第32話 「最高魔導執行者」
その闘技場に立つ背の低い少女。
ガールノンド・ミリッター卿はだが、その身体にしては大きめの剣を地に刺してこちらを見る態度は、恐ろしいほど静かな闘気を感じた。
それも途轍もなく強い闘気。
その圧だけでも、通常の人間、いや騎士であろうとも平伏せるほどの圧力は、並みの戦士では出せるものではない。
歴戦の経験と実績を伴って初めて発することが出来るモノだ。
ガールノンドも場数は踏んで、実績も申し分ない。
傭兵として「魔物」討伐や、反体制派の貴族及びその騎士団と対峙したことも幾度もあった。
にも拘らず、そんな経験などないであろう10歳前後の少女から、そんな強い闘気がこちらに向けて放たれている。
これは多少卑怯と思われても、速攻でこの強固な圧を突き崩すしかない。
ガールノンドはそう即座に判断した。
周りに張られた結界は、あくまでも観客に被害が向かわないように調整されているようだ。
術師が展開しているのか、それとも賢者自ら行っているのか。
もし「特例魔導士」が行っているとしたら複数人で包囲していると思われる。
それもかなりの連携を保てなければこのような綺麗な半球状には構築は出来ないのではないだろうか。
とすれば賢者「サルトル」が一人で張っているという事だろうか?
だが、その賢者は貴賓観覧席ではなく、この闘技場近くの観覧席に金髪の美女と共にこの闘いを見ている。
この賢者が10歳くらいの少女の姿でなければ、美女を侍らせ、奴隷同士の殺し合いを暇つぶしの娯楽として見ている貴族様かと思ってしまうところだ。
だが、その賢者からはその様な力を行使しているようには見えない。
「バベルの塔」の技術力は一般人には測り知れない。
もしかしたら、そう言う結界を発生させる機械がこの闘技場には仕掛けられているのだろうか。
もっとも、ガールノンドがムゲンシンの「高等養成教育学校」では、そう言った闘技場はなかった。
だが、剣術専用修練所は「テレム」を無効化する壁が備え付けられていた。
この結界を張る機械も開発されていてもおかしくはなかった。
「これより入学式典エキジビジョンマッチ、新入生代表「最高魔導執行者」リーノ・アル・バンスと、アクエリアス騎士団副団長ガールノンド・ミリッター卿との模擬戦を行う。新入生、並びに在校生の諸君。この模擬戦をその目、耳、心でしっかりとその胸に刻み付けるように。こういった機会はそうそうないと心得よ。では、両社とも、準備はよろしいか?」
どこからともなく、そう言う言葉がこの闘技場に響いた。
その声の主はこの学校の校長の肩書を持つサンザルト・ア・バイオルムである。
二人のいるアリーナにはその姿はない。
この模擬戦と同じ場所に立つことが、自らの命を代償にする可能性があることを充分に理解しているのだ。
サンザルトの声に、リーノは頷き、ガールノンドが右手に持つ片刃の剣、刀を天に向けることによって準備が整っていることを示した。
「始め‼」
その声が消える前にはガールノンドの身体が消えたように観客には思えた。
高所から見ているブルックスたちにはガールノンドがその態勢を極力低くして、高速でリーノとの間合いを詰めていく姿が見えた。
確かに俯瞰してみるという事は重要なんだな。
小型飛翔体を戦場に飛ばしたことを思い出す。
自軍と相対する敵軍。
その動きを上から見るということが、ここまで有利に働くという事をブルックスは知った。
そして、一見その場から姿を消したと思うほど態勢を低くした相手を、リーノという少女がしっかりととらえていることも、そのわずかの動きで分かった。
ガールノンドの右手に握った刀がそのリーチを生かし、少女の胸に向かって伸びた。
非常に少ない動きで大地に刺さった剣が自分の胸の前に動かす。
と同時に右足が宙に舞う。
ガールノンドの刀が少女の件に阻まれた。
が、それにもかかわらず、続いて左手のダガーナイフが真横から振られる。
ガールノンドの動きは人の目で捕らえられるかどうかの高速で行われた。
最初の刀の突きは阻まれることを見越した第二の攻撃。
少女の死角からのダガーの振りは、しかし少女の右足がその刃に乗る形になった。
そのまま少女の小さい体が右足をダガーを足場にして舞い上がる。
この動きはガールノンドの意表を突いた。
ダガーナイフの攻撃に少女が後退したところを、連続で刀を突いて壁まで追い詰めるつもりだった。
だが今少女は宙を舞った。
その行動に対応するための動きが、一瞬遅れた。
頭上から衝撃波がガールノンドを襲った。
突き進んでいたガールノンドは後ろに引くことはできないと判断。
さらに加速し、その衝撃波から逃れた。
瞬時に加速したことにより足の筋肉に損傷したことを自覚したが、すぐに体内の「テレム」が反応、修復し、疲労も軽減させる、
その場から飛び退る。
すぐに底を衝撃波が貫いた。
その余波を喰らい、ガールノンドの身体が浮いた。
そのまま地面に転がる。
が、止まる前にもう一度自ら跳んで少女から距離を置いた。
一瞬の判断の遅れが少女に3回の攻撃を呼んだことを、立ち上がったガールノンドは知った。
闘技場の壁に背を預ける形で、相手の冷ややかな瞳に自分の視線を合わせた。
ギリギリ自分の間合いより外の位置に斜めに地面に剣を突き刺した少女がいた。その剣の周囲は衝撃ですり鉢状になっている。
地面には他にも2か所、抉れた状態が衝撃の強さを物語る。
さらに自分の斜め左の壁も歪んでいた。
状況から見てロングソード現象が起こったことは確実だった。
懸命に逃げを打ったのは正解だったようだ。
何とかその間に自分の身体にかかった負荷を正常に戻せている。
少女が息を乱していないことはすぐにわかった。
ガールノンドがその少女の姿に惑わされ、その実力の半分ほどしか出さなかったことを見透かされたようだ。
少女は地面に突き刺さった剣を抜き、中段に構える。
その剣先はまっすぐにガールノンドに向けられている。
「さすがに「最高魔導執行者」だ。非礼を詫びる。こちらも全力を出すよ。」
「今の所あなたはその「魔導力」を解放してない。いくら「サルトル」様がいるからと言っても、私の剣戟を受けたら死ぬかもしれない。「魔導力」と「テレム」の使い方、知らないわけではないでしょう?」
「一応は使える方だと思うよ。だが、君よりうまく使える自信はないな。」
ガールノンドの灰色の瞳が鈍く光った。
「アイシートを装備しているのね。なら、最低限、「テレム」を味方にした方がいいわよ。」
愕然とした。
もともと傭兵として生きてきたガールノンドは、視覚吸着型情報伝達装置、通称「アイ・シート」を装着している。
このクワイヨンに来る前にムゲンシンで最新型にアップロードしてある。
そこに展開した「テレム」濃度が異様な行動を起こしていたのだ。
山間部、森林などのテレムリウムを持つ植物が多くあったり、風が強い場所では「テレム」濃度が空間で偏ることはある。
だが、ここは闘技場の中だ。
こんな異常な偏りを起こすことはない。
あるとすれば…。
「そうね、騎士さん。私はある程度「テレム」を集めることが出来るの。だから安心して。そのアイシートは壊れてないわ。」
「テレム」が少女の周りに非常に濃く集まって、アイシート上に金色に輝いていた。
ガールノンドは自分の周りも確認する。
かなり「テレム」が少なくなっている。
「だからこんなこともできるの。」
少女の左手中指が親指を弾く。
咄嗟に右手の刀、左手のダガーナイフをその腕に沿ってクロスさせた。
「魔導力」でその腕の空間に防護障壁を張る。
とほぼ同時に衝撃が体に叩きつけられ、背にしていた金属を入れて強度を上げている筈の壁に身体がめり込んだ。
「「「ウオオオオオオ~」」」
観客の悲鳴のような歓声が、空気を揺らす。
だが、ガールノンドにはその声は全く聞こえていなかった。
そして、絶対的な「テレム」の力を持つ少女、リーノ・アル・バンスには、全く関心がない歓声だった。
ガールノンドは左手に持つダガーナイフの刃が折れていることに気付いた。
全身を「魔導力」の防護障壁で包んでいたため、衝撃はそのまま後方の壁に叩きこまれ、異常に歪めたにとどまった。
だが、完全に防いだと思った衝撃波は、防護していたダガーの刃を折った。
つまりそれほど強い力がガールノンドに放たれたのである。
長年使ってきた自分の体の一部ともいえるダガーが折れれたことに怒りが込み上げてくる。
体の中の「テレム」をその折れたダガーナイフに込め、リーノに向け超高速で放った。
が、その折れたダガーナイフはリーノのかなり前で溶けて消えた。
「溶けた?ダガーが?」
「「テレム」の超高濃度の状態に空気が圧縮されたの。私の周りはそういう状態になってるんだ。」
「圧縮超高圧現象だと?それだけの「魔導力」が…。」
空気が圧縮されたことによりその分子の振動熱が超高温の状態を起こす。
それを自由にできるという事が何を意味するのか、ガールノンドには理解できた。
いや、その事実に自分は勝てないという事を理解したという方が正確だった。
「確かに「最高魔導執行者」の力だ。そして、剣術の使い方も一流、か。」
少女は、リーノ・アル・バンスという「最高魔導執行者」は圧倒的な力を備えていた。
ガールノンドはこの少女にはどうあがいても勝てない。
それがはっきりと分かった。
「だが、私にもプライドというものがある。」
一太刀だけでも、届かせる!
ガールノンドは自分の肉体にある「テレム」を足に集中し、「魔導力」をギリギリまで引き上げ、爆発させた。




