第26話 入学式典 Ⅱ
入学式は予定を30分繰り下げて始まった。
開会の辞の後、このクワイヨン国高等養成教育学校の校長であり、ガーナ藩藩主を務めるサンザルト・ア・バイオルム侯爵の挨拶が続き、47名の入学許可者が読み上げられた。
男性28名、女性19名が読み上げられる中で、ある女性というか女の子の名が読み上げられた時に会場からどよめきが起こった。
リーノ・アル・バンス。その名の後に、最高魔導執行者という肩書が示されたからだ。
このクワイヨン国高等養成教育学校の特徴の最たるものは、国により強制的に入学させられているという事にある。
これは「リング」と呼ばれる出生時から左腕首に装着された器具により、その「魔導力」が監視されている。
厳密にいえば、「バベルの塔」が、全国民の「魔導力」を管理できるようになっている。
そのほかにも人々が元々備えている思考波でのコミュニケーション能力を補佐し、金融機関との通信を補助すると言った役割を担っているが、それらは基本的には他人が見ることの出来ない処理はされている、という事になっている。
非常にまれな事態には、そこに介入できるが、「バベルの塔」にはその意思がないという事が政府上層部は熟知していた。
だが、「魔導力」に関しては「バベルの塔」は積極的に介入し、この学校を管理下に置いている。
それだけ「魔導力」を警戒しているのだ。
その「魔導力」というものを疑似的に数値化し、それを管理している「バベルの塔」が、「特例魔導士」と認定し、さらにその年の一番の能力を示した新入生に、「最高魔導執行者」という肩書を与えている。
この肩書は、その1年間において、この学校内で特別的な優遇がなされる。
端的に言えば、この学校内でかなりの自由が認められるのである。
食事は基本無料であるが、有料の高級食材を扱ったレストランも数店あった。
主に貴族家の出自のものがわがままで作らせたものではあるが、その特別席すらも最優先で使用できる。
実技に関しての免除はないが、座学である講義においては、出席を免除される単元が多くあった。
その年齢に応じ、まだ常識すら持ち合わせない子供という意味で、別途の授業はあるのだが。
ただ、「魔導力」の使用方法と「テレム」との関係の実技は、ある程度の能力を示せれば、当然のように免除されることになっている。
逆に「最高魔導執行者」はその座についている限り、同学年の決闘を受けねばならないという規則があった。
この規則は、実際のところ、血の気の多いものがその学年で力が強いとされる者を倒し自分がその学年の王者であることを示そうとすることが多い。
そのため、新学年が始まった月に数件の決闘で終息するのが常であった。
当然と言えば当然なのだが、他学年、特に上級生からの決闘の申し込みは認められていない。
実技・知識共に多くを持つであろう上級生の方が有利だという事もあるが、逆に下級学年に完全な敗北を受けると、精神的に壊れることがしばしばあったのだ。
「特例魔導士」は国にとって非常に貴重な人材である。
知識・実技以外にも精神面のコントロールを重要課題として指導していた。
今回のリーノに与えられた「最高魔導執行者」の称号。
彼女はその発表に立ち上がり、胸を張って「ありがとうございます」と声を張った。
ブルックスはその姿に、今後の彼女への周りの嫉妬の目が気になった。
全く知らない少女ではある。が、自分に対して嫌がらせはどうとでもできるが、いくら力があると言っても、年下の女子は守るべき対象であると心の中で思った。
それはスコットにも抱いているイメージだ。
自分より「魔導力」はあると思う。
それでも自分のようにその流れを意識はできないだろうし、正確な「テレム」との関りも理解できていない可能性が高い。
当面、この学校で2年になるくらいまでは、自分の出来ることはしていこうと、ブルックスは自分よりはるかに強いアルクネメを想いながら誓いを新たにした。
ケルヴィン・ゾ・ロングネアを横目で見ると、引き攣った表情で、その小さな少女を見ていた。
「特例魔導士」に認定されたということは、その10代前半で「魔導力」が異常に高いことを意味する。
この学校に来ることが無ければ、その生活の場でかなりの自信を持っていたはずだ。
ブルックスのように、そしてランデルトのように継ぐべき家がある場合、「魔導力」は高くとも、「特例魔導士」に選ばれないことを望むこともある。
ブルックスがここに来た時も、自分がそれほど高い力を有していない自覚があるためか、その「最高魔導執行者」という栄誉もまったくの他人事であった。
だが、お山の大将たちにとって、その地位は非常に羨ましく、結果、妬みへとその心情は転嫁することになる。
それくらいの想像はブルックスにも容易についた。
明るく返事をした少女と、それを恨めしく見る目。
新入生のいるフロアは嫌な空気が漂っていることに、ブルックスは自分の気持ちが落ち込むのを感じた。
一通り新入生の名が呼ばれ、その後に校長の「以上の者入学を許可する」という言葉で締めくくられた。
その後は何名かの政府高官、さらに国王代理の第2王子ジャカルティア・ビル・クワイヨンが祝辞を述べた。
ブルックスは要人たちの「魔導力」を確かめようとしていたのだが、舞台裏に存在する強大な「魔導力」が、舞台中央で挨拶する人間の「魔導力」を完全に隠してしまっている。
いつもはそんなに「魔導力」そのものを見ようとはしない。
ブルックスは絶対的な「魔導力」というものよりも、その流れと「テレム」との関係に興味があった。
その「魔導力」を操る人物がいかに「魔導力」を使ったときの「テレム」を変化させて用いているか、その結果の現象自体に興味を持っている。
シリウス騎士団防衛大隊をまとめ上げているオズマ・リッセントリーとの訓練時にも、多くの剣技を見た。
ロングソード現象、光弾放出現象、大地衝撃連動現象などは、多くの「テレム」が「魔導力」に沿って様々に凝集・形成していくその状態が、ブルックスには美しい絵画のごとくその瞳に映った。
そして、負傷している騎士に対して「医療回復士」が「テレム」をその損傷部に集め、疑似的な筋肉や神経、皮膚を形成させて出血を止めた後に、輸血や消毒、場合によっては異物を機械を使って取り除いていく。
「魔導力」のみに囚われず、そうやって欠損部位をも修復していく姿は、ブルックスにとって、魔道工具以上の知識欲を刺激された。
鍛冶屋「ハスケル工房」を純粋に継ぐ夢は断たれた。
それは祖父にも両親にも申し訳ないと思ってる。
あそこは知的欲求を刺激し続けてくれた場所でもある。
だが、この「クワイヨン国高等養成教育学校」は、もっと大きな知識を自分にもたらしてくれる。
そういう期待は大きかった。
だが、今は想像以上に強い「魔導力」を示す存在、賢者に心を奪われていた。
賢者「サルトル」とは「覚石板」越しや、「天の恵み」回収作戦時のテレビとカメラという装置越しに何度か話はした。
しかし、直接会うのはこれが初めてと言っていい。
あの最外城壁都市セイレン市では遥か遠くにその姿を見ただけだった。
だが、いくら遠かったとはいえ、これほどの「魔導力」に気付かないはずはなかった。
もしかすると賢者という存在は、「魔導力」事態を完全にコントロールし、その発現を自在にできるのではないか。
実際、「魔導力」は平時と、使用時にその力の大きさは変わるのだ。
それを意識的に賢者ができたとしてもおかしくはない。
そして今は、これから、この国を支えるべき人間たちが集まっている。
この新入生たちにその力を大袈裟に見せるという事が、何よりの祝辞だと思っているのだろう。
だからと言ってすべての新入生がそれを理解できるものではない。
それがおそらくノーマルと言えるだろう。
だが、舞台裏の圧倒的な存在感に気付いた少年少女は少なからずいた。
先の「最高魔導執行者」である、リーノ・アル・バンスもその一人だった。
この席からリーノがどのような表情をしているかはわからなかったが、明らかにその体が硬直している。
そう言った学生が見える範囲で5人以上は確認できた。
驚いたことに、昨日からの知り合いであるスコットもその小さな体を震わせ、その目が驚愕に見開かれていた。
きっと、これらの学生を賢者は正確に把握していることだろう。
その圧倒的な存在感で、しかし実際には10歳程度の少女が舞台裏からその姿を見せた。
銀髪を肩のラインで揃え、前髪も眉毛が隠れる程度で揃えられている。
その顔も美少女の部類には入るのかもしれないが、年齢的なことを加味すれば幼い可愛らしさだ。
背丈も140㎝あるかどうか。
それでもパンツルックのスーツでの登場は、違和感が大きい。
演台にはきっとその背丈に見合う台が用意されたのだろう。
顔しか見えないと思ったら上半身がしっかりと見える位置に持ち上がったように見えた。
その髪の毛と同じ銀色の瞳が、聴衆を見回す。
その眼力は、とてもその年代の少女が出せるものではなかった。
進行を担当する男性の声が聞こえた後、その少女が口を開いた。




