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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第3章 新入生歓迎会
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第37話 新入生歓迎会準備中

 諸先輩方が嬉々として準備をしていた。

 元々新入生歓迎感をする予定ではあったが、女子用寄宿舎である「エピュテーメー寮」との交歓会が決まったことにより、一気にテンションが上がったようだ。

 マーネットの言っていることが事実であれば、リーノ・アル・バンス、そしてブルックスにとって最愛の人であるアルクネメは「エピュテーメー寮」にいることになる。

 これからこの「アルス寮」で新入生歓迎会が行われ、その後寄宿舎同士の親交を深めるという名目で、女子寄宿舎の一つ、「エピュテーメー寮」の寮生がこの「アルス寮」に来ることになっている。

ただ、この交歓会は自由参加という事で、果たしてどのくらいの女性「特例魔導士」が来ることになるかは、全くわかっていない。

 とは言っても、どちらもこの「クワイヨン国高等養成教育学校」の学生である。

 言い換えれば、貴重な6年間をこの監獄に軟禁された者同士だ。

 さらに、今後はこの国のために尽くす職業が規定されている。

 一応就業年数の制限をクリアし、国に認められれば、自由な職業を選択できることになっている。

 もっとも、この「国に認められる」という事がかなり難しい。クワイヨンにとっての重要な事例を実績として持っていなければならない。

 極端なことを言えば、戦術防御課程に在学した戦闘系であれば、この国を破壊するような「魔物」から守るといったレベルの話である。

 または生産・技術開発課程の生産系の学生であれば、インフラなどの重要項目の革命的な技術を開発するなどとなっている。

 ここにそう言った偉業を成しえた人物は存在するが、その後は「バベルの塔」直下での勤務になっていた。

 生産系にしても戦闘系にしても、この「バベルの塔」という存在は好奇心をくすぐることに違いはない。

 優秀であればあるほど、魅了されるものらしい。


 すでにそう言った情報は入学前に知らされていた。

 つまり、ほとんど将来像が決まってしまっている。

 このほとんど監禁された中での異性と知り合うという事が、かなり制限されるのだ。

 別にこの敷地外に出られないわけではないが、この敷地自体がとてつもなく広い。

 そして、殆どの生活がこの学校で完結してしまうのだ。

 当然ながら、恋愛禁止という規則はなく、自由に恋愛を楽しんでもいい訳だが、男女比は3:2くらいで男子が多い。

 またカリキュラムもかなりタイトであり、なかなか異性に近づけない男子学生も多いのが現状だ。

 仮に時間があって、声を掛けるタイミングがあったとしても、お互いが「特例魔導士」であると、ふとした油断でその本音を相手に垣間見せてしまうことも多い。

 さらに能力の優劣がはっきりと見えることから、男子学生はかなり女性慣れしているか、「魔導力」の才能が高くないと、なかなか女性と、お近づきになれないというのが実情だった。


 今回の男子と女子の寄宿舎の交流会は、かなり前から「クワイヨン国高等養成教育学校」の上層部で検討が加えられていたことだった。

 この学校を卒業後、結婚し子供をもうけることは普通にあるのだが、一般のものと比べてその率がたかいとはいえない。

 これは優秀な「特例魔導士」の遺伝子を後世に受け継げないという事を意味していた。

 「特例魔導士」の発現は偶然性が大きいとはいえ、「特例魔導士」同士での子供の発現率は有意に大きいことがわかっている。

 国としてはこの事実から、出来ればこの学校中に絆を深めて、より強力な「特例魔導士」が出現することを願っていた。

 そしてこの考えを「バベルの塔」が承認して、今回初めて交歓会が催されることとなったのである。


 ブルックスはそんな事情は全く知らない。

 新入生にとってはそれは毎年ある事なのではないかと、思ったとしても当然だった。


「いや、お前らさ、朝のマーネットさんの発言から、特別なイベントってこと、感じなかったのかよ!」


 テンションが上がり切って浮かれまくってる本人を目にして、ブルックスとスコットは少し引き気味であった。

 リーノと騎士の模擬戦が終了して、個室貴賓観覧席での異様な雰囲気のブルックスとマーネットに近づこうとさえせず、一目散に個室から飛び出していった先輩、ランデルトのその時の表情はこの時には一切なかった。


 この先輩はあの時のマーネットさんの言葉が片隅にでもあるんだろうか、とブルックスは訝しく思った。


 ランデルトいわく、「再凶の剣士」「同胞殺し」「玉潰し」と恐れていた上級生は、ブルックスの幼馴染で元恋人であった。

 いや、ブルックスは今でも恋人だと思っているアルクネメ・オー・エンペロギウスであった。

 ブルックスが気づかないうちに、ランデルトはそのアルクネメに「玉潰し」などという恐ろしい肩書を加えていたのである。

 そのアルクネメと、たぶんリーノという「最高魔導執行者」二人が、その交歓会に参加するという事をマーネットは言っていたのだ。

 であれば、そんなに浮かれることなどないはずなのだが……。


 ブルックス自身、心穏やかにはなれなかった。

 あの時の手紙の内容。

 先程の屋外戦闘演習状で眼があった時の態度。

 何があったのか?

 知りたいと思う心と、また拒絶されるようなことがあるのではないかという怯えが、自分の心の中を錯綜していた。

 とりあえず会場設営の手伝いをしようかと、ランデルトの後ろから食堂を兼ねているこのホールに足を踏み入れようとした時だった。


「ああっと、新入生は呼ばれるまで自室にて待機だ!」


 横合いの上級生からそう注意された。


「でも、ランド先輩の手伝いを…。」

「おい、ランド!これは新入生歓迎会なんだ。主役にここの手伝いさせるわけにはいかんだろう?」

「ああ、すいません。アルト先輩。ついいつものノリで。」


 柔和な顔立ちに小さめの眼鏡をかけた中世的な男性にランデルトが謝った。


「ちょうどいい、二人とも。この人がこの「アルス寮」自治長サダムス・アルト先輩。戦術防衛課程情報管理専攻6年次に在籍してる。所属は戦術防衛課程だけど、生産技術開発課程の情報流通も勉強している秀才様なんだぜ。」

「おい、ランド!常々思っていたことだが、お前、俺を馬鹿にしてんだろう?」

「まさか。この寮に住んでいて自治長に逆らったら生きていけませんて。」

「もともと俺は技術関係の方面に進みたかったんだ。だが、講義の方の点数が足りず、さらに魔導術がそれなりに出来ちまったから、3年次で戦術防衛課程に割り振られたんだよ!」

「それでも、戦防でいい点とってたんでしょう?でなければ情管に行けませんし、この寮の自治長にも推薦されませんよ。」

「誰が好き好んで寮長なんかやるかっての。多少給金が増えたって、気苦労が絶えない。お前みたいなやつがいるからな。」


 乾いた笑いを浮かべたランデルトが、二人の新入生が二人に会話について行けず、ただ茫然としているのを見つけた。


「ああ、ワリいな、ブル、スコット。アルト先輩、こっちのちっこいのがスコット・マーリオン、それとこっちが「高齢者」で有名なブルックス・ガウス・ハスケルだ。お前ら、挨拶しとけ。」

「あ、よろしくお願いします。」

「初めまして、サダムス・アルト寮長。17歳で「特例魔導士」に認定された「高齢者」ブルックス・ガウス・ハスケルです。よろしくお願いします。」


 ブルックスの挨拶に、アルトの目が鋭くなる。


「「高齢者」か。今朝がたの騒ぎはお前さんの仕業か?」

「騒ぎと言われると、なんか嫌ですけど…。確かに当事者の一人です。」


 まじまじとブルックスを見つめた。

 だが、その行為がブルックスからアルトの能力が盗み見られていることを知らない。


「君があのヒングル一味を瞬時に無力化したのか?」

「若干の語弊があるような気がしますが…。大筋では間違ってません。」

「とんでもない新入生が入ったものだな。そんな能力があるのに、なんでもっと若い時に「バベルの塔」が引き抜かなかったのは、ちょっと不思議だな。まあ、これからよろしく。寮長のサダムス・アルトだ。」


 そう言われて差し出された右手を握る。

 その手にはかなりの硬いタコがあった。

 それが意味すること、「魔導力」だけではなく剣の技術を積み重ねていることがブルックスにはわかった。


「ブルックス君だったね。君の手、これは…、どういう厚みだ?」

「実家が鍛冶屋を営んでいます。自分も小さい頃から火と対峙して、刃を鍛えてきました。何度も火傷して、親父ほどではありませんが、ここまでの手を作ってきたんです。」


 そう、それは苦痛と共に、段々熱に強くなっていく自分の手のひらが、無性に誇らしく思ったものだ。

 だが、剣技にこの厚みのある手のひらは微妙な力加減を伝えることには苦労させられたことも思い出した。


「そう、なのか。ここにはそういう奴は結構いるよ。貴族様たちは家名を上げるチャンスと捉えているようだが、ね。」


 そう言って、ランデルトを見る。


「ランドにしても自分の家の農業を継ぐ気で勉強したと聞いてる。俺も家が馬車用の馬の調教と馬車の運行を生業にしていた。結構小さい頃から馬の飼育や馬車の御者の手伝いなんかやっていた。結構馬車の設計図なんかも書いていたんだよ。だからブルックス君のあの3輪の機械には非常に興味があるんだ。」

「ああッと、アルト先輩。自分のことはブルと呼んでくれて結構です。先輩のいう機械は確かに自分のモノです。もしよければ、お見せすることは出来ますよ。今の所は、人が多くてしばらくはダメでしょうが。」

「ああ、期待してるよ。じゃあ、二人は部屋で待っててくれ。おら、ランド、行くぞ。」


 そう言ってランデルトの襟首をつかんでホールの中に進んでいった。

 そんなアルトとランデルトに手を振り、ブルックスとスコットは部屋に向かった。


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