第31話 貴賓観覧席
既に二人は屋外競技場にいた。
ブルックス4人は特別にマーネットと共に貴賓観覧席に通された。
「マーネットさにいいんですか?俺たち4人がこんな場所に来て。」
「それは大丈夫よ。ここは貴賓観覧席でも上位の者が使う個室になっているの。全部で6人であれば問題ないし。」
「6人?」
ランデルトがそう疑問の形でいる人数の確認をした。
その直後、マーネットの侍女兼警護を担当するメルが忽然とこの個室にその姿を現した。
「「ヒィ!」」
突然、その姿を見たスコットとコウイチガ短い悲鳴を上げた。
ブルックスは既に、メルナがそこにいることには気づいていた。
ランデルトも言った瞬間、その存在の気配に気付いたので、慌てるさまを見せることはなかったが、内心では心臓が止まるくらいに驚いていた。
「お嬢様!軽々しくそのようなことを言うのは…。」
「既にブル君は気付いているもの。ここで言わなくとも直にバレるわ。給仕のために要人のための他人が来るよりは、あなたのことを言っておいて飲み物や軽食を持って来てもらう方がましよ。」
「そう言う考えであれば…、畏まりました。」
メルナはそう言うと音も無く個室から出ていく。
マーネットが今言った給仕のために外に出たことはブルたちにも理解できた。
「今更だけど、ブル君の特殊な才能で、メルナの持つ特殊偽装能力は解ってるのよね。」
「ええ、分かってはいますが…。さすがに、俺、いや私は人の特殊技能を吹聴する癖はありませんが。」
「そうは言ってもね…。あなた、メルナが姿を消して動くと自然にそっちを見てるのよ。私の部屋でなくて、狭いこの個室でそんなことやられたら、どのみち他の3人も気づくわよ。試合に集中できないでしょう?」
マーネットのその言葉に、ブルックスは頷くことしかできない。
警戒してる人物が空間迷彩を使用していれば、流石に動じずに気配を追ってくと、いざという場合にコンマ数秒、対応が遅れてしまいそうだったのだ。
「あなたにはぜひここから試合を見てもらう必要があったのでね。だからランド君にお願いして連れてきてもらったというのもあるの。」
「そう言えば、確かランド先輩は賢者との関係で自分をマーネットさんの所に連れて行く、みたいなことを言ってましたね。」
先程、マーネットの部屋ではバンス卿のことを聞かれただけだ。
しかも、そこにアルクネメの名前まで出してきた。
自分のことをどこまでこの王族の女性は知っているのか?
「確かに「サルトル」様との事を確認する必要があったのは事実だけどね。私もリーノという新入生の実際の力というものがどういうものか興味があるんだけど。そこでブル君、君にここから試合の解説をお願いしたかったのよ。あなた、「魔導力」そのものを見ることが出来るわね。それに「テレム」そのものも。」
「あまり自分の能力について他人に言わないで欲しいんですけど。」
「そうね、これは迂闊だったわ。ランド君には前にその辺の話もしてたから、他の二人も知ってもいいのかと思ってしまったわ。」
「確かにスコット君とコウイチ君とは友人になったつもりですが、まだそこまで親しくはなってませんよ。」
「この試合が終わったら、その辺の話、能力についてはよく話し合った方がいいわ。あなたが17という年齢で「特例魔導士」に認定される力が如何に特殊か、という事も含めてね。そうすれば二人ともあなたと敵対しようとは思わないわよ。ね、ランド君?」
「まあ、確かにブルを敵に回すとかなり厄介だと思いますが、ね。」
「そ、そんな、敵対って。」
「そうですよ。ブルックスさんは頼りになる兄、みたいな存在で…。」
ランドの呟きの後でコウイチとスコットが否定の言葉を発する。
「まあ、いいんですけど。でも、「テレム」の分布状況は「リング」である程度、情報を掴むことはできると思うんですが。」
ブルックスはマーネットの自分に対する評価が高すぎる気がしてならなかった。
確かに昨晩、というか今朝方というか、ヒングル達を短時間で無効化したという実績は出来てしまったが、それは格闘戦の高さというよりも、奇襲と自分の考案した機械での結果である。
17歳という非常識な年齢での「特例魔導士」になったこととは関係ないような気がするのだが。
「そうね。確かに「リング」の機能に、その場所の「テレム」濃度を簡易的に測るというものはあるわね。平時の作業の効率を上げるという面では十分その機能を果たすけど、「魔物」などとの戦闘時には、刻一刻と変わる「テレム」濃度を正確には伝えられない。だから、あなたの家、「ハスケル工房」で実験的に作った「テレム」濃縮器の評判が悪いんでしょう?」
「はあ~。「テレム」濃縮器のこともご存じですか。そうですね、そう言う意味ではやっぱり自分の「テレム」を感じるという才能は特殊かもしれません。」
「この二人の闘い。「最高魔導執行者」リーノ・アル・バンスとアクエリアス騎士団副団長を務めるガールノンド・ミリッター卿の模擬戦は、高度な「魔導力」、「テレム」使用法、そして剣術が絡み合う戦いになるはず。そして先だっての入学式典での「サルトル」様の言い方から、圧倒的にリーノという少女の方が、勝ってると思ってる。となれば、その戦いをしっかりと見ることの出来る人から、解説して欲しいのよ。」
「自分が「魔導力」と「テレム」を人より多少は見る能力が優れていることは認めます。でも、剣術も格闘戦も人並みです。そんな自分が解説が出来る立場にはないと思いますよ?」
「あなたはこのクワイヨンの英雄、オズマ・リッセントリー卿から剣と格闘の教えを受けているのでしょう?彼から、「ブルックスは筋がいい」と聞いています。」
「そこまで調べられているのですか?」
「17歳で「特例魔導士」に認定される力を持つという意味。興味を持つには十分よ。」
さも当然というように、屋外闘技場を見下ろす席に腰かけてマーネットが言った。
ブルックスは苦笑するしかない。
であれば、「天の恵み」回収作戦に参加した知り合いという人物が卒業しているなどと言わねばよかった。
「別にあなたが偽ったことに関しては、こちらも仕方のないことと思っているの。だからこそ、この席からリーノとミリッター卿との模擬戦を見せたかったのよ。」
「それは、どういう意味が…。」
最後まで言うことが出来なかった。
今度は大きめの音を出してメルナがワゴンを押して入ってきたのだ。
「そろそろ始まると思うわ。みんな、席についてね。で、当然ブル君は私の隣。」
半強制的に言われ、マーネットの右隣りに腰を下ろす。
ブルの左にスコット、コウイチの順に座り、マーネットの左にはランデルトが腰かけた。
ワゴンの上からカップに紅茶を注ぎ、各人の前に設えたテーブルにメルナがそれぞれ飲み物を置いていく。
そして数枚の焼き菓子の乗って小皿を添えるように置いた。
「でね、ブル君。この模擬戦闘、まさかと思うけど、ある理由からあなたが飛び出す可能性があると思ってる人が、そこそこの数存在する。だからここにあなたを閉じ込めたのよ。」
「マーネットさん。ちょっと、言ってる意味が、解らないのですが。」
「分からなくて当然よ。わからないように言ってるから。だからね、あなたを一般の観覧席で試合を見せるのは危険と考えたの。これは賢者からの要請もあった。」
「それが、ランド先輩が言った「サルトル」様との関係の確認という意味ですか。」
「そう思ってもらって結構よ。私も懸命に情報を集めたけど、全ては理解していない。だから、知っているかどうか、本人に聞こうと思ったけど、あなた自身も何もわかってないという事はよく解ったわ。さあ、このエキジビジョンマッチ、見ていきましょう。」
そう言って紅茶を飲みながら視線をこの個室の一面の強化透明板の向こうに移した。
そこには小柄な少女が、自分の丈ほどもあろうかという両刃の剣を地に差し込むようにして相手を見据えていた。
強固な筋肉を露呈した相手、アクエリアス騎士団副団長ガールノンド・ミリッター卿が、長い片刃の剣を右手に、左手に短剣と言っていいダガーナイフを持っていた。
盾のようなものは持っていない。
それはリーノも同様だ。
二人とも肩、肘、膝、股間に革の防具を付けているくらいだ。
二人を中心に半透明の防御障壁、いわゆる結界が闘技場を包んでいる。
観客席に被害が及ばないようにしている。
逆の見方をすれば、あの剣は刃を潰していない真剣。
そして「魔導力」を使用する実戦形式の模擬戦闘という事だ。
騎士団のサブを努めるミリッター卿は扱いに長けているだろう。
だが、10歳くらいの少女であるリーノにそんな経験があるのか?
あまりの模擬戦の形式にブルックスはマーネットに向き直り、真剣な瞳を向けた。
「ブル君。あなたの言う事は解るわ。でもね。この戦闘形式を提案したのは賢者様よそして二人ともそれを了解した。賢者「サルトル」様がいれば多少のけがは即座に修復できると思うわよ。」
「そうかもしれません。それでも…。」
「言わなかったかしら。この世界では「バベルの塔」の住人は絶対なのよ。」
「これは、普通の神経で出来ることでは…。」
だが、ブルックスは言葉を最後まで言うことが出来なかった。
急激に「魔導力」が強くなったのだ。
その方向、強化透明板の向こう側、闘技場では身を低くしたミリッター卿が、猛スピードで不敵な笑みを浮かべていたリーノに向かったところだった。
激闘の幕が開いた。




