第35話 窓越しの再会
「ここまでです!ガールノンド・ミリッター卿、リーノ・アル・バンス!」
片膝をつき、そのメタリックシルバーの見事な重機甲鎧で完全武装した女性が、そう言って立ち上がった。
ガールノンドの身体はそのまま地面に尻もちをつくように倒れ、剣を突きつけられたリーノも力を失ったようにその場にへたり込んだ。
「この模擬戦は殺し合いではありません!あくまでもその高等技術を学生に見せることが目的だったはずです。」
そう言ったその金髪の人物が、尻もちをついたまま動かないガールノンドを見下ろして言う。
「傭兵として、冒険者として、そして今は騎士団の副団長として、惨めな敗北よりも闘って死ぬという矜持は尊敬いたします。しかし、それは今ではないはず。あなたには様々なお役目があったはずです。それをもう一度思い出してください。」
「うむ、済まぬ。美貌の騎士よ。正式な礼を尽くしたいが、体力も、「魔導力」も底をついたようで、動くことが出来ぬ。無礼を許してほしい。」
その言葉に、重機甲鎧の騎士が微笑む。
その顔を引き締め、反対側でへたり込んでアルクネメを見上げるリーノを睨みつける。
「リーノ・アル・バンス。賢者「サルトル」様より賜った言葉、よもや忘れたわけではあるまい。」
「申し訳ございません、お姉さま。皆が決して触れなかった、私の顔に傷をつけられ、理性が吹っ飛びました。」
「あなたのこれからのことを考えて「サルトル」様がお膳立ててくれた試合という事は、承知しておりますね?」
「はい。「サルトル」様の心遣い、嬉しく思っておりました。」
「ならばよろしい。くれぐれも自分の立場、忘れるではないぞ。」
「はい、お姉さま。」
きつくリーノを見ていたその瞳の力を抜き、剣を背中に括りつけている鞘に器用に収めた。
「唐突な無礼をお許しください。わたくしはこの学校の4年次の「最高魔導執行者」、そしてデザートストームのメンバーでもあるアルクネメ・オー・エンペロギウスと申します。ガールノンド・ミリッター卿、お初にお目にかかります。以後、関わることも多いかと存じますゆえ、お見知りおきを。」
そう言い、片膝をつき、右手を左胸に当てて頭を垂れた。
金の絹糸のように細く輝く髪が優雅に舞う。
すでに風格を備えた美貌の女性の謝罪に対して、いまだ動けないガールノンドはただ首を振った。
「私に頭を下げる必要などないのですよ、エンペロギウス卿。まさかあの「光のアルクメネ」と言われた護国の騎士が、あなたのような若い女性だとは思いもしませんでした。助けていただいて礼を尽くさねばならぬのは私の方です。」
「そう言っていただけると、私も少し心が軽くなります。このリーノという少女には厳しく言ってあるのですが、いまだに精神面で弱いところがあって、ちょっと気に入らないことがあると今のように爆発してしまうことがあって。」
「た、確かに私が悪いですけど~。でも、そこの騎士様が思っていたより強いのが良くないんですよ~。」
アルクネメの言いようにリーノはそう反発した。
戦闘時の立ち振る舞いは完全に上級騎士以上なのに、その言いようは年齢相当の喋り方であった。
苦笑が漏れる。
「思ったより強かった、か。褒め言葉なのでしょうね。」
「リーノからすれば褒め言葉です。ですが、あの風貌だとどうしても馬鹿にしてると思われてしまうのですが。」
「あの力では馬鹿にされるも何もないですよ。とんでもない少女だ。だが、噂の「光の天使」とも言われるエンペロギウス卿、あなたはそれ以上の力を感じる。ツインネック・モンストラムを撃破した力。この国にはとんでもない才能が溢れてますな。」
「その変な二つ名、やめていただけませんか?」
眉間にしわを作りながら、ガールノンドに右手を差し出した。
その手を取る。
アルクネメは軽々とガールノンドの巨体を引き上げた。
「でないと、この右手を再生不可の状態にしますよ?」
「うぎゃあ~。」
みっともないという考えは全くなかった。
アルクネメによってそのガールノンドの手が今まさに潰された。
ただし、すぐに再生がかかる。
(あまり、そういったことはするな、アルク)
心の同居人が囁いた。
敢えてアルクネメはその声を無視する。
「いくら元に戻ると言っても、いやでしょ?ミリッター卿。」
「ああ、す、すまない。これからは気を付ける、よ。」
「よろしくお願いしますね。」
こんな握手があるモノか!
ガールノンドは心で呟いた。
これではただの脅迫だ。
握手とは本来、利き腕に武器を所持していないことの証明のはずだ。
だが、ここまで突き抜けた「魔導力」を持つ者にとっては、何の意味をなさない。
人の手を骨折させるまでの力を加えた後、事も無げにその折れた骨を再生する能力など聞いたこともない。
この屋外戦闘演習場の観客がかたずをのんでその光景を見ていた。
一体何が起こったのか?
それを正確に知る者はこの観客の中でもごく一部であろう。
その一人である賢者「サルトル」が3人に歩み寄ってきた。
「ミリッター卿もリーノもお疲れさま。特にミリッター卿には悪いことをしてしまったね。この子がここまで「魔導力」をぶつける相手とは思っていなかった。君を見くびっていたことを謝らせてほしい。」
「顔を上げてください、「サルトル」様。この学校の新入生随一とは聞いてましたし、あのバンス卿のご令嬢という事も聞いていましたが、ここまでの逸材とは想像しておりませんでした。私もムゲンシンの高等養成教育学校を出た一応「特例魔導士」ではありますが、こんな凄まじいほどの才能には巡り合ったことがありません。賢者様と知り合いであることもそうですが、エンペロギウス卿の妹さんという事は知りえませんでした。」
「ごめんなさい、それは誤解です。私は一人っ子でして…、実の妹はいません。縁あってリーノが私をお姉さんと呼んでるだけですので。」
「ああ、そうなのですか…。それにしてもリーノ卿のみならずエンペロギウス卿も、私とリーノ卿を止めえる力。感服いたしました。」
ガールノンドはそう言うと他の3人に深々と頭を下げた。
「これでわたくしのお役目は終わったと思いますので、退場いたします。また会う機会を楽しみにしています。」
そう言うと、ガールランドはもう一度頭を下げ、退場口に退いた。
「あの調子だとすぐに本国に早馬を走らせるのだろうな。」
リーノとあまり変わらない容貌の「サルトル」がガールノンドの後姿を見送りながら呟いた。
「申し訳ございません、「サルトル」様。勝手に二人の戦いを止めて。」
「いや、それはよくぞやってくれたと思っている。でなければ私が行くところだったが、「魔導力」はまだしも、この体躯では、ミリッター卿の突進を受け止めきれなかった。君や私が止めなければ、誰もこいつらを止めることなど出来ん。あの状況ではミリッター卿は無残なバラバラ死体となり、再生することも出来なかっただろうからな。」
そう言いながら、懸命にアルクネメの後ろに隠れようとするリーノに視線を移す。
「前にも言ったと思うが、通常時に人は殺すなと再三言っていたはずだぞ、リーノ・アル・バンス。」
「は、はい!心得ております!」
「油断していただろう?騎士など、どうとでもなると。」
「い、いえ、そんなことは…。」
リーノは言いながらも、その声の弱さを自覚していた。
ウラヌス騎士団や、他の騎士たちと相まみえてきても、ただの一度も自分に怪我を負わせるようなものはいなかった。
それが「バベルの塔」という特殊空間だとしても。
「この事で、君に足りないものがわかったことだろう。あまりにも大勢の目が我々に集中しているのも気持ちが悪い。場を変えるとしよう。」
賢者の言葉にリーノはしぶしぶ頷く。
これから説教が始まることは簡単に予想できた。
その時だった。
(アルク姉さん!)
大音量でその声がアルクの心に響いた。
声ではない。
心の声だ。
幾重にも精神感応の壁を作っているアルクネメの心に、その声は直接響いた。
反射的にそこを見た。
貴賓観覧席。
その個室の集中している個所。
そこには少し細身の既に男性と言っていい体格をした少年が、個室の窓を懸命にたたいている姿が映った。
見間違うはずのないその姿。
あれから2年以上をもってしても、その想いを消すことの出来ない対象者。
今朝、この学校に入学する学生たちの中で見た姿は間違っていなかった。
別れた時よりも背が伸び、少しがっしりとした体格になったと思うのは、愛しい人への身内びいきだろうか。
だが、その姿は別れた時の面影はあるものの、立派な青年の姿に変わっていた。
ブルックス・ガウス・ハスケル。
自分の最愛の人の姿。
熱く心を燃やす想いが溢れそうになり、その瞳からは流れ落ちそうになるものを懸命に堪え、先を行く賢者たちの背中を追った。




