第27話 賢者「サルトル」の演説
「本日はこのクワイヨン国高等養成教育学校に入学されたことをうれしく思う。私は皆が「バベルの塔」と呼ぶ高度危険管理塔組織委員会に名を連ねる賢者の一人、「サルトル」である。今後、私を含め通称「バベルの塔」と呼ばれる組織との接触の機会も多くなると思う。その為、急ではあったが今回の式典に参加させてもらった。」
この一言は知らされていなかった新入生とその家族たちにとって衝撃であった。
「バベルの塔」そのものは知っている。
だが、その塔が意味すること、さらにその塔の住人と知られる賢者、一般の国民の中では伝説にさえなっている人物が目の前にいる。
それも10代前半の幼い少女の出で立ちで。
通称で呼ばれることが多い「バベルの塔」の正式な名称、高度危険管理という意味は分かるものの方が少ない。
高度危険がそのまま「魔物」を示しているという事実は政府上層部では一般的な知識であり、「バベルの塔」の存在意義そのものなのである。
「バベルの塔」は「魔物」からの人類に対する脅威を管理することにある。
「サルトル」を含めた賢者、そしてそれ以外の地下深くにいるこの惑星外知的生命体のメンバーは「魔物」からこの国を守る、そのためだけに存在している。
その究極的な目的は「魔物」の排除ではあるものの、その段階はとうの昔に諦められていた。
そして、アルクネメと、100年以上の生存を続けた結果、知的な思考を身に着けた「魔物」アクパとのコンタクトは全く違う目的の必要性を迫られている状況となった。
その「バベルの塔」が連携する23か国会議は、究極的にこの星の人類の健全なる成長というものも掲げている。
ただし、この掲げた目的は形骸化しているようにも「サルトル」は感じていた。
今回の賢者「サルトル」の入学式への唐突な参加は、リーノの入学という状況に対して行われた。
ツインネックモンストラムの出現、「特例魔導士」である騎士の叛乱、この2点での優秀な人員の損失はその穴埋めを急務としている。
通常時であれば数年待てばある程度の補充はできる。
しかし、今は謎の多い「敵」が存在するという事態の発生、そして強大な「魔導力」を秘めた魔導精神生命体と名付けられた「アクパ」という「魔物」とのコンタクトは、今後のこの国、しいてはこの星全土に関わる重大事だと捉えている。
「バベルの塔」で行われている極秘プロジェクトの一端が結果を出しつつある現在、その結果を織り込んだ防御態勢を早急に確立し、その「敵」からの攻撃を抑えつつ、その「敵」の情報の収集も合わせて行わなければならない。
「敵」は賢者たちの母星が絡んでいることを示唆する証拠が散見されていた。
優秀な人材を数多く必要としているのである。
「諸君は晴れて今日、「特例魔導士」と認定された。この「クワイヨン高等養成教育学校」の入学は最低で「特例魔導士」であることが必須である。この6年間でその素養を著しく伸ばしていってほしい。3年次進級時、5年次進級時にそれぞれの特性に合わせた専攻を選ぶことになる。卒業後は君たちは弧のクワイヨン国に奉仕する職に就くことになるであろう。そしてさらにこの星の人々のために身を捨てて働いてほしいと願う。」
とても10代前派の少女が語る内容ではない。
それと同時に放たれている「魔導力」も圧を持って聞く新入生にぶつけられている。
話術と、その目の動き、動かされる手、さらに「魔導力」がある意味催眠状態に落とし込むようにブルックスには感じられた。
ここにいる新入生のどれ程が、これが洗脳に近い手段であると思うだろうか。
半強制的に連れてこられた新入生。
だが、今は選ばれた護国の英雄への道を歩む気持ちになっていることだろう。
そのような新入生が多い中で、リーノ・アル・バンスは明らかにその挙動が異なっていた。
どういえばいいのだろうか?
その態度は楽しそうなワクワクした気持ちが、前面に出されるような「魔導力」の波動をブルックスは感じていた。
その「魔導力」が「サルトル」の「魔導力」をはね飛ばし、周りへと拡散していく。
「サルトル」の力と相乗効果を見せたのか、リーノの周りの学生は、何故か満たされた気持ちでいることが、離れたブルックスでも読み取れたのだ。
「今、我が国は明らかな分岐点に立っている。」
「サルトル」の口調が変わり、落ち着いた、それでいて深刻そうな表情をその少女は作っている。
「皆も知っている通り、2年半前に、恐ろしいことが起きた。「特例魔導士」である騎士団の団長があろうことか、この愛すべき国に叛旗を翻したのである。」
その言葉に場内が静まり返った。
大人たち、とくに王都近郊に住んでいたものにとっては悪夢以外の何物でもなかった。
「その叛乱の首謀者は「特例魔導士」であり、この学校の卒業生でもある。彼の不満から来た声明は決して一般の民に受け入れられるものではなかったが、一部の貴族や裕福な商人たちの共感はあった。結果、全国民が敬愛すべきティンタジェル・アル・クワイヨン前国王が殺害されるという悲劇が起こった。この叛乱は速やかに国軍の優秀な兵と、正義を愛するほかの騎士団によって鎮圧されたものの、多くの人命を失い、この星でも有数の美しさを誇る王宮が破壊された。記憶に新しいこの騒乱は、我々、そして政府高官に衝撃をもたらした。本来、この国を守る立場の人間を育成してきたはずの「クワイヨン高等養成教育学校」の信頼を揺さぶることになったのである。」
その時のことを思ってだろうか、多くの大人たち、政府の高官、王族、国軍兵士、警務局の警官、騎士たち、そして新入生の保護者達は胸に手を置き、黙禱を自然に捧げていた。
それだけ前国王は市民から慕われた証なのであろう。
「皆の気持ちは痛いほどわかるつもりだ。我々高度危険管理塔組織委員会のメンバーも前国王は職務の垣根を越えた友好を誓った仲であったのだから。」
そこで「サルトル」は一度顔を伏せた。
一拍の間その姿勢を維持したのち、顔を上げた。
「諸君の中にはこの学校への入学が意に沿わなかったものもいることと思う。だが、この学校は非常に特殊な学校であることをもう一度胸に刻んでほしい。この学校は、この国を外敵、「魔物」から人々の命や財産を守るためにああると言っても過言ではない。君たちの行動に、人々の幸せな生活が懸かっているのだ。そのことをもう一度、思い起こしてほしい。大きなことを考えなくてもいいんだ。君たちが愛する家族、恋人、友人を守るためにここにいる。そのことをもう一度再認識してほしい。」
「サルトル」の熱のこもった語り掛けに、新入生たちが目を離すことが出来ずにいる。
「魔導力」、それは使い方次第でいかなることも成し遂げることが出来るのではないかと、ブルックスは思っていた。
この演説は、新入生だけでなくすべての学生に聞かせたかったのではないかとも思われる内容だ。
この思考誘導が全学生に出来れば、今朝がたの騒動も未然に防げた可能性もあるし、去年起こったという荒くれ物の「特例魔導士」の事件も起こらなかったのではないか?
どちらも、たらればの話ではあるのだが。
「君たちの先輩には、先の話とは別に勇敢な人たちが多数いた。」
話の方向が変わった。
「反乱事件の起こった頃、あるミッションが行われた。このミッションがあったことが、叛乱を起こさせるきっかけになったというものもいたが、王都の守備が薄くなったという事は否めない。それほど大きな作戦だった。そして特例で、この学校の学生の1/3が参加した。」
「天の恵み」回収作戦だ、と直ぐにブルックスは分かった。
「その作戦執行時に、激烈な戦闘が行われたことは噂でも聞いたことがあると思う。この作戦域は「魔物」の巣窟として忌み嫌われているガンジルク山、その中腹に設定されていた。諸君も聞いたことぐらいはあるであろう。ガンジルク山絡みで行われる国からの依頼の類くらいは。そう、あくまでもガンジルク山麓に出現するウルフ級やタイガー級程度の「魔物」の討伐と言ったところだ。「魔物」の生態については入学後の講義で詳しく教えられるだろうが、やつらは「テレム」なしで生き続けることはできない。それゆえ、「テレム」が豊富に存在するガンジルク山を降りてくることは稀だ。姿を現すときはエサを追って出てきて周辺をうろつく程度ではある。
だがガンジルク山に入った調査団のことごとくは、「魔物」達の餌になり、生き残った者の伝承から、ガンジルク山への不要な侵入は厳に禁止してきたのだ。だが2年半前の「リクエスト」の概況は、その山の中に墜落した「天の恵み」の回収だった。」
この学校、「クワイヨン高等養成教育学校」に関連した歴史を紐解けば、2年半前の「リクエスト」について調べることはたやすい。
「バベルの塔」の指示の下、学生たちのうち、5,6年時の学生のほぼすべてがチームを組んで参加した。
結果は惨憺たるものであったと伝えられている。
生還者は7割にとどまり、その半数はケガを負っていた。
四肢の欠損も甚だしかったと聞く。
ただし犠牲者は学生だけではない。
国軍兵士、騎士団所属の騎士たち、冒険者、そして「バベルの塔」から参加した3人の賢者のうち、「カエサル」の消失が伝えられていた。
その山の中での死闘は、全く伝えられることは無かったが、その「リクエスト」に参加した者たちの口を完全に封鎖させることはできず、噂の範囲ではあるが、伝わってきた。
天の恵みが壊れており、そこから何かが流出した。
その何かに触れた「魔物」達が強大な力に目覚め、クワイヨン軍を蹂躙した。
「バベルの塔」の卓越した兵器群も沈黙し、多大な損害が出た。
最後は生き残った学生、騎士、冒険者が力を合わせて強大な化け物となった「魔物」を討つことに成功した。
大まかにはそんな話だ。
だが、ブルックスは、その化け物が、噂以上に危険な生き物であることを理解していた。
小型飛翔機を2本首の片割れの口の中に突っ込ませたのだ。
いくら自分が乗っているわけではないとはいえ、その口の中の印象は獰猛以外の言葉が出てこない。
今にも射出されそうな凶暴な光を前に、ただ小型飛翔機を加速させるのが精一杯だった。
その後の戦況はまったく知らない。
だが、今、「サルトル」はそれを語ろうとしている。
「その山の中には想像を絶した強大な化け物、魔物がいた。その首は2つあり、その口からは超高温のビームを放ち、「バベルの塔」が誇る武装兵器を一瞬で塵にするほどだった。そんな強大な化け物を倒すために騎士団と学生のチームが連携し、数名の犠牲を出しながらも仕留めることが出来たんだ。死んでいった者には大変に済まないという思いはある。だがその犠牲がなければ、このクワイヨンもどうなっていたかわからないほどの化け物だった。その強大な化け物は君たちの先輩が倒した。これはしっかりと覚えておいてほしい。」
その言葉にどれほどの重さがあるのか、聞いている誰もが「サルトル」を見つめている。
「今日、無事に「特例魔導士」と認定された君たちだ。きっと仲間たちと手を組み、この国の明るい未来のため、戦って、この国をより良い方向に導いていけるものと信じている。今、この国は君たちの力を欲している。是非、一人も脱落することなく、自己鍛錬と学びを両立させて、我々と共に未来を目指してもらいたい。以上で、私、高度危険管理塔組織委員を代表して、祝辞の言葉とさせていただく。清聴、ありがとう。」
瞬間、恐ろしいほどの静けさが訪れた。
と思ったところで地響きのような歓声がこの儀礼堂を覆った。




