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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第4章 「魔工研」
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第51話 ハスケル家の歴史 Ⅲ フランツ国の英雄

「祖父と祖母の件について、かなり詳しくありませんか、教授。」


 俺はまだ続く話の腰を折るような形で、そう言った。

 実際、かなり長くなりそうだ。

 ばあちゃんがフランツの皇女様なんて話は初めて聞いたし、さらにじいちゃんが元凄腕の冒険者なんて話は、家族が今まで一言も行ってない。

 思い当たることと言えば、アルク姉さんの「クワイヨン国高等養成教育学校」入学の知らせを聞いた時の悲しげな顔くらいだが、それだって食堂を継ぐはずの一人娘が、その道を断たれたことに対するエンペロギウス家のことを思ってだと思ってたし。


「話が長くなって申し訳ない。ただ、君の祖父母のことはハスケルくん自身は知っておくべきだ。ハスケルという家の歴史がこの世界でどういう位置にあるのか。そして「バベルの塔」との関係性を知らないと、クワイヨン国高等養成教育学校の存在意義から君に関わることの意味を見失いそうなんでな。」


 うちの「ハスケル工房」が「バベルの塔」に対して、重要な関わりを持つということはなんとなくだがわかった。

 当然実家がそれだけ重要な関係を持っているのだから、自分に何らかの関わりがるのは当然ではあろうだろう。

 ただ、この教授が、そして「バベルの塔」が自分をどうしたいのかがわからない。

 それでなくても自分は規格外の新入生なのだ。

 あまり面倒なことに関わりたくはない。

 そう思いながらも、ブルックスはアルクネメとのつながりを求めている自分にも気付かされていた。

 教授の語る内容は自分と「バベルの塔」を結びつけている。

 そのコネクションを使うことは、後々の自分と愛する女性の関係に大きなアドバンテージを与える可能性を十分に計算していた。


「わからないことが多そうですが、ひとまずサナエル教授のお話をお聞きします。」


 ブルックスの言葉に、教授は軽く頷いた。


「大暴走が起こった理由は今でも不明なんじゃよ。さっきも話したが、アララギ大森林から帝国は近い。と言っても「テレム」の全くない地を走破することが「魔物」にとってメリットがあるとはとても思えない。」

「逆の言い方をすれば、それは「魔物」がそのデメリットを越える理由があるということですよね。」


 ブルックスの言葉に一度目を見開き、明らかに驚いたような顔をサナエルは見せたが、すぐにその表情を落ち着かせて頷いた。


「そういう考えもあるが、例えばこの魔物たちがC級の「魔物」であれば、自分たちを捕食する強大な「魔物」から逃れるためということも考えられるんじゃが…。」

「そうではないと。」


 ブルックスがそう言うと、サナエルが手元の何かの装置を動かした。

 壁に備え付けられた大きな覚石板を隠すように天井からもっと薄い軽そうでありながら、丈夫そうな壁が降りてきた。


「これは我々の技術では今のところ作ることの出来ない映像装置だよ。100%「バベルの塔」純正ってやつだ。」

「これは、覚石板、ですよね。」

「基本的に映像を映すと言うことでは同種だ。ただし、「魔導力」も「テレム」も必要としない。電気で動く。「バベルの塔」の住人たちはモニターとかパネルと呼んでいる。」

「ですが、仮に電気で動くにしても、その発生源は「魔導力」なしでは…。ああ、油を燃やしてタービンを回すと言うことができれば、電気は発生できますね。」


 ふふふ、と含み笑いをするサナエルの目元は優秀な生徒を見る目であった。


「実際にどう言う理屈で電気を発生しているかはわからんが、「バベルの塔」から直に供給されている。この建造物はすでに「バベルの塔」の地下にまで広がっているんじゃよ。」

「言われれば、この広さはそうなっていても不思議ではありませんね。」


 そこに城壁とアララギ大森林を模した地形図が広がった。

 その中を小さな点が移動し、それを追うように段々と大きな点に変わっていく。

 ブルックスにも、その映像が大暴走を表していることは理解できた。


「確かに初期の「魔物」達は弱小なものたちだった。だが、それを追いかけてきたB級やA 級の「魔物」が弱いものを食らいながら、砂漠を横断して、城壁に取り憑いた。もう理解しているようだが、この映像はその時の状況をシュミレートしたものだ。」

「そんな状態になるまで、国は動かなかったんですか?」

「国内の討伐隊及び、冒険者が対応はしていた。だがディープフル殲滅戦のようにことは進まなかった。」


 そのモニターに映し出されている光点は、とにかく数が多い。


「数が多すぎた?」

「全くその通りだ。大森林での討伐隊が壊滅的な打撃を受けて、その報が入ってすぐに皇帝は各国に救援を求めた。「バベルの塔」もすぐに支援体制を敷き、おおくの救援隊を空輸した。その中に「特例魔導士」のマゼンダ姫、そしてその支援のために冒険者を引退していたミフリダス氏も参加した。」


 「特例魔導士」と言う称号は死ぬまで付きまとう。

 たとえ国を捨てたと言う事実があっても、「特例魔導士」であれば「バベルの塔」の要請を断ることはできない。

 そうは言っても、今の教授の話からすれば、フランツ帝国が嫌いで国を捨てたわけではなく、好きな男の国についていった、と言うことなのだろう。

 祖国に危機が、それも国民を危険に晒すような壊滅的な危機が迫っているのであれば、すでにその肩書きをなくしたと言っても皇女として育ったマゼンダ婆ちゃんからすれば、すぐに行動に移したとしても十分に理解できる。

 そしてそうせざるを得ない状況に追い込んだミフリダスじいちゃんであれば一緒に参戦することだろう。

 ブルックスにもその心情は理解できる。

 とは言っても。


「まだ私には祖父がそんな勇猛果敢な冒険者ということがイメージできません。」

「きみのイメージはこの際関係ない。事実として、彼らは交友のあった冒険者と共にフランツ帝国に赴き、ことにあたり…。」

「私の祖母は戦死した。」

「その通り、だ。」


 教授のその言葉の後、しばしの沈黙があった。


「最終的には、壁を破られ、300以上ものA級の「魔物」は国内で人々を喰らい、多くの帝国民が蹂躙された。だが、それ以上の「魔物」がくることもなく、なんとか駆逐に成功した。だが時の皇帝ヨルド・ザビエル・フォン・フランテは帝都攻防戦で陣頭指揮をとっている最中に「魔物」に襲われて死亡。その妻サキソル王妃もその跡を追った。マゼンダ姫の兄に当たるミルドガング皇太子が皇帝に即位後すぐに共和国を宣言し、その時の皇族は責任を取って皇族の地位を放棄した。当然貴族も全てその地位、財産、領土を国に捧げ、事実上平民の国になった。」

「それは表向き、ですよね。」

「当たり前じゃろう。そんな「魔物」の暴走を止められなかった国じゃ。完全に「バベルの塔」の管理下に置かれ、「魔物」に即時対応できるシステム、軍事独裁国家となったんだよ。」


 その教授の言葉にブルックスは納得した。


「徴兵制とはそういうことですね。」

「そう思ってもらって構わんよ。ただ、ミフリダス氏はかなりの怪我を負った。それでもマゼンダ姫の死に自棄を起こして、治療を拒否したという話だ。」

「えっ!」

「今生きとるじゃろう?クワイヨンの「バベルの塔」が死ぬことを許さなかった、っていう噂だ。」


 サナエル教授の言葉が、すぐには理解できなかった。


「死ぬことを許さなかった?」


 教授が静かに頷いた。


「これは噂でしかないんだが、「バベルの塔」の技術には、死んでさえいなければ、体の負傷は完全に治せるということだ。」

「ちょっとそれはおかしいんじゃないですか?ダウンクリムゾン教授の手は…。」

「ふっ、「バベルの塔」の恩恵に預かれる者は少ない、ということじゃよ。」


 納得の行かない答えだ。

 ブルックスはそう思った。


「そういう顔をするな、ハスケルくん。如何に「バベルの塔」と言えども、全知全能というわけではないし、心優しい神々でもない。強いて言えばエゴの塊のような組織と思っていた方がいい。それもとてつもない軍事力を持つ組織だということを。」


 自嘲としか言えないような笑みを浮かべて教授はいった。


「そんな強大な組織の寵愛を受けている。それが君の家、ハスケル家というわけだ。」

「自分が好きでやっている「テレム」絡みの開発が禁忌事項だとはこの学校に入って初めて知りました。確かに2年前のリクエストの時の小型飛翔機の時に何らかの罰則が適用されるかと思っていたんですが…。そんなに昔からうちは「特別」だったわけですか。」


 ブルックスの頭の中に、2年前のこと、アルクネメとの甘くそして残酷な思い出がフラッシュバックする。


「ハスケルくん。君の祖父母がある意味英雄だということも、ハスケル家と「バベルの塔」とのつながりを強固にした。だから君の父、ハーノルド氏が結婚するときも、スムーズだったんだよ。」

「うちの親も何かあるんですか?」

「そう、君の母親、カイミローグ嬢はモンテリヒト国の出身なんですよ。」


 急に教授ではない幼い少女のような声が、この部屋に響いた。

 ブルックスは驚いて、そしてサナエル教授は平然とその声の主に目を向けた。


「遅くなってしまい申し訳ない教授。そして、確かこうやって対面するのは、はじめましてだったね、ブルックス・ガウス・ハスケル卿。」


 「バベルの塔」の住人、賢者「サルトル」がそこにいた。


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