力君を庇うつもりではあるが、できればことを起こす前に我々に相談してほしい。」
つまりは、目立つ行為は慎め、と言う注意勧告か。
ブルックスはそう理解した。
「窓口はこのサナエル教授が当たることになっている。寮の管理者であるマーネット・ムル・ラーシャンでも構わんが、我々に連絡が来るまでに少々時間がかかるのでね。」
その「サルトル」の言葉に、教授は頬を引き攣らせながらも頷く。
確かにあの王家のお嬢様よりかは目の前の老人の方が信頼はおけるのだが。
ブルックスは諦めにも似た胸中で、「サルトル」の言葉に頷き返した。
「今後、「テレム」関連で、もし必要とするものがあれば言ってくれ。便宜を図る用意はある。」
「その時には、よろしくお願いします。」
明日以降、自分はどうなるのだろうか。
ブルックスの胸に黒いモヤのようなものが湧き上がっていた。




