第49話 ハスケル家の歴史 Ⅰ
「父を、いえ、うちの実家をご存じなんですか?」
「うむ、知っている。と言っても、直接ではないがな。」
そう言うと、教授は自分の机の引き出しを開けて、何かの報告書のようなものを机に出した。
「こういうものを「バベルの塔」から預かっておる。」
その報告書と思われるファイルがブルックスの前のテーブルに無造作に置かれた。
表紙には「極秘」という印が押されている。
タイトルは「先進的工具職一族:イエズス・ハスケルとその子孫」。
「サナエル教授、これを、自分が見ても、良いのですか?」
「ああ、その印か。基本的には「バベルの塔」の蔵書だが、私がこの研究をするにあたって、必要とされた書類の一部じゃよ。」
「そうではなく、この極秘という印は、自分の様な部外者が見ていいものでは……。」
「それについては「バベルの塔」の許可は得ている。君のルーツに繋がるもんじゃて。見ておいた方がいい。」
言われるがままに、ブルックスはそのファイルのページを開いた。
そこには自分の姓であるハスケルという人物に関してのものであり、自分の祖父ミフリダスと父ハーノルドの名も連なっていた。
それ以上に驚いたのは、すでに亡くなってかなりの年数がたった祖父の妻、ブルックスから見れば祖母に当たる人物の名が掛かれていた。
マゼンダ・フォン・フランテ・ハスケル。
「これって、うちの婆ちゃん?いや、でも、フォン・フランテって…。」
自分が生まれる間に他界した祖母であるが、名前は知っている。
だが、その名はマゼンダ・センジャ・ハスケルだったと記憶している。
「そうか、聞いていないのだな、君は。センジャはこの国に来てから名乗ってた二つ名からとったらしい。おとぎ話の「龍の卵」に出てくる子龍の名だという事だ。本名はその書類の通り、マゼンダ・フォン・フランテ・ハスケル。ブルックス君が想像している通り、結婚前の名はマゼンダ・フォン・フランテじゃよ。」
「フォン・フランテって…、フランツ国の……?」
「そう、今の皇帝の前の王族の縁者じゃよ、君の祖母に当たる人はな。」
「どういう事なんですか、これは…?」
「その報告書にも書かれてはいるが、少し長くなるんでな、概要だけ説明するが、いいか?」
「はい、お願いします。」
そして、サナエル教授はハスケルのルーツについて語り始めた。
ハスケルという名前が「バベルの塔」という組織に認識され、報告されたのはもう200年以上前のことだった。
降臨歴という暦が使わられるこの世界で、1603年と記されている。
ただ、その横に注釈として宇宙歴6966年と書かれていたが、この年号については「バベルの塔」の住人たちは一切説明してくれなかった。
この年以前に重大なことが「バベルの塔」の住人たちにあったようだ。
しかし、その事についても全く知る術はなかったのだが、それが影響していたこの時代に、「ハスケル工房」主催者としてジェネシス・ハスケルの名が記されている。
彼と工房の技術は崩れかけていた「バベルの塔」の存在意義を見直す機会になったらしい。
そしてその5代後の子孫にあたるミフリダス・ダイモン・ハスケル。
ジェネシスの代と「バベルの塔」の間に極秘条約が交わされ、それは今も続いている。
このことについてブルックスは聞こうとしたが、まずは祖母のことや母のことを説明したい、と言われた。
祖母の話は分かるが、母であるカイロミーグ・ハスケル・ヤマトのことまでが極秘情報として「バベルの塔」に管理されていることに頭がくらくらしてくる。
だが、考えてみれば、おそらく全国民の情報は「バベルの塔」が管理しているのだ。
その点においては当たり前ともいえる。
異常なのは、自分の実家の情報が機密情報になっていることだろう。
「君の祖母に当たるマゼンダ・フォン・フランテはフランツ国がまだ帝国と名乗っていた時代の皇帝の家の生まれだ。ただし、「特例魔導士」として「魔物」の討伐にアララギ森林での作戦参加中に同じく参加した他国の冒険者チームに君の祖父ミフリダス・ダイモン・ハスケルがいた。それが知り合う縁だった。」
聞いたことがない。
じいちゃんが冒険者?ブルックスは教授の言葉に当惑した。
「詳しいことまでは書いておらんが、ミフリダス氏は3人兄弟の末弟だったらしい。その当時は先代と兄弟、それに職人を使っていて、7,8人の中規模の鍛冶工房だったようだ。さらにミフリダス氏の「魔導力」も高く、また、剣や武具の使用感覚を知るために武術も習っていたらしい。そんな事もあって冒険者チームに所属して、先鋭と武具修理工という貴重な立場だったという事だ。マゼンダ嬢もフランツ帝国討伐隊の皇女という立場にも関わらず、中堅の剣士として「魔物」と戦っていた。結構な数の冒険者チームも参加していたそうだが、激戦で、香奈氏の戦死者を出したという事もフランツの記録に残っている。
結果的には君の祖父が皇女だったマゼンダ嬢の命を救った。その縁で二人は恋に堕ちた。だが立場の違いを二人とも十分理解してたんだろうな。そのままミフリダス氏はマゼンダ皇女を連れ去って、このクワイヨン国で結婚の届け出を出した。」
「ちょ、ちょっと待ってください。それって、他国のお姫様を誘拐して、この国で結婚したってことでしょう?許されるんですか‼」
「当然、普通なら許されるはずもない。だが、ここで特殊な事情が働いた。」
「相手がこの国で特別な地位である「ハスケル」家の子息だった、から?」
「それが一つ目の理由だ。さらに、ミフリダス氏個人の技能、実績が加味されている。」
「でも、それって、鍛冶の能力、ですよね。」
「少し違う。君のおじいさん、ミフリダス氏は多くの強力な「魔物」相手の討伐に負けつつあった帝国部隊の窮地を救った英雄でもあった。」
「英雄?」
「命を救ったのは、皇女様だけではなかったという事さ。激烈な戦闘で、武具の大半が壊れていたらしい。それを携帯していた僅かな修理道具で、次々と修理したという。まるで神業だったという。さらに剣士としても、格闘戦士としても、多くの「魔物」を仕留めていったようだ。
帝国側も「特例魔導士」のマゼンダ皇女を他国に嫁がせるという事に反対するものも多かったが、帝国部隊の救世主であるミフリダス氏は別格という意見もあってな。さらにクワイヨン国からは、国王、政府、そして「バベルの塔」からの正式な結婚の認可をフランツ帝国側に申し出たという事で、事なきを得た。」
教授はそう言って報告書に書かれていた結婚の認定要請書に書かれたと思われる、今は亡きフランツ帝国皇帝の印がしっかりと押されていた。
「ミフリダス氏の長兄は一生独身だった。次兄は結婚したが子宝に恵まれず、二人の息子を持ったミフリダス氏とマゼンダ元皇女が「ハスケル工房」を継ぐ形になった。その時に君の祖母は改名をしている。この土地でその一生を終えるという意味合いでね。」
そう言いながら、しかし、教授の言葉が暗くなっていった。
ブルックスが不思議に思っていると、教授はその先を続けた。
「だが、マゼンダ元皇女は、結局この国でなく、フランツで死ぬことになったんじゃよ。」




