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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第3章 新入生歓迎会
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第46話 ささやかな応援

 テキスベニア・ビー・アートネルンが不愉快そうな目をしてグラスを仰いでいる。

 球にブルックスを見るが、すぐにグラスに視線を移すという行為を、もう数十回繰り返していた。

 すでに汚れた制服を脱ぎ、シャワーを浴びて私服に着替えていた。

 さすがにブルックスもテキスベニアの視線の意図は理解していた。

 今回の「アルス寮」と「エピュテーメー寮」の交歓会での騒ぎについてであろう。


 交歓親睦会は、ブルックスとアルクネメの諍い後も、多少のしこりは残したものの、1時間程度続いた。

 どうやら何組かのカップルも出来たらしい。

 我らが愛すべきランデルトとテキスベニアには何の結果も残らなかったようではあるが。


「まったくよお、テックス。俺が懸命に女の子たちを楽しませたって、お前が無言で突っ立っていられるとみんな逃げちまう。」


 そう愚痴をこぼしながら、杯を煽った。

 交歓会終了後、片付けを手伝いながら、アルト先輩から余った菓子やジュース、さらにはマーネットから取り上げたアルコールまでせしめたらしい。

 ここはランデルトの私室で、二次会という流れになった。

 スコットも模擬戦の折に、ブルックスとアルクネメの因縁めいた関係を思い知らされている。

 ランデルトはすでに知っているだけに、テキスベニアが会場でのブルックスとアルクネメの件を聞きたがるのは当然だろう。


「ランド、お前飲み過ぎだぞ。」


 テキスベニアの方がランデルトより二つ年下なのだが、みている限りは全く逆だ。

 さらに、まだ15にも拘らず酒を飲むその姿は堂にいってる。

 そして、全く酔っていない。


「それで、ブル。ちょっと聞きたいんだが…。」


 テキスベニアが、ランデルトの飲んでいるグラスを取り上げ、代わりに水の入ったグラスを渡した。

 ランデルトはそれを一気に飲み干す。


「俺が聞いていいものかはよくわからんが、あのごつい女性剣士、アルクネメ卿とは、どういう関係なんだ?」


 ランデルトにもう一杯の水を渡しながら、意を決したようにテキスベニアがブルックスに向かって口を開いた。


「何といえばいいのか、本当によくわからないんだ。あのアルクネメ卿の強さは半端じゃない。かつて同じチームの屈強な男性闘士を、一撃で殺したとかで「同胞殺し」とも呼ばれてる。あ、いや。」


 「同胞殺し」という単語にブルックスが反応し、普段は見せることのないきつい圧の籠った視線をテキスベニアにぶつけた。

 それにたじろいだテキスベニアの問いかけが消えるように響く。


「おい、テックス!それ以上のことは聞くなよ。さっきの熱い抱擁だけで、ブルの心情は充分理解できると思うんだがな。」

「そりゃあ、あの勇ましい見た目の女子を一心不乱で抱きしめに行く、なんてことは俺の想像のはるか上を行ってる。しかもあの人の顔が遠めでもわかるくらいに赤くなって恥じらうなんて姿は…。」

「テックス先輩!それは本当ですか?」


 テキスベニアの発言に被せるようにブルックスが言ってきた。

 あまりの勢いに、思わずテキスベニアは頷くしかなかった。

 ブルックスは「テレム」の調整に気を取られ、そして久しぶりのアルクネメの体温と匂いに舞い上がっていたことを気付かされた。

 あの瞬間のアルク姉さんの顔をまったく気にしていなかった。


「あ、ああ、そうだったよな、ランド。」

「言われてみればそうだったかもしれないけど、あの後の彼女の行動の方に気を取られて覚えちゃいないよ。」

「僕も、です。」


 ランデルトの否定に続き、スコットもランデルトを支持した。


「ブルを突き飛ばしてすぐにその手元に剣が出現した時は焦ったよ。ブルが殺されるかもしれないとな。」


 ランデルトのその表現に、ブルックスは「大袈裟ですよ」と返した。

 だが、スコットもテキスベニアもランデルトの言ってることに同意の頷きで答えている。


 あの時に自分の周りからも「テレム」が流れ、アルクネメに集中していたのは解っていた。

 アルクネメに突き飛ばされ(ふり)、盛大にテーブルを薙ぎ倒した。

 アルクネメは間髪を入れずにブルックスに急接近し、そのまま収束させた「テレム」で疑似的に剣を形作った。

 その刃をブルックスに向けたが、ブルックスには張りぼての模造品にしか見えなかった。

 と言っても、その場で「テレム」爆発を起こせば広範囲に被害が広がる。

 剣先に「テレム」を集中すれば、ブルックスの喉を簡単に切断できる。

 さらにその物質化現象を解いて、エネルギーそのものをブルックスに叩き込むことも出来た。


 ただ、ブルックスはアルクネメが、決してそのような行為に及ぶとは考えていなかった。

 屈強な女戦士という鎧である「幻体」を纏ったアルクネメ・オー・エンペロギウスは、ブルックスに対しての脅しはしても、肉体的な殺傷を意図することは無い。

 ブルックスはそう信じている。


「つまり、あの「最凶の剣士」アルクネメ卿はこのブルの幼馴染という知己だという事か?」


 ブルックスが黙っていたため、ランデルトが簡単にブルックスとアルクネメの関係を説明したらしい。


「そして、我々の頼れる後輩、ブルックス君は、この学校随一と評価の高いアルクネメ卿に密かな恋心を抱いているというわけだよ、テックス君。」

「ちょっと待て、ランド。あれは密かなんて言うレベルではないだろう?」

「それは、まあ、そうなんですけど…。」


 ランデルトとテキスベニアの二人して、ブルックスの恋路をいい酒の肴にして飲んでいた。

「あそこまで大胆にあの猛女を抱きしめられる男はそうはいないぜ。例え虚を突いたとしても。」

「それをいともあっさりとやってのけるのだから、今年の新入生は見所があるってもんだ。」


 ランドもテキスベニアも言いたい放題ではあった。


「それでも、噂の剣士様なら、あんな不埒な行動、許すとは思えないんですけど。」


 ずっと先輩たちの会話を聞いていたスコットがそうぼそりと呟いた。

 スコットの発言に、他の3人はぎくりとする。


 ランデルトとテキスベニアは自分がその立場だった時を想像して恐怖し、ブルックスは、自分とアルクネメの2年半前の夜のことを言われたと思い、焦りが顔に出てしまった。


「ブルックスさんはあの女性剣士と何があったんですか。会場での騒動は、見方を変えると、好きな女性に相手にしてもらった嬉しさが見えたんですが。」


 いや、スコット君。

 そこはツッコまないでほしい、本当に。

 胸の中での呟きは、スコットには届かなかったらしい。


「貴賓席での荒れ狂うブルさんを見てしまうと、あの女剣士さんに抱き着きたい思いが溢れてましたよ。」

「いや、スコット。あれは本当に悪かったと思ってる。貴賓室の内装が、結構逝っちゃってたもんな。」

「それは心配しないようにと、マーネットさんが言ってましたよ。でも、幼馴染の剣士さん、何か言ってましたよね?」

「ああ、自分と顔を合わせられるような男になりたかったら、最低でも新入生の代表である「最高魔導執行者」であるリーノを倒してからにしろ、って言ってたよ。」


 ブルックスの言葉は近くで聞いていたランデルトにも衝撃であった。

 1年次の「最高魔導執行者」を倒せと言うのも凄まじいが、それ以前にあの「最凶の剣士」が条件を出して譲歩の姿勢を見せるなどとは考えたこともなかった。

 アルクネメに罠をかけようとしたライオネルたちのその後を知っていればなおさらだ。


 リーノ・アル・バンスを超えろと言うのは、どう考えても無理難題ではある。

 だが、今までの彼女にはそんな事さえ言わせた人間はいない。

 ランデルトは酔いきれない自分が、ブルックスと「最凶の剣士」との縁が何かを考え始めていた。

 それは単純に幼馴染、というだけのモノではない。

 だが、ブルックスがアルクネメを想う気持ちには間違いはないと思っているが、当のアルクネメの行動には不可解な点が多い。

 そしてそれをブルックスは理解しているような振舞いに見えたのだが…。

 マーネットからの依頼に、胃に痛みが来そうな気がするランデルトであった。


 アルクネメ・オー・エンペロギウスという化け物とは関わらないほうが身のためである。

 それは間違いない。

 だが、一方でその秘密を知りたいと思う自分もランデルトは認識していた。

 アルクネメはどちらかと言えば整った顔立ちだ。

 金色の長髪も似合っているとは思う。

 だが、明かに闘う戦闘用の体付きで、その体全体が筋肉で覆われたように厳つい。

 化粧っ気のない顔も、逞しさが目立ち、女性としての魅力を感じられなかった。


 そんなアルクネメをブルックスは羨ましいほどの情熱で、関係を保とうとしていた。

 マーネットの、高額報酬を餌にしたブルックスの監視と情報収集という仕事とは別に、単純にブルックスの恋を応援したくなっていた。

 ランデルトは、今までに女性との縁がなく、そう言った経験もない。

 それでも、出来うる限りのことは後輩であるブルックスを援助しようと心に誓ったのである。


「2か月後の3月にこの学校の武術大会があると聞いてます。ブルックスさんはそれに出ることになりそうですね。」


 スコットが、ブルックスのアルクネメに対する想いをほぼ語りつくしたところで、スコットがそう切り出した。


「ああ、そうだな。武術大会は年2回あるんだ。これはまず各学年で代表者選出大会が催される。一応出場は自由だ。特に3年次以降は専攻が決まるから、戦闘系以外はほとんど出場しなくなる。基本的には相手に対する「魔導力」の使用は禁止。これは審判を魔導力感知のエキスパートの先生がやるんで、体内「テレム」誘導や、「テレム」投擲といった者、さらにはロングソード現象なんかも使用はできない。そうは言っても1年次でこういった高等魔術を扱える奴は少ないがね。ただ参加は自由と言ったが、「最高魔導執行者」は強制参加。これは流石に当然だろうけどな。でも今日の模擬戦見ちまったら、参加者はかなり少なくなるだろうな。後、年1回の「魔導力戦技大会」も「最高魔導執行者」は参加が義務付けられてるな。これは毎年5月ごろ開催する。ブルが新入生代表のリーノって子とやり合うとしたら、ここらへんだろう、な。」

「まあ、そんなとこだが…。今回は「魔導力」全開での剣技込みの模擬戦だったから、あんなに派手だったがな。通常の武術大会は流石にあそこ迄派手ではないぞ。」


 ランデルトの説明に捕捉するように、テキスベニアが付け足した。

 早ければ2か月後にはリーノというあの少女と戦える、という訳か。

 ブルックスはアルクネメの出した条件をクリアするための戦略を考え始めた。

 しばらくするとランデルトの寝息が聞こえてきて、テキスベニアがため息をついていた。


「頑張れよ、後輩。必要があれば、稽古の相手くらいは出来るぜ。」


 ランデルトを持ち上げてベッドに運びながら、テキスベニアがそう言い、ニヤリとした表情をブルックスに見せた。


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