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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第2章 エキジビジョンマッチ~再会~
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第29話 2階観客席

 2階の観客席にいたバンスは羞恥と心配に胸を痛めていた。


「あなたの名はかなり知られているみたいね。高名なバンス卿様。」

 妻のアオイが揶揄うようにバンスに言った。

 その横で長女のコトノも含み笑いをしていた。


「言うな、アオイ。俺だって恥ずかしい。それにあの騎士。かなりできる奴だよ。「リクエスト」時には派遣されていないとは思うが。」

「パパがそんな有名人とは思わなかったよ。ただの賞金稼ぎみたいな裏稼業の人かと思ってた。」

「裏稼業って…。騎士様みたいな憧れる職業とは思っちゃいないが、犯罪を生業にしてるわけじゃない。国や「バベルの塔」の依頼で動いてるんだぞ、俺達は。」

「でも、ママはいつも心配してたんだよ、知ってる?」

「うっ、そ、それは……。すまん。」

「もういいわよ、コトノ。パパも私たちのために懸命に働いてくれてたのは知ってるでしょう?あんまりいじめないで上げて、ね。」

「はあ~い。」


 コトノは充分に自分の父親が頑張っていたのは知っている。

 それでも、母であるアオイがいつも自分を責めるようにしていたのを見ていた。

 リーノが元気になって戻ってきて、やっと心から笑顔になってよかったと思う反面、そんな母を置いて世界を回っていた父、チャチャナル・ネディル・バンスを恨む気持ちはまだ完全に消えてはいなかった。

 聞けば、父を、そして妹を救ってくれた恩人、アルクネメ・オー・エンペロギウス卿がうら若き女性だという。

 そんな女性と世界を回っていたと知らされたときの自分の気持ちをどう表現していいか、今だ

コトノ・シャルル・バンスは正確な言葉を持ち合わせてはいなかった。


「変な事になったな。これからリーノが模擬戦をするんだろう?コトノはリーノの試合を見ている余裕、あるのか?」

「自慢の妹の試合は見たいけど…。馬車の関係があるからな、どうしよう?」

「それはこちらで手配しますから、是非妹さんの試合、見て行ってあげてください。」

 迷っているコトノにそう声を掛ける女性がいた。

 黒い髪を肩の所で切りそろえた優し気な顔立ちをしたスーツ姿のその胸には、クワイヨン国国軍を示す紋章のワッペンがあった。


「メルーシャさん!いいんですか?」

「ええ、「サルトル」様が極力融通をつけるよう、命じられております。安心して観戦していって下さい。」

「いつもすいません、メルーシャさん。なんだか世話になりっぱなしで…。」


 アオイがリーノが家に戻ってから、家の面倒を見てくれている国軍士官に頭を下げた。


「それがわたくしの仕事ですから。この国の、いいえ、この星の貴重なお方であるリーノ様のご家族は国が全てのことでお守りする責務があります。家族の方が安全であればこそ、リーノ様はそのお力を発揮できるのですから。」


 あまりにも自分の娘を丁重に扱う姿に、バンスは苦笑せざるを得ない。

 だが、自分たちのことはともかく、リーノに関してはこの女性が言ってることが事実である。

 それはバンスも分かっていた。


 娘の強さは群を抜いている。

 今でこそアルクネメによって矯正されたため、力の制御もかなりできるようになった。

 だからこそ、「魔導力」を使わない剣技の数々を、バンスは娘に教えることが出来たのだ。

 娘であるリーノが、その「魔導力」の半分も使えば、自分の命はすぐにでも絶たれる。

 「魔導力」を封じた状態での剣の鍛錬で、幾度か死を予感させるような動きをリーノはしたのだ。

 それは、純粋な剣技、格闘ではこのバンスに勝てない、と悟った時によく発動しそうになる。

 「バベルの塔」から供与された「魔導封じ」の腕輪が、悔しさに自分の「魔導力」を抑えられなくなる時に反応する。

 その瞬間の力の波動は強烈な圧を持ってバンスに迫って来るのだ。

 「魔導力」の波動がある一定値を超えた時、その腕輪が作動する。

 外に向け放たれようとした「魔導力」を腕輪をはめた本人に還流するのだ。

 そうなったとき、リーノは意識を失いその場に崩れ落ちる。

 これは本人の力の制御の訓練にもなっており、今ではその腕輪なしでも、バンスと純粋な剣の稽古が出来るようになった。

 結果、恐るべきことにリーノはバンスの剣術の教えを乾いた大地が天から落ちる雫をことごとく吸い込むように、吸収していった。

 わずか半年間で、バンスの持つ経験と実績に裏打ちされた様々な剣術、格闘術、防護術の8割がたをものにしていたのだ。

 バンスが繰り出す、それらを混合した戦い方にはまだ及ばないものの、騎士団に所属する一般の騎士であれば負けることが無いのではないかと、バンスに思わせる程だった。

 たまに顔を出して稽古をつけてくれるダダラフィンとヤコブシンも、その強さに驚嘆していた。


「パパ、ママ、お姉ちゃん!どうだった、私?ちゃんと「サルトル」様に元気よくできたよ!」

「うふふ。そうね、リーノ。元気よくできたね。ママ、嬉しいわ。」


 メルーシャの後からリーノが顔を出す。


「ねえ、パパ。今日闘うことになったアクエリアス騎士団の副団長さんはどのくらい強いの?ウラヌス騎士団よりは強いよね。」

「ウラヌスの騎士がどれほどかにもよるが…、見た感じでは体もしっかりできている。アクエリアスのサブならかなり強いと見ていいんじゃないか?」


 そのバンスの言葉にメルーシャが笑みを浮かべようとして失敗していることに気付いた。

 あまり我を出さず、控えめではあるがその顔立ちは端正で、微笑にはかなりの男性が惚れ惚れとみるのではないかと思っているバンスにとって、その表情は初めて見るメルーシャの顔だった。


「既にお聞きかと思いますが、リーノ様が「バベルの塔」内で多くの騎士と遊び半分で戦っていたことはご存じだと思います。」

「そういえば、賢者たちがそんなことを言っていたような。」

「その中には各騎士団から選りすぐった騎士を招集したそうです。ウラヌス騎士団ですと、クラウド・クルルジン卿がお嬢様と剣を交えています。」

「ちょっと待て、メルーシャ・ジルク准佐。クラウンド・クルルジン卿と言えば、我々と共に「リクエスト」でウラヌス騎士団を指揮していた人物じゃないか!当時のウラヌス騎士団の№3の実力だったはず。まさか……。」


 困ったような顔でメルーシャはバンスを見る。


「ええ、そのクルルジン卿です。あの空間が異常とはいえ、確か3分持たなかったかと…。」

「弱かったよね、あの人。「魔導力」と「テレム」の使い方がてんでなってなかったもん。」


 自分の娘ながら、やはり恐ろしい力だ。

 いつその戦いが行われたかは不明だが、「リクエスト」終了後であることは間違いないだろう。


「それで、クルルジン卿は無事なのか、メルーシャ殿。」

「命は大丈夫です。ただ、右手は肘から、左足は太ももから切断されました。真剣ではありません。刃を潰してある模擬剣で、です。さらに右肺を貫かれたところで「スサノオ」様が止めました。」

「クルルジン卿は今は…。」

「チャチャナル・ネディル・バンス卿ならご存じでしょう?無くなった四肢は再生が可能です、「バベルの塔」なら。ただ内蔵の方も治癒できたのですが、以前ほどの動きが取れないと…。自信もなくしたようです。ただ実際の神経速度が落ちているのも事実のようです。」


 あの、「バベルの塔」の地下でのリーノからは想像できないくらい元気で、そして強くなっている。

 それだけにクルルジン卿には申し訳ないという思いがバンスにはあった。

 「魔導力」だけが、強大なまま制御ができず死の淵にまで言った我が娘。

 その暴力的な「魔導力」の犠牲になった形なのだ。

 きっと今のリーノであれば圧倒的な力であろうとも、そこまで悲惨な事にはならなかっただろう。


「そういえば、アクエリアス騎士団の副団長もあの「リクエスト」で指揮を執っていたはずではなかったかな。でも、ガールノンド・ミリッターという名前ではなかったと思うんだが。」

「「リクエスト」の時はモナフィート・ムル・ギルガメント卿が副団長として別動隊を指揮していました。もともとアクエリアス騎士団は「天の恵み」回収作戦に協力的でした。あの時も騎士団の半数を参加させていただいたのですが…。チャチャナル卿もご存じのようにツインネック・モンストラムのレーザー攻撃で「バベルの塔」の爆裂飛翔体射出機が破壊されて、壊滅状態になりました。その中でモナフィート卿は崩れる戦列を維持し続けました。「バベルの塔」の評価はかなり高いのですが、結果的にアクエリアス騎士団の戦力は大幅に落ちました。シリウス騎士団は「叛乱の騎士団」という汚名がついたため離脱する騎士が多く、「リクエスト」時の死者も重なって今では2流の下という騎士団になりましたが、離脱した騎士の多くをアクエリアスが吸収して戦力を保っているという事情があります。この時の責を問われたのがモナフィート卿です。」


 メルーシャの説明に、バンスの眉間の皺が深くなった。

 その時の責任を懸命に果たしても、結果がその後の評価を左右する。

 当然ではあるのだが、自分にはそこまでの覚悟はない。

 いいところ、冒険者と呼ばれる便利屋のチームの中で細々とやるのが似合っている。


 自分は強い。

 そう思ったこともあった。

 だが、今の自分にそんな驕りはなかった。

 賢者と呼ばれるこの星の外から来た者たち、強大な力を持つ「魔物」、その姿すら変えられる美貌の魔導士のアルクネメ・オー・エンペロギウス卿、そして化け物のような「魔導力」を持つ我が娘リーノ。

 この世界は怪物ばかりだ。


「今の副団長はこの国の騎士ではありません。」


 自分の考えに埋没しそうになるバンスの耳にその声が入ってきた。


「メルーシャ殿、それはどいう事ですか?」

「ガールノンド・ミリッター卿はムゲンシンの聖騎士です。」

「ムゲンシンって、一応は友好国だとは思うが…。聖騎士ってことは八百万神教の信者だろう?」

「ああ、そこは微妙です。八百万神教というのはそんなに規律は厳しくありません。僧侶の階級など厳しい修業をしてるとは聞いてますが、騎士団は全く意味合いが違います。神教を守ると意味合いもありますが、基本は国を守るという事だそうです。」

「国を守る聖騎士が、何故他国の騎士団にいるんだ?意味が解らん。」

「あの国にはこんな言葉があるそうです。「情けは人の為ならず。巡り巡って自分を助ける」。」

「助け合って生きていく、ってところか。ん~、俺にはわからんが、強いのは間違いがないか。」

「やっぱり強いんだ。でも、さ、アルクお姉ちゃんほどではないね。ね、アルクお姉ちゃん。」

「あまり相手をなめてかからない方がいいわよ、リーノ。」


 リーノがバンスの肩越しに後ろの方向にそう声を掛けた。

 その声に答えが返ってくる。

 バンスはその声に、振り向いた。


「お久しぶりです、バンス卿。」


 その美しさ、そして強さをさらに高めたアルクネメがそこにいた。


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