第25話 入学式典
第2章、始まります。
クワイヨン国高等養成教育学校入学許可式典会場は、この高等養成教育学校中央儀礼場において行われる。
正門から緩やかな上り坂を上がり、国軍兵士・騎士団駐在所を兼ねる事務棟をくぐり、さらに噴水や四季折々の草花などが広範囲に置かれている中央広場を抜けると、講義棟にぶつかる。
その講義棟から右折した先に中央儀礼所があり、その両隣には格闘修練所と魔導鍛錬所が聳えているという配置だ。
この中央儀礼所は、この学校の各儀礼式典、冠婚葬祭が行われるだけではなく、この国の重要な人物が講演や、格闘技術などを観覧する際にも用いられる。
また、この学校のみならず、国内で行われる研究学会が行われたり、さらには他国との交流を目的とした様々なイベントにも使用される。
大衆音楽、演劇、芸能一般にも使われる多目的ホールとしても有名である。
収容人員は最大で1万人を誇り、ここを超える収容施設は王立講堂と国軍儀典所くらいである。
この中央儀礼所も含め、有事の際は避難所として使用されるように設計されている。
これは他国との戦争がほぼ皆無と言っていいこの世界において起こりえる地震や気象変動などの天災、そして「魔物」の暴走に対応したものである。
その会場にはブルックスと同じような新入生の他に、その家族、教員、それ以上に政府高官級の人物たちが両脇の席を陣取っている。
さらに周りにその地位ある者たちの護衛と思われる私服、国軍制服、騎士礼服を着た者たちがいた。
ここのスペースはかなり広い。
そして新入生の数はそれほど多くはない。
そしてこの学校の在校生の姿はほとんど見られない。
にもかかわらず、息苦しさがブルックスには感じられた。
この異様な重圧は、単純に厳かな入学式典という儀典的なものというだけではなく、そうさせる何かがあった。
同じく入学式を迎える者たち、10歳から15歳という少年少女たちにとっては、これからこの学校で過ごすことの重大な意味を、この雰囲気が示していると誤解しているかもしれない。
ブルックスは、おそらく例年はここまでの重圧はないのでないかと思考する。
新入生たち総勢47人が中央にこの学校の礼服を纏い、静かに座っている。
ブルックスがこの儀礼式典会場に入った時の、自分を揶揄する囁きはすぐに消えた。
ブルックスたちの両脇に、この国を代表する政府上層部、そして王族たちが入場してきたからだ。
左脇には、事実上この国の政治権力のトップである司政官ユミル・ザラトウストの代理政務官を筆頭に行政府、国家議会議員、国軍司令官、最高裁判所判事連、経済連友会、医療連合など、この国を実質動かしているそうそうたる肩書を持つ者たちが並んでいる。ざっと見て30人強。
右脇には王族をはじめ、貴族院議員、王貴族連盟、騎士団代表と各藩主またはその代理たちが、これまた40人近くが座っていた。
新入生の後方はこの「クワイヨン国高等養成教育学校」の教職員及び騎士の礼服を纏った者もならび、100名を下らない者たちが座っている。
2階の観覧席には保護者たちに交じり、警護の者と思われる私服の者から、警務局、国軍兵士、騎士までもが至る所で溢れていた。
新入生の座る席は指定されており、椅子にフルネームと出身地が記されていた。
既に9割方席についている新入生をかき分けて自分の名が記された椅子に座った。
「ミリノイ藩アルトラクソン市出身 ブルックス・ガウス・ハスケル」と記された椅子の右横には12,3歳くらいの少年が座っていた。
左横にはまだ誰も座っていない。
「スマトリア藩キルヌイ市出身 ケルヴィン・ゾ・ロングネア」と書かれていた。男性と女性の席が別れている感じなので、おそらく男性。
そしてミドルネームが1文字か2文字の時は貴族であることが多いと聞いたことがある。
まあ、アルクネメは1文字であることから、必ずしもそうとは限らないのではあるが。
スマトリア藩の藩主はマシトルヌア・エス・トランジット伯爵。
その下には10くらいの貴族がいたと思うのだが。
ブルックスの実家である鍛冶屋「ハスケル工房」にも貴族の名代が買い付けに来ることがある。
その為有力な貴族の名前くらいは頭に入れてある。
ただスマトリア藩は実家から見て王都の反対側に位置しており、顧客は多くない。
「あの~、ここに座ってるってことは、お兄さんも新入生なんですよね?」
「ん、そうだよ。というか、ここに座ってるのは全員新入生だろう?」
「そうなんですけど、お兄さんが大きいから、つい……。」
その少年は恥ずかしそうに俯いた。
席の名札を見ると「コウイチ・ホシノ・ヴィーウィン」と記されている。
出身地が、因縁のあるセイレン市であった。
「お前だろう?噂になってるぞ、17歳でこの学校に入学した「高齢者」だってな。」
ヴィーウィン少年に視線を向けていたブルックスの後ろからそう揶揄うような口調の声が聞こえた。
振り向くと薄い紫の髪の毛を短髪にした体格のいい少年が立っていた。
年の頃合いからだと、今話していたヴィーウィン少年より少し上といったところか?
まあ、自分を「高齢者」扱いしてるところを見ると15を超えていることはないだろう。
「ああ、17歳のブルックス・ガウス・ハスケルだ。「高齢者」と言われるほど年は取っていないつもりだが?」
「はん!この学校は最高でも15歳が上限なんだ。17歳は充分「高齢者」だろう?」
「だとすれば同じ新入生としてもっとフランクに話すか、年上に敬意を持って話すかのどちらかにしてほしいもんだな。いきなり喧嘩調の蔑んだもの言いは感心しないぜ。」
そう言ってブルックスが立ち上がる。
相手はブルックスの15㎝以上は背が低かった。
「その席という事はケルヴィン君だね。貴族の出身かい。」
「あ、ああ、そうだ。俺の名はケルヴィン・ゾ・ロングネア。ロングネア子爵家の三男だ。トランジット伯爵様の一門に連なる名家の出だ。貴様たち平民の愚劣な血ではない、高貴な血が流れているんだぞ。」
やっぱり貴族なんてもんは愚かなものだ。
特にその子供は自分には何の実力もないくせに。
とはいえ「特例魔導士」に認定される力を有してはいる、という事は最低限の実力はあるとみるべきなのか?
「いきなりその態度もどうかと思うが、こちらが平民と決めつけるのはよくないな、ケヴィン君。」
わざとファーストネームを呼ぶのは、その子爵の地位がここでは何の役にも立たないことを教えておく必要があるとブルックスは思ったからだ。
「な、なんだと。し、しかし、お前のファミリーネームなど、貴族の名簿にはどこにもない‼」
「そりゃあそうさ。ハスケル家は代々金属の精錬を生業としてきた由緒正しき鍛冶屋だ。何の生産性もない貴族家と一緒にされては困る。」
ブルックスは自分で言いつつ、この近くにいるであろう貴族の出身者を敵に回した自覚があった。
「やっぱり平民ではないか‼」
「違うよ、ケヴィン君。」
「人のファーストネームを気安く呼ぶな、平民風情が。」
「だから違うよ。この学校に入学したという事は、その時点で伯爵位と同等の爵位と、大尉と同等の権限を付与されるんだ。司政局の役人から聞かなかったの?爵位だけで言えば、君の実家よりも俺にしてもこのヴィーウィン君にしても、上の存在なんだよ。ああ、当然君自身も伯爵だよ、ケヴィン君。」
さすがにこの言い合いは、周りの大人が気づくには十分の音量でしてしまったらしい。
近くにいた教職員と思われる、銀髪の、いや白髪のスーツを着た男性がこちらに早足で近づいて来た。
「君たち、何をやっているか!大声で喚くんじゃない!今日のこの式典は、重要なお方が起こしになってるんだ!静かに席について待っとれ‼」
ブルックスはその老人と言って差し支えない年をした男性の注意を聞きつつ、周りの大人たちの異常な緊張を感じ取っていた。
「魔導力」が分かるという事は、いくら「心の壁」を頑強にしていても、その期の流れを推察することは十分できた。
そう思いながら、目の前で注意され悔しそうに席に着いた、ケヴィン・ゾ・ロングネアの「魔導力」を見てみた。
やはり、権威に載って増長しているだけの子供で、力自体は「特例魔導士」に認定される力としては弱く感じた。
もっとも、その判定は「バベルの塔」がやっているので、現レベルだけがその対象でないことも解ってる。
でなければ、ここにいる新入生の大半は、ここにいる資格はない。
何故なら17で入学するブルックスより、皆力が弱いのだ。
だが、そんな中で、明らかに大きな力を数か所で感じた。
その何名かは新入生に、そしてそれ以外の大部分が王族の座る席から発せられた。
だが一番強いものは、自分の力をはるかに超えた化け物めいた力であり、それは舞台の端の方から感じられた。
ブルックスの目には、そこに10代前半くらいの女の子が見えた。
賢者「サルトル」であった。
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