第34話 死力
とうとう200話まで来てしまいました。
相対する相手は化け物だ。
それは充分ガールノンドは思い知った。
だが、ぶつけられた「テレム」のいくらかは自分の防御障壁に絡み取られたかのようにそこに留まっている。
大急ぎでアイシートに映る周囲に漂う「テレム」をかき集める。
高純度に濃縮された「テレム」は、折れかかった心を修復するぐらいに、体内に力をみなぎらせていた。
圧縮超高圧現象、または圧縮超高温現象はその「魔導力」の使われ方によって名は変わるが、基本原理は同じものだ。
「魔導力」に反応する「テレム」をある一点に高濃度に集めて行った究極の状態であり、圧縮された空気が異常な高温に達し、その濃縮空間を相手にぶつけることによって、その周囲を爆発的に消失させる力を持つ。
その現象がある程度の規模で行われた場合、この屋外戦闘演習所は跡形もなく消失することだろう。
リーノにその意思はない。
だが、自分の能力の一端を相対する騎士、ガールノンド卿だけではなく、自分をよく思わない同期の新入生や、教職員に見せるためであった。
空間を圧縮されて生じる超高温は、一瞬でガールノンドが放った刃のかけたダガーナイフを焼失させた。
だが、ガールノンドはそれが単なるデモンストレーションであることは解っていた。
だからこそ自分はまだ生きている。
彼女に自分を殺す意思は元々ない。
空間圧縮は非常に大きな「魔導力」である。
それを自分の前面に展開できるほど、人の能力は高くない。
仮に出来たとしても、その高温故に、この屋外戦闘演習所を焦がすことになる。
つまり、彼女は正確な予測で、ガールノンドの投げたダガーナイフの地点を計算して、ピンポイントでその圧縮状態をごく狭い領域に作ったと、ガールノンドは推察した。
初手を完全に予測したように。
ここから「魔導力」と「テレム」を集中させて、リーノに二度目の突進を試みるつもりであった。
体内の「テレム」を爆発的な力に変えるために、足の筋肉にため込む。
そして上体を低くし、前後に開いた足に、そして地面を捉えている足裏に気を集中させる。
おそらく、この意図はリーノに駄々洩れであることは承知している。
右手に刀、そしてダガーナイフを手放した左手を背中に隠すようにする。
まるで何かを隠すように。
そのための予備動作に、こちらの意図に対する反応のための準備が動き出していることを、ガールノンドは察知した。
その瞬間、一気に足が動き、捉えた地面が後方に飛ぶ。
高加速で打ち出されたガールノンドの身体がリーノに向けて一直線に進む姿は、序盤と同様に思われた。
が、右手の刀が斜め上方に投げられる。
その刹那、リーノの意識が刀に向かうが、すぐにガールノンドに戻された。
だが、その瞬きにも満たない時間でガールノンドには充分だった。
自分の背中に隠していた左手が真横に振られた。
リーノの視界の隅に、その左手の動きを捉えた。
わずかに空間が揺らいだことを認識。
何かがその左手を離れた。
だが、この時点で、実戦慣れしていないリーノの思考がその情報量に対応できなくなってきた。
上方に投げられた刀、自分に突進してくる騎士、左手から放たれた何か。
リーノは賢者「サルトル」から言われていたことがあった。
「相手を殺すな」
すべてがリーノを混乱させる。
「魔導力」と「テレム」は11歳でしかない少女の脳の強化も行い、常人以上の脳活動のスピードを上げている。
それでも、こう言った実戦練習は行った経験がない。
だからこそ父親のチャチャナル・ネディル・バンスが複合剣戟を使われると対処が難しくなる。
リーノは思考を止め、まっすぐ向かってくる騎士に向け、先と同様の光弾、「テレム」の塊をぶつけることを選んだ。
だが戦いの中でその技量を上げてきた元傭兵、アクエリアス騎士団の副団長を務める騎士、ガールノンド・ミリッターは、そのエネルギーが甚大なものとしても、すでに一度見てその身で受けた技が、単調に繰り出されただけでは簡単に対処できた。
自分の脚の筋肉を強化した「テレム」を、前方への高速移動から、上方へと急激な変更を強いる。
通常であれば、この急激な方向転換に足の勢いがついて行けずに、筋肉はズタズタになり、バランスを崩すところである。
だが、強化されたガールノンドの両足はその急激な力の向きを変えた反動に耐え、空高く舞い上がった。
そのガールノンドの動きにリーノは完全に意識をガールノンド本人に向いてしまった。
四方への警戒が、おろそかになった。
それでもわずかな警戒が、直前で真横から飛んでくる物体を認識し、ぎりぎりで防御障壁を張る。
乾いた音を立てて2つの物体が地面に落ちた。
だがさらに右上方から迫る物体に気付いた時にはギリギリで、頭を交わすのが精一杯だった。
その上から迫ってきた物体も2つあり、その一つがリーノの頬を掠め、もう一つが肩当てを直撃した。
今まで、リーノに対して戦闘中に触れることが出来たのは、賢者と、そして人間では敬愛するアルクネメ姉さまだけだった。
それが、小型の投擲用の武器如きに肩に差し込まれ、あまつさえ母のアオイと姉のコトネ、そしてアルクネメ姉さまからも褒められた自分の顔を傷つけられたことで、リーノの中で冷静な判断はできなくなった。
それ以上に自分の顔に傷をつけた男に対しての憎悪が増していく。
リーノを結果的に傷つけた武具は、小型のクナイだった。
足場のない壁を上るときに壁に差し込み足場としたり、簡易な穴掘りにも使用できる。
さらに武具として超接近時の隠し刃としても、投擲で相手の戦力のダウン、目くらましと用途は幅広い。
それ以上に小型のために、携帯がしやすく、隠すことも容易であった。
ガールノンドの前身は傭兵や冒険者であった。
このクナイに命を救われたこと、不利な状況からも脱出の決め手になったこともある。
今回の模擬戦で、最初から真正面での武人としての誇りある戦いで、リーノ・アル・バンスに勝てる気は全くしなかった。
ガールノンドには、「魔導力」を正確に見取れる力はない。
だが、数々の修羅場をくぐってきた彼には、危ない敵を見分ける能力が自然と身についた。
その経験が言っている。リーノは危険だ、と。
ガールノンドには冒険者の頃に剣士として「魔物」を臆さず叩いていくチャチャナル・ネディル・バンスの姿が、今だ脳裏に残っている。
だからこそ、そのバンス卿の娘に興味があった。
だが、このパワーは、最盛期のバンス卿を軽々と超える才能であった。
にも拘らず、その剣技には懐かしいバンス卿の仕草が見て取れる。
このことが、剣術は間違いなくバンス卿の腕を注いでいると見た方がいい。
であるならば、自分が勝てるはずもない。
もし勝機を見出すとすれば、自分の戦闘の記録だけだった。
刀を上に飛ばし、地面を高速でその間を詰める。
少女の攻撃が来るぎりぎりのタイミングで、背中に隠し持っていたクナイを横に放出。
その所作をしながら、自分は高速で勢いのついた自分の身体をジャンプさせ、上空に停滞する刀を掴む。
こちらに意識を集中した時に、放たれたクナイが全く死角、それも横と、斜め上から襲わせた。
ここまではうまくいったと言っていいだろう。
クナイを計4つ投擲し、2つずつその方向を制御する。
そんなことは常人にはできるものではない。
先に受けたリーノからの攻撃で、幸運にも尽きかけていた「テレム」を供給できて、初めて達成できたのだ。
どうやら、片方の空からの軌道をコントロールしたクナイが、何とかリーノを捉えたようだ。
直前に気付いたリーノは、真横から飛来するクナイを防御。
だが時間差で斜め上空後方からのクナイに気付くのが、ほんの少し遅れた。
顔を振り急所を避けたのは見事だった。
だが一つは頬を掠め、一つは肩に刺さった。
痛みはそれほど感じていないようだが、自分が躱しきれなかったことに、怒りのボルテージが上がっている。
ガールランドは、刀を掴みそのまま降下して一太刀を浴びせるべきであることは重々理解していた。
だが、ここまでの肉体の急激な制御に悲鳴を上げつつある全身の筋肉に加え、ここまで容易に自分の闘うイメージを補佐した「テレム」が尽きかけていた。
空中での姿勢制御をすることにはかなりの無理があった。
もしみ、無理矢理空中での方向転換をしても、少女を屈服させるほどの攻撃はできない。
そして、今の少女は怒りのまま、その力を解放しかねない。
自分が死ぬことにはそれほどの恐れは、ガールノンドにはなかった。
戦いの中で死んでいくことには悔いはない。
ただ、自分が死ぬことで起こる有形無形のトラブルは避けたい。
それ以上にこの試合を観戦している観客の命もなくなる可能性があった。
瞬時にリーノの表情からそれだけのことを考え、リーノの上空を通過。
放物線を描いてリーノの後方に着地した。
すぐに刀をリーノに向ける。
着地時の最も警戒の弱い瞬間をリーノは何事もなかったように見送る。
リーノに刀を向けるガールノンド・ミリッター卿。
それに合わせるように体の向きを変え、片手で剣をガールノンドにむける。
左手で頬の傷を拭う。左手に少なくない血がついた。
「アルクネメ姉さますら、私の顔は避けていたのに……。この汚らしい投擲物で、私を汚しやがって!」
炎のような憎しみの目をガールノンドに向けた。
思ってたこととは違ったが、相手を、「最高魔導執行者」を怒らせることに成功した。
喜怒哀楽が出ている相手は、冷静な対応ができない。
そのため多くの隙を作ることになる。
勝てぬまでも、この刀でこの化け物じみた少女にさらなる傷をつけることも不可能ではないだろう。
ガールノンドは、この模擬戦が始まって、初めて笑みを浮かべた。
その表情もリーノをイラつかせる。
刀の刃を上にし、自分の頭位のところに水平に構えた。
3度目の高速移動。
その態勢に入る。
だが、燃えるような屈辱感にかられたリーノは、全く意識していなかった。
賢者から言われた「殺してはいけない」という言葉を。
怒りに任せたリーノの「魔導力」が、周囲の「テレム」を巻き込む。
通常は光弾として目標にぶつけるところを、さらにイメージを加えた。
「テレム」は空気中に僅かにある元素を取り込み、実体化を行った。
一般的に「テレム」をメインに攻撃を行うときに物体化はされることが少ない。
微粒子から練り込んで生じる物体は、大抵密度が軽いスカスカのモノしか生成せず、使い物にならない。
しかし、リーノの怒り、憎しみはそんなハードルをいとも容易く乗り越え、8本のクナイを空中に出現させた。
目の前に現れたそのクナイに、しかしガールノンドの闘志は一切妨げられることはなかった。
一気に加速。
瞬時にその間合いを詰める。
迫るガールノンドに、リーノは薄笑いを浮かべた。
そして、高速で空中に浮くクナイ全てをガールノンドに叩きつけるべく、指を鳴らした。
その時、人の目に捉えることは不可能な速さで、二人に間に入った人物がいた。
頭部以外を重機甲の鎧を纏い、背丈とほぼ同じ長さの両刃の剣を手にした人物。
光り輝くシルクのように美しい金の髪をなびかせ、高速で疾走するガールノンドの刀を、左肩でぶつけた。
浮いた右手にメタリックシルバーの防具で守られた左手の手刀が一閃。
刀は持ち主の手を離れ、その勢いが止まらないガールノンドの身体を左手だけで完全に停止させた。
さらに、ルノーから放たれた8本のクナイのことごとくをその剣で弾き、その剣先をリーノの首元数㎝に突き付ける。
「ここまでです!ガールノンド・ミリッター卿、リーノ・アル・バンス!」
完全に二人の動きを止めた美しい金髪の女性が、そう二人を諫めた。
その様子を息をすることを忘れたように見ていたブルックスが、突如目の前のテーブルに跳び上がり、目の前の光景とこの部屋を分けている半透明のガラスを何度も叩いた。
「アルク姉さん!」
ブルックスの絶叫が、個室の中でこだました。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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またいい点、悪い点を感じたところがあれば、是非是非感想をお願いします。
この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。
よろしければ、次回も呼んでいただけると嬉しいです。




