第28話 模擬戦の提案
これが賢者の力。
ブルックスの背中に戦慄ともいえる寒気が拡がった。
この少女に対する観客たちの反応こそ、圧倒的な賢者の力だ。
今、この空間にあった「テレム」が一つの意思となって、ただ一人の人間の意思に従っている。
ブルックスにはそう見えた。
だが、それでも、その流れに全く動じない力もまた見えていた。
一人は間違いなくリーノという「最高魔導執行者」という栄誉を受けた少女である。
そして政府高官とみられる来賓席に座るものの中に一人。
そして、2階観客席に強烈な「魔導力」を宿したものが一人。
ブルックスの感知した者たちの周りには、一つに意思に凝縮された「テレム」がまるで避けるかのように、その周辺をよけているように見えていた。
「私からの祝辞は以上だが、ここでひとつ、私から提案したいことがある。」
この儀礼場の落ち着きを取り戻したところで、「サルトル」が右手を軽く上げそう言葉を発した。
「当初の予定では、明日、ここの格闘場で行われる予定であった、魔導術式格闘の模擬戦なのだが、今日行う事にはできないものだろうか?」
そう言ってこの式典を進行していた学校関係者、副校長と見受けられる壮年の男性に目を向けた。
恐らくすでにその手配は整えられていたのだろう。
先程、マーネットの話では賢者の式典参加は2日前という土壇場で決まったという事だった。
その時にその旨も伝えられていたのだとブルックスは考えた。
すぐに問いかけられた人物に若いスーツ姿の男性が駆け寄った。
何事か話している。
てっきり既に決まったシナリオに従っているのかと思っていたが、違うらしい。
ブルックスは慌ただしく舞台の下で行われている職員たちの動きからそう判断した。
「今回無理を言って参加させてもらっているので、これは私の我儘だ。ただ、私に限らず我々の組織の者がここを直接見る機会というものはそうはない。出来れば、ここの学生の今の能力を見ておきたい。」
そう言って舞台下の職員たちに視線を向ける。
ブルックスもこれからのスケジュールはマーネットさんが渡してくれた伝達書類通りに「リング」にアクセス権を設定して、個人用に渡された「覚石板」を起動させ、チェックはした。
今日はこの式典終了後、各寄宿舎で今後の日程の説明を受けることになっている。
明日、エキジビションマッチとしての模擬戦が行われると記されてはいた。
それを今から?
決まった人物が今ここにいるのなら、それほど難しくないのか?
「申し訳ありません、「サルトル」様。明日、模擬戦を行う予定だった人物が、まだこの学校に戻っていません。格闘戦術担当の講師なのですが…。」
「ああ、ダニエル君が担当だったね。それはこちらも悪かった。彼は今、塔の方で今朝がたの騒ぎの対応をしていたからね。」
その講師のダニエルという先生はきっと、ヒングル達を引き取った精悍な人であろうことであろうとブルックスは当たりを付けた。
確かにかなりの「魔導力」を持っていた。
「では、こちらから指名しても構わないか?」
「その人物の技量にもよるかと思いますが…。」
「一人はこの学年の「最高魔導執行者」リーノ・アル・バンス君に頼みたい。」
いきなり「サルトル」の指名に、しかしその少女、リーノは勢いよく立ち上がり、「はい」と元気よく答えていた。
まるで指名されたことが嬉しくてしょうがないようだった。
「君の実力はよく知っているよ、リーノ。だが、この学校の中には君が「最高魔導執行者」に選ばれたことに否定的な者もいると思う。だからこそ、その実力を見せてくれればいい。」
「分かっています、「サルトル」様。お気遣いありがとうございます。」
「それで、その相手なのだが…、アクエリアス騎士団、副団長であるガールノンド・ミリッター卿、頼めるかい?」
そう賢者から指名された人物がスッと立ち上がった。
「謹んでお受けさせていただきます。賢者「サルトル」様。自分も高名なバンス卿のご令嬢、リーノ卿の噂は伺っています。一度剣を交えたかった。」
賢者に快諾している騎士は、先程の「サルトル」の演説に流されなかった政府高官の席にいた人物だった。
実戦経験を豊富に持つであろう、3大騎士団の一角、アクエリアス騎士団で副団長を務める偉丈夫。
今は政府側の立場のためか、スーツ姿だった。ただその鍛えられた体格は、そのスーツを今にも壊しそうであった。
「リーノ。君の悪評は騎士の間でかなり広まっているようだな?」
「「サルトル」様は本当に意地悪ですね。それは、つい1年ほど前の私です。今ではお姉さまの言いつけを守っていい子にしてます。」
「あの闘いがいい経験になったことは喜ばしい。という事で、ソウル副校長この二人の闘える場所を提供して欲しい。2時間もあればセッティングは出来るだろう?」
「は、はい!承知いたしました。すぐに整えます。ただ、場所は屋外になってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「うむ、それはいい選択だ。いい子になったと本人は言っているが、リーノが暴走したら屋内施設がどうなるかわかったもんではないからな。」
「「サルトル」様、それは酷いと思います。」
「君のせいで、「バベルの塔」の中にあんなに広大な空間が出来てしまったのだぞ。よもや忘れてはいまい?」
「それは…、そうですけど…。」
「では13時に、屋外戦闘演習所で、行う事でいいかな、ソウル副校長、バイオルム校長。」
いつの間にか副校長の横に、最初に挨拶をした校長の姿があった。
賢者の我儘を聞いた瞬間には各所の警備や場所の確保などに奔走していたと見える。
それにしても、賢者と「最高魔導執行者」リーノという少女はかなり親し気な雰囲気だ。
既にこのやり取りだけでこの少女の安全は確保されたのではないか。
ブルックスは素直にそう思った。
賢者はこの学生の力量を見たい、と言っていた。
だが選んだ相手はその力量を充分知り尽くしているような気配を見せる一人の少女だった。
これは、今後の少女の身の安全を考えたうえでの演技にしか思えない。
だが、そう思っていたのはブルックスだけらしい。
周りでは、その少女の「魔導力」並びに格闘技術を確かめられるという事に湧いていた。
さらにアクエリアス騎士団副団長、ガールノンド・ミリッターという人物がいかに強いかという話も聞こえてきていた。
「それではこれにて入学許可式典を終わります。日程に変更が出来ましたが、このあと13時よりアクエリアス騎士団副団長、ガールノンド・ミリッター卿と、今年の入学生で「最高魔導執行者」リーノ・アル・バンス学生による模擬格闘術を開催します。新入生はこの試合をしっかりと見るように。以上。」
副校長の閉会の辞を合図に政府高官、王族たちが護衛に囲まれながら退席した。
その後は皆バラバラに席を立つ。
ケルヴィン・ゾ・ロングネアがブルックスとコウイチ・ホシノ・ヴィーウィンを睨みつけ、そのまま出口に向かった。
ブルックスはそんなケルヴィンを不思議そうに見送った。
この学校に入学してあの態度は直に潰れるんじゃないか。
正直そう思っていた。
「あの人、失礼ですね。」
ブルックスがケルヴィンを見送ってる表情にコウイチがそう話しかけてきた。
その方に顔を向ける。
「まあ、貴族様が平民に対する態度なんてあんなもんなんだが。それが許されないから、入学者はすべからく伯爵位を与えるという規則になったんだよ。そこをよく解ってないな、あいつは。」
「そうですね。ある意味、ここは実力のみが上下を分けるものですからね。」
「おお、よく解っているな、えっと、ヴィーウィン君。」
「そりゃあ一応正式な入学手続きに来た役人さんに嫌というほど聞かされましたから。「魔導力」そのものの強さもですが、基本はその使い方だと聞いてます。ハスケルさんはその辺りが得意そうな感じですね。」
「そういう訳ではないけど…。17という年が少しは経験として影響しているのかもしれないな。」
そんなことを話しているとスコットがランデルトを連れて現れた。
「あれ、ランド先輩、どうしてここに?」
「う~ん、俺もよく解らないんだが、マーネットさんに後輩の面倒を見るように、って言うかブルックスを監視しろって言われた。」
「えっ、なんで?」
「俺も要領は得ないんだが、賢者の挨拶時、凄い目で賢者を睨んでたって聞いたんでね。」
「何を言ってるんだ、あの人は…。」
ランデルトの言葉にブルックスは絶句してしまった。
まさか、俺が賢者に喧嘩を売ろうとしているとでも思ったか、あの人は。
「それもそうなんだが、とりあえずマーネットさんの私室に連れて来いってことでね。わざわざ「リング」で呼び出されたよ。まあ。親睦会は2時間くらい遅れることになったから。まあいいんだけどな。何でも、騎士団の副団長と「最高魔導執行者」の模擬戦をやるって話じゃないか。マーネットさん、慌てていたよ。」
「やっぱり、いきなり決まったんですね、この試合。」
「らしいな。寮にいる在校生は、可能な限り観戦するように言われたよ。それより、この子は知り合いか?」
さっきから動けずにいたコウイチ・ホシノ・ヴィーウィンにランデルトが視線を送った。
「ええ。隣の席の新入生です。」
「は、初めまして、コウイチ・ホシノ・ヴィーウィンと申します。「テクネ寮」です。」
「おお、そうか。俺はランデルト・カスバリオン、3年だ。こっちはスコット・マーリオン。新入生だ。俺たち3人は「アルス寮」なんだ。まあ、よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。いろいろ教えてください。」
「そうだな、この際一緒に行くか?「アルス寮」寮母のマーネットって人に呼ばれてるんだが。きっといろいろ教えてくれると思うよ。」
「いいんですか、先輩?」
「大丈夫だと思うぞ。なんか軽食も用意してるって言ってたから、飯食いに行こう。」
あまりにもおおらかに言うランデルトにさすがにブルックスが釘を刺した。
「いいんですか?他の寄宿舎の子連れて行って?それになんか、他の人間がいてはまずい内容では?」
「いや、「サルトル」様絡みのことを、お前に聞きたいだけだ。心配すんな。それにマーネットさんはここの寄宿舎全ての責任者でもある。だから他の寮の子でも問題ない。」
「ならいいですけど…。」
マーネットさんもどこか抜けてる感はあったが、逆にこのランデルトという先輩はおおらかすぎる気が、ブルックスはしていた。
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