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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第3章 新入生歓迎会
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第43話 アルクネメの葛藤

 朝、この学校に来たその姿を見た時の衝撃をどう表現していいか、アルクネメにはいまだ見つけられずにいた。

 大いなる驚き、歓喜が最初に自分の思考を奪った。

 2年半前の圧倒的な幸福感、そして安らかに眠るその顔。

 だが、その幸福感を懸命に抑え、少しでもその横にいたいと思う心を殺して、何度も涙でにじむ手紙を書き直して、家を出た。

 起きてしまったら、この場を離れることが出来なくなると思いながらも、最後にその唇に自分の唇を合わせた感触は、まだ鮮明に覚えている。


 その窓から一思いに、歩いてくるそのもとに飛ぼうとしている自分の想いを懸命に抑えているうちに、冷徹な思考が戻ってくる。

 彼に会ってはいけない。

 あの夜が至高の思い出であり、2度と彼とは合わないと誓ったからこその大胆な振る舞いだったのだ。


 アルクネメは唇をかみしめながら、仮面をかぶった。

 最凶の剣士、同胞殺しとしての仮面を。


 すでにアルクネメにとって、この学校に残るという事は大きな意味を失っていた。

 敬愛する先輩たちとの煌めきの時は帰ってこない。

 この学校に何故彼が入学することになったのか、という事についての情報は一切持っていなかった。

 「サルトル」に聞けば、あるいはその答えは得られるかもしれないが、すべてをさらけ出すとは到底思えなかった。


 「サルトル」をはじめ「バベルの塔」は、自分と彼の関係を知っている。

 にも拘らず、その事について今まで一切自分にそのことを伝えてきていない。

 あのリーノの病室で何かを含んだような発言があったようにも思うが、だからと言って自分へのサプライズとして黙っていたとは思えなかった。


 アルクネメ自身は今4年次だ。

 彼が入学したという事は、実際に3年間、この学校で一緒にいることになる。

 自分がこの学校では、悪い意味で有名人であることは承知していた。

 2年半前に親しかった友も、今は自分とは一切関わろうとはしない。


 そんな自分のことを彼がわからないはずはなかった。

 これからの3年間、彼と関わらずに過ごすことは不可能であろう。


 アルクネメの実績があれば、この学校を辞め、「バベルの塔」の後ろ盾を得て、冒険者としても、騎士としても、そして「バベルの塔」の直轄の国軍兵士としてもやっていけるのは解っていた。

 だが、最大の自分の責任はリーノ・アル・バンスの抑止力としての存在だった。

 リーノの能力が暴走した時、それを抑えられるのは現時点で賢者以外ではアルクネメしかいない。

 それはアルクネメ自身が一番わかっていた。

 この学校にいる「特例魔導士」が全戦力をもってすれば、もしかすれば止めることが出来るかもしれない。

 だがそれは、この国の防衛力が瓦解することを意味する。

 この国の上層部も、「バベルの塔」も回避しなければならない事態であり、それをアルクネメも理解している事だった。

 アルクネメが在籍するであろう3年間でリーノも成長するであろうし、そのための国の対応も間に合うと「バベルの塔」は判断していた。

 逆のいい方をすれば、3年間、リーノを抑えてくれればアルクネメのこの学校での責務は終了という事であろう。

 だが、その思惑とは別の次元で、アルクネメはリーノを守りたいと思っている。

 どのような人物、組織、国、世界、全てを敵にしてでも守るべき少女だと思っていた。

 その自分の横で支えてくれる人がいたら……。


 ふと先程まで考えていた男性の顔が浮かび、自分の頭を懸命に振ってその影を振り払った。

 リーノがその力を解放すべくガールノンドに襲い掛かった時、一気に二人の間に入り、その衝突をとめることに成功した。

 一歩間違えばガールノンドは切り刻まれ、さらにこの屋外戦闘演習所そのものを吹き飛ばしても不思議でないほどの力をリーノに感じていたのだ。

 その衝突を止められたのはアルクネメ以外には「サルトル」しかいない。

 だが、どこまで「サルトル」が介入するかどうかは未知数だった。


 「サルトル」が比較的人類に対して見方をするような行動や発言はしている。

 だが、「バベルの塔」は冷静にその時の状況を見ている。

 基本的には彼らが動くときは「魔物」に絡んだことが多いこともアルクネメは知っていた。

 「天の恵み」回収作戦終了後での「サルトル」達からの情報に触れ、何故「異星人」の彼らが自分たちの世界に関与しているのか?

 その中心に明らかに「魔物」発生の謎が絡んでいることをアルクネメは見抜いていた。

 この事実はアクパからもたらされた情報とすり合わせた予測である。


「バベルの塔」は「魔物」の発生原因を知っており、さらにその駆除も試みたのではないか?

 そして、その試みは失敗して、この現状がある。

 そうアクパは見ていた。


 アルクネメは「バベルの塔」の思惑よりも、危機回避のため、リーノを守るために二人の衝突を止めたのである。

 そして、その場を去るとき、彼を貴賓観覧席である場所に見つけてしまった。

 そして、自分が彼を見つけたことを彼がわかったという事も感じた。


 彼が自分を求めている。

 これほどの喜びがあるだろうか?


 2年半前に自分が姿を消し、自分を忘れるよう懇願する置手紙を置いてきた。

 それでも、この再会に彼が自分を強く求めていることも分かった。

 どんなにその場に行きたかっただろう。

 荒ぶる自分の胸の中の恋愛感情という怪物がアルクネメの身体を奪って彼の方に導こうとしていた。

 だが、それは絶対に出来ないことであった。

 自分はチームで苦楽を共にしたマリオネット先輩を殺した。

 そう、殺したのだ!

 同胞殺し。これは間違いない表現であった。


 そんな血塗られて自分が、間違いなく天才であり、この世界を変えるほどの才能を持った彼の前に出るわけにはいかない。

 彼を邪魔してはいけない。

 それがアルクネメの足を止め、どうしようもない感情を断ち切り、熱い視線から逃げるように闘技場を後にしたのだ。

 かなりの距離がありながらも、彼と目が合ったことはアルクネメも彼もわかっている。

 お互いがお互いをしっかりと認識していた。

 それでも、アルクネメはその絡んだ熱い視線を冷酷に切り、その彼に背を向けた。


 彼が「アルス寮」にいることは、「エピュテーメー寮」に戻った時にこの寄宿舎の管理官であり、「クワイヨン国高等養成教育学校」の準教授も務めているヨウキヒ・アル・ミッドマリン・グリュンメルトがわざわざ伝えに来た。

 この女性准教授は非常に優秀な女性で、国立大学でも教鞭をとり、研究室も持っている。

 この学校の卒業生、「特例魔導士」でもあった。

 アルクネメが入学する前からこの寄宿舎の管理官を務めている。

 「アルス寮」の管理官であり、ここの4つの寄宿舎を統括する立場であるマーネット・ムル・ラーシェン皇女とは中等部で学友であったらしく、非常に近しい存在なのだという話だった。

 ヨウキヒもマーネットも、どうやら自分と彼との関係をある程度までは知っているらしい。

 だが二人とも、アルクネメの「天の恵み」回収作戦での戦闘の子細な部分は知りえないはずだと、解っている。

 マリオネット先輩関連の情報は「バベルの塔」によって重要機密事項に指定され、封印されているのだ。

 アルクネメが特別な存在であることはヨウキヒも、そして王族であるマーネットも気付いているはずだ。

 特にマーネットはその人脈を使ってアルクネメの背後関係を探った痕跡があると「サルトル」から聞かされている。


 この状況で、「アルス寮」との交歓親睦会には参加すべきでないことは一目瞭然だった。

 幸い自分には「最凶の剣士」という二つ名がつけられ、殆どの男子が癖から恐れられている。

 自分の不参加は、多くの男子学生に歓迎されるはずだ。

 約1名を除いて。

 だが、ヨウキヒはそれを許さなかった。


「リーノの戦いを見たでしょう?彼女を一人で男子学生の中に入れることは非常に危険だわ。」

「であれば、私同様にこの会を辞退することが最善の策かと考えますが、先生。」

「あなたはそう考えると思っていたわ。でもね、新入生としてこの学校に入学したその初日から、その才能故に怖がられているのよ。あなたもリーノがこの先友人も作れずに、孤独に学校生活を楽しむことが出来ると思う?」

「それは思いませんが…、「サルトル」様が行ったことは否定できることではありませんし…。」

「そう、賢者が意図して「最高魔導執行者」としてのリーノ・アル・バンスの力を見せるための行動は、いらぬ死傷者を出さないためには必要だった。でも、リーノ卿は同世代の友人が、この学校の外にもいないんじゃないかしら?」


 このヨウキヒという女性教師はどこまで知っているのか?

 その状況如何では、口を塞がなくてはならない。


「やめなさい、アルクネメ・オー・エンペロギウス卿。それだけの殺気と魔導を纏っていれば、いやでもあなたの考えは解るわ。私はリーノの強すぎる才能に対して、同世代の友人がついて行けないという事を予測しただけ。」


 その言葉が本当かはともかく、リーノに同世代の友人を作ってあげたいという思いは、確かにアルクネメにはあった。


「だからこそ、男子学生との交流は彼女にとって大きな経験になるはず。11歳の少女に本気で口説く輩はいないでしょうけど、注目は集まっている。どういう形にしろ接触を求める者はいる筈よ。その時に危険を回避するためには、アルクネメ卿の力が必要なのよ。」


 ヨウキヒの言ってることは頭では理解できた。

 それでも、交流親睦会に出れば、否応なく、彼と会わねばならない。

 その時に自分がどんな行動をするか、アルクネメ自身、解らなかったのだ。


 リーノの付き添いで男子寮に入る。

 断ることはできない。




 そして今、その彼、ブルックス・ガウス・ハスケルが自分の目の前にいた。


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