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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第4章 「魔工研」
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第48話 自動3輪駆動車

 このフロアには数多くの機械や魔導工具と思われるものが雑然と置かれている。

 だが、人影は全くない。

 まさかこの教授一人で研究をしてるわけがないと思いながら、ブルックスは机が置かれたスペースに座って出してもらったお茶を飲む。

 マーネットさんの部屋で出された香りのいい紅茶を思い出しながら、ほとんど出がらしではないかというほどに薄い紅茶を飲んでいた。


 教授はブルックスが渡したバイクの設計図というか、ラフ画というか、そう言った紙の束を、目の前の椅子に座って面白そうに見ていた。

 10枚程度にまとめられたその紙の束には、ほとんどが父親であるハーノルドが起こした図案である。

 このバイクの改造にはブルックス自身は一切関与していなかった。

 改造が終わり駆動実験から、手伝いをしたに過ぎないので、下手に教授に質問されても、明確な答えを返せる自信はなかった。


「ベースはやはりモンテリヒトの「3輪魔導車」の様じゃが…。このエンジン部分は以上に変形させておるな。ハイドロカーボンが燃料ではないからだろうが。先程本体の構造をスキャンさせてもらったが、確かに給油口からエンジン部の間のこのユニットが触媒で、アルコール系の燃料にはしてるとは思うが…。」

「教授。あのバイクの構造をスキャンって。」

「ああ、悪いな、ハスケル君。私が作った魔導具でな、この腕に装着して撫でると、ある程度のモノの内部構造を見ることが出来るんだ。許可なくやってすまんかった。」


 そう言ってサナエル教授は右手の肘から指先まで覆っていた黒い手袋より厚みのある装備をブルックスに見せた。

 確かにブルックスの目に、その装具から僅かな「魔導力」の流れと、その周りに「テレム」が渦巻いている。


 魔導工学の権威の一人、アウグスト・ビー・サナエル博士。

 この国の外、他の国の技術にも見識があって当然ではあった。


「このバイクの原型は確かにモンテリヒト国のモノであるとは聞いています。うちで「魔鉱石」を使った魔導剣を特別注文で作った騎士が、足りない金額に充ててくれと置いていったものです。と言っても既に動かなくなっていて、各所に金属のさびや腐食があって、使い物になるようなものではありませんでした。」

「噂は聞いてるよ。昔からそうだが、「ミリノイの「ハスケル工房」の親父は、請求した金額に足りないと、よくガラクタを掴ませられている」とな。」

「ええ、その通りです。ただうちの父、ハーノルドも、爺ちゃんのミフリダスもそう言った変わった機械が大好きですから。このバイクのように使える奴はそうは多くないという実情はありますけど。」

「まあ、そりゃあそうだろうな。しかし、この自動3輪駆動車を置いてくってのもなあ。確かにこの国では修理のしようがないし、燃料も手に入れるのは難しいとは思うが…。」


 教授はお茶をすするようにして飲みながら、バイクに視線を移した。


「そうですよね。燃料無しでも「魔導力」があれば動かすことは出来るはずだし…。」

「ん?「魔導力」?……ああ、そうか。君は、最初からこいつに魔導エンジンがついていると思ってたのか。そうか、そうか、うん、なるほど。」


 一人納得している教授に、ブルックスは不審な表情を作った。

 その表情に教授は不敵な笑みで答える。


「まあ、そんな顔をするんじゃないよ、ハスケル君。君が自分の家のこと、特に親御さんのことをよく知らないということが分かった、というだけだからな。」


 そう言うと椅子から立ち上がり、どうやらそこが本来の教授の執務用の机らしい場所から、覚石板のようなものを持ち上げた。

 しかし、明らかに覚石板ではないということが分かる。

 覚石板は「魔導力」に反応する石板を応用している。

 だが教授の手にしたその板のようなものは、覚石板より薄く、そして銀色の機械のような光沢をしていた。


「ブルックス・ガウス・ハスケル君。ここが「バベルの塔」の敷地内という事は知っているね?」

「はい。この敷地に入る時から国軍の兵士たちに取り囲まれましたから。」


 何を当然という顔つきがブルックスには出ていた。

 サナエル教授は軽い苦笑を浮かべ、説明を続ける。


「この場所はクワイヨンという国の中にはあるが、クワイヨン国ではない。」

「治外法権、「バベルの塔」という事ですか。」

「そういう事だよ、ハスケル君。つまり私の立場は、クワイヨン国民ではあるが、「バベルの塔」から多くの援助を受けて、ここで様々な研究を行っている。この広い敷地に私しかいないことが不思議とは思わなかったか?」

「ええ、それは感じました。自分という異分子が来るために人払いをしたとは思いましたが。」

「確かに、本来ならもう少し、ここには人がいる。君と会うために部下を遠ざけたのも事実だが、ここでの本当の作業員は君たちが「鉄のヒト」と呼んでいる機械人形なんじゃよ。」

「あの「鉄のヒト」を使っているのですか?」

「そういうことだ。ものによってはかなり重量がかさむものもある。「魔導力」を使うにしても限度があるしな。ただ、この「バベルの塔」の技術も相当使用可能だから、研究自体はかなり早くすすむもんじゃよ。そう言う意味では、今回の君への処遇はかなり特別なものではあると思っておる。」


 そう言って手元で操作していた覚石板のようなものをブルックスの前に差し出した。


 そこには「テレム」についての概要が掛かれている。

 「テレム」。

 正式名称:精神感応媒体(telepathy(テレパシー)media(メディア))。

 脳波(魔導力)に感応し、様々な物理的干渉を起こす物質。

 その物質はこの惑星の太古より存在し、ヒト種のみならず、多くの動植物の状態に関与してきた。

 主にある種の植物に含まれる「テレムリウム」により生産される。

 現在、その物質についての研究は「バベルの塔」により厳重に管理されている。

 通常、「テレム」研究は「魔物」の研究より多くの項目に関して禁忌とされている。


「簡単な概略だが、知ってるかい、こういう決まりがあることを。」

「噂では聞いていました。しかし、実際に自分は…。」

「知っているよ。賢者の一人、昨日の入学式にも来た「サルトル」様からは何も言われてはいない。それどころか、寄宿舎に専用の部屋をハスケル君用に(あつら)えたというじゃないか。全くの驚きだったよ。それに昨日の捕り物のことを聞いて、何故君が今まで「特例魔導士」として召集されなかったのか。なぜ今招集されたのか。非常に興味深い。」

「それを自分に言われても…。今日は、このバイクについてのことではなかったのですか?」

「バイクについては非常に興味を持っていたのも事実じゃ。この図案を見ていると嬉しくなってしまう。」


 そう言うと、先ほどまで食い入るように見ていた髪の束をヒラヒラさせて、笑顔でブルックスを見た。


「君は詳しくは知らされていないようだが、この機械にはもともと魔導力で動かせるような装置はついてはいなかったんじゃよ。ベースになった自動3輪駆動車は私も知っておるんじゃが、内部構造が全く別もんになっとった。この国では解禁されていない蓄電池、油を燃料に変える触媒、さらに魔導力で動かせるようにした技術。さすがは「ハスケル家」と言ったところじゃな。」

「魔導力を使う装置がもともとなかった?」

「そう。つまり、この機械は元は魔導力無しで動かせる機械という事じゃ。ただ、この国で燃料となるハイドロカーボン系の油が手に入りにくいという事で、食用油から燃料へと転換する触媒を組み込んだ。だが、出力が弱かったことと、食用油を相当量使用しなければならないという事で、魔導力で動かせるようにして、さらに蓄電池を組み込むことによって、本来の自動3輪駆動車ほどのスピードは出ないものの、馬車や、聖馬のような動物よりは効率の良いものに生まれ変わらせたということなんじゃよ、君の父親は。」


 ブルックスは教授の言った言葉を理解しようとした。

 だが、あまりのことに、自分の想像の範囲を超えてしまったような気がしてきた。

 ここで初めてブルックスは思った。


 自分の父親は、一体、何者なのか、と。


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