第2話 「リクエスト」
今までとは違うジャンルに挑戦してみました。
不定期更新となるかもしれません。
楽しんで頂ければ幸いです。
王都クワインライヒ近郊、アルトラクソン市で武具や農具の製造・修繕を生業としている鍛冶屋「ハスケル」の店主でこの店の8代目ハーノルド・バール・ハスケルは、得意先のこのミリノイ藩「ルーノ騎士団」に納める剣と槍の最終点検を行っていた。
もう明け方近い。
東の空にうっすらとあかりが広がり始めるころだった。
それは3つの流れ星にも見えたが、そうでないことは経験上知っていた。
「天の恵み」である。
2つは、ここからかなり遠くに落ちそうで、この国にはほぼ無関係のようだが、1つは、その輝きを増しているのが分かる。
以前見たその光景はもう十数年前、まだ子供がいない時だった。
しかも、その雰囲気は既定のコースからかけ離れているようだった。
「まずいな、こりゃ。父さん!ミフリダス父さん!ちょっとやばいことになりそうだ!」
ハーノルドは先代店主を呼びに2階に駆け上がる。
年のせいで眠りが短くなっている父親は、ハーノルドの呼びかけに起き上がり、ベッドから立ち上がった。
「どうした、ハーノルド。そんな慌てふためいて。騎士団がこの家に押しかけてきたという訳でもあるまい。」
この国の騎士団は警察行動も職務の一部になっている。
彼らがこんなに朝早く来るときは、犯罪者の取り押さえであることが多い。
ハーノルドの漆黒の瞳がその時微かに青く光った。
「そうか、「天の恵み」が、か。」
ハーノルドは一言も言わなかったが、ミフリダスは瞬時にハーノルドの考えを読み取った。
古の時代ほどではないにしろ、現代でも難しい言葉を並べるよりイメージを心で伝える方が、意思疎通しやすいことが多い。
ミフリダスはハーノルドとともに3階建ての石造りの家を出て、落下してくるそれを見上げた。
他の家からも、灯りの付いている家や、そこから出てきてる顔見知り達が不安げに光り輝くその落下物を見ている。
「あの方向だと、最外城壁を管理しているサミシル藩のさらに向こうだな。交易ロードへの影響はないと思うが。」
ミフリダスのつぶやきにハーノルドは頷く。
国の城壁外、交易ロードのない地点。
サミシル藩の外でどのくらい離れたところに落下するかまではわからないが、ガンジルク山近辺と見てそう間違えてはいないだろう。
あそこは、「魔物」達の巣窟だ。
「「リクエスト」が発令されるな、こりゃ。」
「だと思うよ、父さん。ルーノ騎士団への納品は明後日が予定だけど…。」
「当然すぐにでも取り立てに来るな。物は出来ていたよな。」
「今回は、そんなに無理な発注がないから、既に最終確認してたんだけど。」
「そうだな。どこの国の管轄になるか分からんから何とも言えないが、急に特注を依頼する馬鹿がいるかもしれんな。かまどの火は消してないだろうな。」
「まさか!まだ最終確認中だから落としてはいないよ。でも、頼まれたから、すぐ、そうですかって訳にはいかないことはあのバカな騎士団長が分かってくれるとも思えないな。」
「全くだ、ハーノルド。納品分はすぐにでも終わらせるとして、「魔導剣」や「魔導装着盾」は完成品がいくつかはあるのか?」
ハーノルドはその言葉が来るのは予想していたので、左手の「覚石輪」いわゆるリングに思考を伝える。
そのリング上に淡い光が立ち上がった。
「隣のセントジルム藩の飛翔の騎士、キリングル・ミノルフ様の特注の「魔導剣」は3本、完成済みだけど、これをルーノに渡すわけにはいかないから。あとはブルックスと作っていた試作の剣が7本、盾が3。「テレム」濃縮器付きの背嚢武具入れが6個ってとこかな。至急で調整して渡せそうなのは。」
「とりあえずブルックスを起こして、手伝わせろ。あと騎士団から連絡来たら俺に回せ。交渉は俺がする。」
返事はせず、心を伝えた。
「「テレム」濃縮器、まだ小型化の試作つくっとたのか。今までのは全然ダメだったじゃないか。」
「ブルックスがご執心でね。機械自体は作動して「テレム」はしっかり空気中濃度が上がるんだけど、大きさもさることながら、使いこなせる「騎士」や「守護者」がいないというのが最大の問題点。周りにばらまくから、自分の魔動力が上がっても敵の魔導もあげちゃうからね。」
父親が言葉にはせず呆れる思いを直接心にぶつけてきた。もっともハーノルド自身も「テレム」濃縮器については懐疑的だが、息子のブルックスが尋常ではない力の入れようだ。
「テレム」は空気中に混じっているが、その濃度で魔動力の大きさが変わることはよく知られた事実だ。
空気中の濃度を増せば、当然その人物の使う「魔動力」を底上げできる。
ただ、現在作っている濃縮器は、周りに散布するだけなので、日常で使用するには問題ないが、騎士たちのように戦闘が主体だと、敵方の魔導も強め、逆に自分が倒されてしまうこともある。
また急激に「テレム」濃度が上がって力の加減が出来なくなり暴走してしまうこともある。
この世界に住む住人は、皆「覚石輪」を腕につけ、必要に応じて周囲の「テレム」量を知ることが出来る。
それに合わせて自分の魔動力を制御すればいいのだが、突発的な増減は自分の身を危険にさらしかねない。
結果、ブルックスの「テレム」濃縮器は酷評となってしまう訳だ。
この世界は、「テレム」の存在により、ヒトと言葉を介さずに直接意思の疎通が出来るテレパシー能力、自分の身体を一時的に強める肉体強化、剣や盾を持ち主の力以上の打撃力や防御力を高める能力強化、そして物を触らずに動かす念動力などの「魔導」を扱うことが出来る。
ただ、その能力は人それぞれで、もともとの能力や鍛錬で扱う技術も千差万別である。
そこで、出生をその行政機関に届けると手首に装着する「覚石輪」通称「リング」が発行される。
これはその個人のデーターやその能力を検知できる装置で、「バベルの塔」と呼ばれる巨大建造物、「オアシス」と呼ばれる行政機関での更新により、自分の今の「魔動力」のレベルや能力の方向性を知ることが出来る。
さらに今では金融機関の発展に伴い、この「リング」により、様々な決済ができるようにもなった。
とはいえ、現金でなければ売買のできないものもまだまだ多数存在しているので、貨幣制度はいまだ続いている。
ハーノルドによって起こされたハーノルドの息子、ブルックス・ガウス・ハスケルはいつもより3時間も早く起こされ、不承不承祖父のいる工房に顔を出した。
「「天の恵み」が外に落ちたって父さん言ってたけど、本当?」
「おはよう、ブルックス。もう数時間で騎士団から連絡が来ると思う。お前も最終チェック手伝ってくれ。」
剣の切っ先を見ていたミフリダスが声を掛けた。
「分かったけど、学校あるよ。」
「悪いな、今日は休みだ。あいつら何言ってくるかわからんからな。」
ブルックスの通うミリノイ藩立公学校は15歳まで通う。
一般市民の子供たちが通う学校である。
この後それぞれの特性と希望で専門高等学校に通ったり、そのまま仕事に就くものも多い。
ブルックスは祖父と父が営むこの鍛冶屋「ハスケル」を継いで、魔道工具士になることを夢見ている。
「リング」の示す「魔導使役力」はそれほど高くない。
ただ、技術者になる素養は高いようなので藩立工科専門学校に進学予定である。
こういう場合は学校に行くよりも、ここで祖父や父の手伝いをしている方が性に合っていた。
ブルックスや、他の同年代15歳で公学校に通っている子供はもう関係ないと言われているが、将来の方向で唯一自分の望みをかなえられない場合がある。
「特例魔導力」。
大体9歳から15歳の間に突然「魔導力」が発動、一定値を超える特別な子供が「リング」を通じて「バベルの塔」に瞬時に登録される。
その時の能力を選別し、司政局直轄の養成機関「クワイヨン高等養成教育学校」の専門課程に配属。
拒否権はなく、そのまま能力により「守護者」「都市管理者」「教育者」に割り振られ、この国「クワイヨン」に従事することになる。
そして当然のことながらこの「特例魔導士」または「異能者」と呼ばれるこの者たちは、特権を与えられる特権階級に属する。
この世界は歴史的な背景もあり、すべての国が「城壁」に囲まれた城壁都市国家として、この星の各地で生活の拠点としているが、その都市国家はそれぞれが違う政治形態を持っている。
この都市国家の間は、山岳地帯、大海、砂漠、草原、河川など自然にあふれてはいる。
しかしながら、「城壁都市国家」を作らざるを得なかった最大の理由が「魔物」の存在である。
いつ頃からこの「魔物」達が出現したのかについては明確な記録はなかった。
ただ、この「魔物」たちは、人間同様「魔導力」を持ち、人々を襲い喰らう。
小さいものは数センチレベルから、巨大なものだと全長10メートルを超えるものまで存在する。
人間はその脅威から逃れるために壁を作り、狭い都市国家を築くことで生き延びる道を選んだのだ。
であるからこそ、「特例魔導士」はその特権を与えられるとともに、人々を、この国を守ることを義務付けられたのである。
とはいえ、都市国家のみで完結できるものではない。
またその国では得られない種々の物品、食物を高額でやり取りする闇行商人が命懸けで都市国家間を往来することがあった。
これが、「魔物」を都市国家におびき寄せてしまうことも多々あり、さらには最外城壁を破る「魔物」に対して甚大な被害が出たこともあった。
この事を契機に、「魔物」を寄せ付けない「魔導力」を配置した交易ロードを各「城壁都市国家」が協力して構築したのである。
都市国家を守る組織は「守護者」を主体とした国軍や騎士団である。
基本的にはこの都市国家の間に脅威となる「魔物」が存在することにより、国同士の戦争の頻度は少ない。
政府間の問題が争いにまでなった例もなくはないが、大抵の場合「魔物」達の介入により、その国家同士が疲弊して有耶無耶になることが多い。
騎士団にしても、国軍にしても「特例魔導士」の存在は必要不可欠であったが、そのレベルの力がない普通の兵士や後方担当者は存在する。
また、「魔導力」はなくとも、その鍛え上げた肉体により、「テレム」が希薄な場所においては、「特例魔導士」を凌駕するものも多く存在しているのである。
基本的には、この世界は今の時代において「魔物」の脅威はあるものの、平和と言って差し支えない状態である。
だが、この時代において、人々が逆らえない存在があった。
「バベルの塔」と「賢者」である。
「バベルの塔」と「賢者」がいつのころから存在するのかは、市井の人々は知らない。
唯一、王族と呼ばれたり宗教の上位者の間で伝承として伝えられるにとどまる。
その伝承は、「魔物」の発生時期と時を同じくして出現したという事である。
「魔物」に対抗する手段として、神が、「天」が与えてくれたものという認識であった。
それ故、絶対者であるとされる。
時折、この「賢者」より、人間に「お告げ」または「指令」が下されることがある。
この「指令」は「魔物」討伐や、交易ロードの改修、点検など必要と思われることが殆どだ。
だが、年に数件、「天の恵み」と呼ばれる飛翔物を回収するという「指令」も発動される。
ただ、これが何を意味するのかは誰もわかっていないのが現状である。
この回収物はすべて「バベルの塔」内に収容され、その後どうなっているのかを知ることは誰もできない。
こういった「指令」に対して、司政局はこの「指令」を達成できうる人材を選定、もしくは公募という手段を取る。
これが「リクエスト」と呼ばれる由縁である。
この「リクエスト」は国の国軍や騎士団といった公的な機関だけでなく、「特例魔導士」ほどの力はないが、実力は匹敵する者がフリーランスでチームを組んでいる「冒険者」と呼ばれる存在も参加する。
「天の恵み」回収以外でも多くの「リクエスト」が各国から発令されているため、その報酬を目的として特化した集団である。
ただ、この「リクエスト」は「魔物」討伐が前提であるため、全滅することもしばしばあり、追加「リクエスト」が発せられることもある。
この時の報酬は桁が増えるため、その条件を判断し、2回目から参加するという強者達も存在する。
そして、今、その「リクエスト」が発動された。




