第33話 リーノ卿とガールノンド卿
「一体何が起こってるの!」
マーネットが席を立ちあがり、身を乗り出すようにその戦いを見ていた。
いきなり空間が爆発したように砂塵が待っていた。
と思うまた爆発、闘技場の壁が歪んだ。
そして、さらに爆発が起こったような衝撃波が、地面から砂塵が周りに放たれた。
全く人が見えない。
この屋外戦闘演習所という名の闘技場では、二人の人間がその持てる力で相手を圧倒させようとしている筈だ。
だが、三度にわたる爆発的な衝撃波が地面を震わせ砂塵を撒くことにより、その中で何が起こってるか分からないようになった。
気付いたときには、アクエリアス騎士団副団長ガールノンド・ミリッター卿は、闘技場の外縁の壁に寄り掛かるようにして中央近くに立つ少女を見つめていた。
息をまったく切らしていない少女と対照的に、ガールノンドは肩で息をして、その息を整えようとしていた。
少女、リーノの身体にしては大きめの両刃の剣が地面に深々と刺さっており、そこを中心に地面が窪んでいた。
一体どのくらいの力があれば、整地し、固められている闘技場の地面が陥没するような状況になるのだろうか?
「ねえ、ブル君、何が起こったの?あの騎士が身をかがめてリーノちゃんに突っ込んだのは分かったけど…。その後が目で追えなかった……。」
「ああ、そうですね。二人ともとんでもない人たちです。とんでもないんですが…。特にあの新入生、リーノさん、でしたっけ。1学年の最高の能力を持った者に与えられる称号、「最高魔導執行者」を受けるだけはある。というか、先輩方の「最高魔導執行者」もあんなに凄まじいんですか?」
ブルは中腰になって驚嘆の表情で見ていたランデルトに向かって尋ねた。
聞かれたランデルトは、そのまま力尽きたようにして椅子にその身を預けた。
残っていた冷めた紅茶を飲み干す。
「いや、うちの学年の「最高魔導執行者」は、同じ戦術防御課程のサーバント・アララギってやつだけど、あんなパワーはないと思う。この屋外戦闘演習所でも演習をやったが、あんな硬い地面が砲撃でも受けたように凹むなんてことは無かったし、演習場、まあ闘技場ともいうけど、囲んでる防御壁があんなに歪んだのも見たことが無い。国軍の所有する攻撃兵器の演習もあるんだけどさ。その砲弾を撃った時でさえ、目標物である木製の的が弾ける程度だったし。どうすりゃあんな惨状になるんだ?」
「じ、自分も師匠が「魔導力」を乗せた剣戟を見たことはありますが、ランデルト先輩が言うように木製の的が粉々になって、凄いと思ってました。でも、この衝撃波…、なんて言えばいいかわかりません。」
リーノとガールノンドの二人が対峙しているのを見て、スコットがそう言った。
「で、何が起こったのよ、ブル君。あなたには「見え」たんでしょ?」
ブルックス自身は完全に見えていた。
さらに「魔導力」の流れも、テレムの動きも…。
そして、あのバンスの娘であるリーノと言う少女が、途轍もない「テレム」の使い手であるという事も。
「騎士が低い体勢のまま高速であの少女に仕掛けたのは分かったと思います。騎士も少女が並々ならぬ才能を持っていることに気付いていたのでしょう。速攻で体勢を崩し主導権を握る気でした。でも、実戦の雄ではありますが、少女相手に殺さない、という枷があり、その能力を十全には発揮できなかった。」
「それは・・・、そうね。いつも殺すか殺されるかというぎりぎりのところで戦っている傭兵ですもの。手加減など思ったこともないはず。」
「訓練では真剣でやりあうなどということは無いでしょう。相手の才能は充分に解っていながらも、その容姿、幼子にしか見えないその姿に幻惑された。それが一番効果のあるはずの初手を曇らせた。それだけが原因ではなく、あの少女、リーノ卿が強すぎるという事もあると思います。」
「すでに卿付けなのね、ブル君。」
「あの力を見せつけられたら、素直に尊敬します。それで、騎士の初手で片刃の剣、刀というのでしたね。刀の長さと自分の腕の長さを生かして、一気に詰めた間合いで高速で刀をリーノ卿に繰り出した。」
「え、そうなの?それを回避するためにリーノちゃんは跳んだってこと?」
「いえ。刀の動きはあくまで目くらまし、というか囮で、リーノ卿の死角から左手のダガーナイフっていう短剣でいいのかな?を革の肩あてに当てにいってます。ただ、本当の戦闘では間違いなく首の頸動脈近辺を切り裂きに行くはずなんですが。それが多分、今回の騎士の心情だと自分は思ってます。」
ブルックスは見たままを言ったつもりだったが、新入生とマーネットはもちろん、ランデルトまで少し引き気味にブルックスを見ていた。
その視線は、まるで信じられないものを見る目だ。
「お前、あのスピードとこの距離から、そこまでわかるのか?」
そのランデルトの言葉にやり過ぎたことにブルックスは気づいた。
眼がいいのもあるが、「魔導力」の波動は、その本人の攻撃法を端的に示す。
さらにその「魔導力」に引きつけられるようにして動く「テレム」からかなり正確に何が起こっているのかがわかり、その流れで「魔導力」の行使者の思考も見当は付けられる。
「もういまさら手遅れでしょうね、自分の力を隠したとしても……。」
「そうね。ヒングル一味3人を一人で無効化して捕まえるなんてことをしたときから、ある程度の人は、君を単なる「高齢者」などとは思わないと思うわね。」
小さくため息をつく。
もう少ししたら、また二人がぶつかるはずだ。
その間に先の戦闘を話しておいた方がいいだろうと、ブルックスは思った。
あまりにもリーノの力が凄すぎて、自分の頭の中がごちゃごちゃになっている。
自分でも言語化することによって、頭の中の整理をしておくべきだ。
「いいでしょう。正確さに欠くこともあると思いますが、先程までの二人の動きを説明します。」
そこで一度言葉を切り、闘技場に目を向ける。
何かを騎士がしゃべっているようだ。
その騎士の驚きが何に由来しているのか、ブルックスも信じられなかった。
結界の中の「テレム」が少女の周りに集まっている!
「どうした、ブル。」
ランデルトの問いかけに、一旦視線を他の4人、いやメルナもすでにこの部屋にいることを感じ取り、全部で5人に対して手短に説明を開始した。
「先程も触れましたが騎士がリーノ卿の死角から薙いだダガーを足掛かりに空中に飛びました。」
「ちょっと待って!死角から飛び出してきたんでしょう、そのナイフ。なんでそのナイフを足場にして飛ぶことが出来るのよ!」
「おそらくリーノ卿は伸ばされた刀が囮であること、そして自分の死角からダガーナイフで切り付けてくることも予測していた、と思って間違いありません。でなければ、まだ左手を動かす前に、リーノ卿の右足が浮くはずはないですから。」
「そんなことが出来るのか、あのおチビちゃん。いや、それよりも、ブルの目はどうなってるんだよ!ここからそんなとこまで見えるわけがないじゃんか!」
ランデルトの悲鳴のような言葉を聞き流す。
「ちょっと時間がないんで、急ぎます。空中に飛んだリーノ卿はすぐにあの持っている剣に「テレム」を集めて騎士のいるであろう場所に叩きつけました。高出力の「魔導力」と「テレム」の攻撃が地面にぶつかり、まず第一の爆音が轟きました。」
闘技場では騎士がその力を貯め始めているのが伝わってくる。
「そのままの速度であれば、騎士の身体はかなりのダメージを負ったはずです。ただ、この騎士の凄さは、さらにそこからスピードを上げ、その爆心地から回避したことです。そしてすぐに追撃が来ることを悟った騎士は、直線運動から横に動きを変えた。そこに地上に着地したリーノ卿が攻撃を加える。たぶんロングソード現象でしょう。地を剝ぎ、壁に直撃したその力は塀をゆがめる程だった。騎士の身体が少し宙に浮いたようですが、そのお陰ですぐに足を地面につけ蹴って、リーノ卿から距離を取った。直後に、振りかざした剣を騎士のいた場所に振り下ろして、3度目の爆音がした。騎士は闘技場の塀を背にして、なんとか立ち上がった。それが先程見た大地に剣が刺さった状態のリーノ卿と、塀を背にした騎士、ガールノンド卿の姿です。」
「あの短い間にそんなことが。」
「リーノ卿の力は怪物です。ですが、その攻撃を間一髪とはいえ3度も躱している。ガールノンド卿は間違いなく一流の騎士です。」
その騎士が少女の細かな動きに、非常に敏感になっている。
まだ何かを話しているようだ。
「今のガールノンド卿はすでにリーノ卿に勝てるとは思っていません。これは決して恥じることではないと思います。その時点での状況分析は非常に大事です。ただ、この試合においてのガールノンド卿の最善の手は降伏です。」
「降伏?負けを認めろ、と。」
ランデルトがブルックスの冷静な態度に、イラつくような気配を見せた。
その想いはブルックスにも十分理解できる。
彼はまだ最愛の人を諦めていない。
それと同じ思いが、戦術防御課程を選んだランデルトにはあるのだろう。
降伏は恥であると。
「実際の戦場で降伏を試みても惨殺されるという事はあると思います。ですが、この模擬戦は、あくまでも今年の新入生の中で選ばれた「最高魔導執行者」の力量を見ることが目的です。ここまでの戦いでそれは十分に果たせました。騎士として、戦いを生業にするものとしての矜持は、今は不要なんです。でなければ…。」
「でなければ?」
「死にます。」
ブルックスの言葉に、この個室貴賓観覧席の中は強張った雰囲気が包んだ。
その雰囲気に耐えられずに、皆、闘技場を見た。
その瞬間、幾条もの光がガールノンド・ミリッター卿を襲った。
またしても爆音がとどろく。
「今度は何が起こったんだ!」
ランデルトが叫んだ。その声にブルックスは応えず、砂塵と煙の中の直撃を喰らったはずのガールノンドの姿を窺う。
ブルックスは驚いた。
あの高濃度の「テレム」が叩き込まれた目標物、ガールノンドが生きて立っていること自体を奇跡だと思った。
だが、そのガールノンドの姿を見て理解した。
彼もリーノほどではないが、しっかりと「テレム」を使えている。
少ない空気中の「テレム」を集め、さらにリーノが破壊して亀裂の出来た地面から漏れ出る「テレム」をかき集めて防御障壁を作り、肉体を「テレム」で強化した。
そのため、リーノから放たれた高濃度の「テレム」がガールノンドを避けるように動き、背面の壁にぶつかったのだ。
だがそれでも幾条もの光弾をすべては捌き切れず、体はその歪んだ壁に押し付けられたのだろう。
よく見るとクロスして防御したダガーナイフの刃が折れている。
全身を防御障壁で覆い、放たれた光弾を受けるのではなく、衝撃を後方に流したはずでも、捌ききれなかった。
ブルックスは「テレム」の流れからそう読み取った。
だが、明らかにリーノ以外の場所で極めて薄くなっていた「テレム」の濃度がガールノンドの周りに増えている。
「凄い騎士ですね、あのガールノンド・ミリッター卿は。攻撃に向けられていた「テレム」の一部を自分の周りに捕獲している。」
「そ、そうなのか、ブル。」
「ブル君、説明して。」
呆然と自分の折れたダガーナイフを見つめる騎士。
出来れば降伏するべきなのだが、あの周りの「テレム」を見ていると、闘志はいささかも落ちていないことが、痛いほどわかった。
「リーノ卿はガールノンド・ミリッター卿と何かを会話していました。そして自分の周りに集めた「テレム」の一部を濃縮し、右手の親指と中指を擦って音を出したと同時に、その「テレム」の塊を何個かをガールノンド卿にぶつけました。それをガールノンド卿は防護障壁で受け流したんですか、何個かは直撃を受けた。しかしその結果、ガールノンド卿の周りに薄かったはずの「テレム」がある程度の量を捉えることに成功してます。ただ、その代償に愛用と思われるダガーナイフを壊された。あの表情からはそう認められます。あっ!」
二人を見ていたブルックスが短い叫びを発した。
「圧縮超高温現象!そんなことまであの少女は出来るのか!」
目の前で起こったその「魔導力現象」にブルックスは目を疑った。




