第47話 クワイヨン国立魔導力応用技術理論研究開発機構魔導工具研究所
「クワイヨン国立魔導力応用技術理論研究開発機構魔導工具研究所」、略称「魔工研」は王都クワインライヒの王宮に隣接する場所にあった。
正確にはクワインライヒ市に属するものの、特別行政区内に位置する。
国立大学は、「クワイヨン高等養成教育学校」のより近い場所に位置していることを考えると、かなり距離が離れている。
アウグスト・ビー・サナエル教授の年齢を考えると、この3か所の移動だけでもそれなりにしんどいのではないかと、ブルックスは思ってしまう。
バイクを走らせながら、「魔工研」に向かっていると多くの好奇の視線を感じていた。
だが「バベルの塔」に近づくにつれ、その視線が薄くなってきていた。
「まあ、「バベルの塔」には多くの超技術があるんだから、それも当たり前か。」
王宮の前を通過する。
以前の王宮がどういったものかは全く知らないブルックスだが、いまだ復旧事業が続いているその建物には少し寂しさがあった。
その中には多くの作業員が工事を続けていたが、見た事のある魔導工具以外に、自分の乗っているバイクより明らかに大きくパワーのある機械が数台動いていた。
それらは石材を移動させたり、地面を掘り起こしていた。
「なるほど。「バベルの塔」の作業車が出ているという事か。なら、俺のこのバイクも珍しくはあっても、おかしくはないか。」
どのような原理で動いているかという事は非常に興味を持ったが、時間がもうないため、「魔工研」へとブルックスは急いだ。
王宮近くで見かけなかった国軍兵士の数が、目に見えて多くなってきたことの意味をブルックスは充分理解していた。
それがこの国でのこの地域の重要性を物語っている。
「バベルの塔」。
王宮が襲われようが、行政ビルが破壊されようが、この国にとって守らなければならい場所に、今自分がいることを身をもって感じていた。
「クワイヨン国立魔導力応用技術理論研究開発機構魔導工具研究所」の前にも武装した国軍兵士が二人立っていた。
さらに門の中にざっと数えて10人近い兵士がいる。
その左肩に「バベルの塔」直轄軍を示す塔をデザインした紋章がつけられている。
当然のようにバイクは止められて兵士が寄ってくる。
サナエル教授の名を告げると、一旦そのまま門を通り抜けて、止められる。
そして門の横に待機していた4輪の馬のいない車両がブルックスの前につき、ついてくるように指示された。
「この敷地内でおかしな行動はしないように注意しろ。サナエル教授の知り合いだとしても、その程度の機械車両であればすぐに拿捕できるからな。」
「わかりました。」
薄い「覚石板」のようなもので何かを確認した国軍兵が、ブルックスにそう警告した。
軽くそう言ってブルックスは軍車両の4輪駆動車の後を走らせた。
ブルックスはその駆動車が、まったく「魔導力」を使用していないことを確認した。
これは小型飛翔機同様の電気を動力源としていると予測した。
自分が跨っているこのバイクは、油と「魔導力」で動いている。
根本的にエンジンが違う。
出来れば分解して、その理屈を知りたいとも思ってしまう。
この世は全てが理屈だ。
これから会うサナエル教授の言葉を思い出していると、先導していた車両が止まって、国軍兵が降りてきた。
「ここで待て。」
ブルックスにそう言うと、その兵士は目の前の建物の脇にある「守備隊第3分室」と掲げられた部屋に入って行った。
何かを話し終え、その部屋から大柄な男と一緒に出てきた。
「我々の任務はここまでだ。後はこのカール・セルツゥアー准尉の指示に従え。余計なことは考えるな。これは警告だ、ブルックス・ガウス・ハスケル。」
「あまり余計な口を叩くな、ヨーダ軍曹。サナエル教授の知己であることを忘れるな。」
「ハッ、申し訳ありません、准尉‼」
「ご苦労。任務に戻れ‼」
「了解しました!」
ヨーダと呼ばれた軍曹がセルツゥアー准尉に敬礼をしてそのまま車両の運転先に乗り込みそのまま走り去った。
しばしその後を見送った准尉がブルックスに向き合う。
「部下が失礼をしました、ブルックス卿。君が高等養成教育学校の学生だという意味を理解していないようです。ヨーダ軍曹に限らず、「バベルの塔」直轄の「クワイヨン国高等養成教育学校」の学生が入学時には大尉相当の階級を有するとは説明しているのですが…。」
この体格のいい男性准尉がやけに丁寧にしゃべると思ったら、そういう訳だったか。
ブルックスは理解した。
「いえ、セルツゥアー准尉殿。自分はまだ入学して日も浅い身です。そのような敬意を払われるべき人間ではありません。ですので、普通の知り合いとしての対応をお願いします。」
「あぅ、はい。わかりました。いや、わかった。ではハスケル殿、私の指示するところまでその駆動体を移動させてくれ。教授がその駆動体を実験場に持って来て欲しいと言われている。教授もそこで待っている。」
「了解です、准尉。」
セルツゥアー准尉が先導する形で建物の横に位置する車両の出入りすると思われる地下への入り口にブルックスはバイクを移動させた。
その地下への入り口の先に、昨日見た老人の姿を確認した。
「サナエル教授!ハスケル殿をお連れしました!」
大声でその人物にセルツゥアーが言った。その奥でサナエル教授が大きく手を振っている。
「では、ハスケル殿。あちらへ、どうぞ。」
「ありがとうございます、カール・セルツゥアー准尉殿。」
そう礼を告げたブルックスに、その雰囲気に合わない少年のような笑顔を准尉は返してきた。
手を振り低速でその坂を下りて地下に入り、教授の場所までバイクを走らせた。
「ハスケル君。悪かったね、こんなところにまで来てもらって。私の受け持つエリアはもう少し下層になる。エレベーターを使わせてもらうよ。」
「こんにちは、教授。私こそ、こんな場所にはそうそう入れないので、ちょっとワクワクしてます。」
「そう思ってくれると嬉しいよ。じゃあこちらの車両用エレベーターまで移動してくれ。」
言われるままに巨大なエレベーターの中にバイク後と入る。
教授が脇に設置されたコンソールを操作した後、壁の光る部位に瞳をかざした。
すぐにそのエレベーターが下に動き出した。
どうやら瞳の中の網膜で個体識別をしているようだと、理解した。
「本来なら私の研究室で飲み物でも出したいところなんだが、このバイクとやらが見てみたくてな。」
「ですが、この類の機械は「バベルの塔」の方に多くあるんじゃないですか?ここまで先導した機械、その駆動様式には自分はかなり興味があるんですが…。」
「たしかに。魔導工具の開発に当たっては参考にさせては貰った。それに、あの車両群の整備は原理を知らんと出来んしな。だから「バベルの塔」直轄の群には整備部隊があるし、その整備用の機械の開発にも私は関わっている。もっとも、軍事機密とやらで口外は出来んが。だがな、「魔導力」を必要としないあれらの機械は、燃料調達に結構大変なんじゃよ。だから一部を魔導で賄ってはおる。だから、君のそのバイクは非常に興味深い。それに君のハスケルという名前もな。」
「うちの名前、ですか?」
「ああ。たぶん、君は知らないことだとは思うが。「ハスケル工房」というのは非常に特殊な鍛冶屋なんだよ。あの重工業都市国家、モンテリヒトが絡んどる。だからこそ、そのバイクが今ここにあるんじゃと、私は思っておる。」
「それはどういう…。」
そう言った時に軽い振動がエレベーターを覆った。
「このフロア全体が私の研究の実験場なんじゃよ。とりあえず空いてる場所に移動してくれるか。」
言われるままにバイクを移動してエンジンを止めた。すぐに教授はそのバイクをいろいろ見始めた。
もうかなりの高齢のはずなんだが、その行動と言い、その目の輝きと言い、地元の幼い子供たちがこのバイクを見た時のことをブルックスは思い出していた。
「このバイクはすさまじいな。「バベルの塔」にも似たようなバイクがあるんだが、明らかに仕様が変わってる。まあ「魔導力」での駆動エンジンは想像していたモノに近いけど、この燃料系のエンジン、かなりいじったな、これ。」
教授の言葉遣いが明らかに変わり、新しいおもちゃを与えられた少年の様だった。
「もともと持ち込まれた時の燃料が揮発性の高い有機剤だったようなんですけど、とてもではないんですが手に入らなくて。酒類を蒸留してできるエタノールでは動きはしたんですが、出力が弱かったらしいです。で、最終的には食用油、特に廃棄に回す油を使う事で解決したみたいです。自分もそこのところはよく解りませんが、知り合いに料理店がいたんでタダでもらってたようです。」
「いや、食用油って言っても、沸点が高すぎて、とても燃料には…。」
「触媒を使って、その油を分解して沸点を低くした、みたいなことを親父…、父が言ってました。」
「ああ、変に言葉を気にしなくていい。そんな事に頭を使っていると、いいアイデアも消えちゃうよ。そうか、触媒か…。で燃えやすいものをメインにして、あとは一緒に燃やす。当然その時にアルコール系もできるという訳か。さすがハスケル家だな。」
自分一人で納得する教授に、ブルックスは困惑していた。
自分の実家、ハスケル工房に何か秘密があるような教授の言い方に、どう返せばいいのか迷ってしまう。
「うちの家に、そんな大層な秘密があるんですか?」
ブルックスの問いかけに、バイクから体を離して視線を向けてきた。
少し考えるような間があった。
「そうだな、ちょっとその辺も話しておこう。ところで君はジュリドール・カイム君を、「魔導工具士養成学校」の准教授を知っているだろう?」
「それは、流石に存じてますよ。「魔導工具士養成学校」は「クワイヨン国高等養成教育学校」に来る前に在籍してましたから。教授はカイム先生とお知り合いですか?」
「私の教え子だし、共同で研究している仲間だよ。」
「そうですね、確かに。魔導工具の開発では教授に師事する方が多いというのは頷けます。」
ブルックスの言葉に軽く頷く。
「優秀な学生が行くから是非面倒を見てやって欲しいと言われてたんだよ。ハスケルという名も興味を引いたしな。さらにこんなものを持ち込んできたんだ。話したくもなるよ。後、こいつの設計図みたいなもんは、持っているかね?」
それが目的かい!と突っ込みたいところを我慢して、ブルックスは頷いた。




