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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第1章 クワイヨン国高等養成教育学校 入学前
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第22話 入学式への道

 食堂から出た学生たちはまるで示し合わせたように、「テクネ寮」に向かった。

 ランデルトに小突かれ、ブルックスも消沈したまま、ランデルトたちの後に続き、バイクが置かれているであろう場所に向かう。

 スコットとテキスベニアがそれぞれが違う思惑で自分を見ていることが、彼らのわずかな思念波から読み取れた。

 純粋にバイクを見たいという思い、そして3人を一人で無力化させた新入生。


 確かに「アルス寮」寮監であるマーネット・ムル・ラーシェンの言っていることに間違いない。

 3人を無力化したのはブルックスである。

 だからと言って、「魔導力」が強いという事にはならない。

 オルリングとの戦いは数歩譲って自分の力だとしても、他の二人は夜に紛れた奇襲と、彼らの未熟さによる。

 オルリングが自らの体内を防御し、「テレム」の外部からの誘導を撥ねつけるという事は、「特例魔導士」に取っては誰にでもできる筈なのだ。

 さらにオルリングとの戦いに際しては、「テレム」発生器と「テレム」分解器の併用によるものだ。

 つまり相手からすれば未知の機械を使用された上での戦闘をブルックスが仕掛けたのである。

 過剰評価にもほどがある。


 しかもそれを行ったのが警備兵ではなく、バイクの所有者とまで言ってしまったのだ。

 ブルックスの胃が軋み、先程の朝食を戻してしまいそうだった。


 バイクの置かれているところは人だかりができていた。

 いかにも毒々しい薄紫の靄に囲まれて、うっすらとバイクが見える。

 その周りに柵が急遽設けられ、有刺鉄線が張り巡らされている。

 さらに警備兵とみられる3名と、軽甲冑に身を包んだ騎士と思われるものも1名立って学生たちににらみを利かせていた。


「さすがに朝の騒ぎの後だとこうなるか、ブル。」


 ランデルトがお気楽にもそう言ってブルックスに語り掛けた。

 ブルックスはその言葉に苦笑交じりに頷いた。


「あの紫色の中のものがバイク?」

 スコットが小声でブルックスに聞いてきた。

 この人だかりの中では、変にその単語は使ってほしくないな、と思いながら、またただ頷くだけだった。


「これではよく見えん。王宮騎士もいるんじゃ、どうしようもないな。」


 テキスベニアがそう言った。


「王宮騎士がわざわざここに来るんですか?」

「なんで王宮の人間がというなら、マーネットさんがいるからだろう?彼女が王家に縁のある人物なこと、知らなかったか?」


 テキスベニアの言葉がブルックスとランデルトに深く突き刺さる。

 縁があるどころではない。ラーシェン公爵の孫娘で、王宮の末席に位置するお姫様だ。

 今でも侍女のふりをした重機甲騎士が1日中警護をしている。


「マーネットさんの要請と「バベルの塔」のはからいでもあったんじゃないのか?」


 騎士の左胸に、大鷲が翼を広げ、そのバックに二本の剣がクロスした紋様が描かれている。

 このクワイヨン国の国民なら誰もが知っている王家の紋章だった。

 だが、それよりも厄介な人物がブルックスのバイクを警護していた。

 学校付き警備兵副長の任にある水色の髪が特徴的な女性兵士、マリーネム・コウダウンだった。

 今日の夜明け前の事情聴収は守備隊長サモンズ・ミリネルが行っている。

 交代で副隊長が来ることは充分に考えられるが、今、下手に呼びかけられるのはまずい。

 ブルックスは見つからないようにその場を後にする。

 スコットがそのブルックスに反応して、慌てて後からついてきた。


「ブルックスさん。どうしてこそこそと逃げるようなことをしてるんですか?」

「逃げているわけじゃない。そろそろ入学式の時間だろうと思ったまでだ。」

「いや、流石にそれは…。まだ30分以上の時間がありますよ。いくら伝達で、新入生は正門から来るようにと言われてたって。5分もあればいけるんじゃないですか。」

「あそこの警備兵に顔見知りがいるんだ。今ばれると、それこそ入学式に間に合わない。」

「それは、確かに。僕もお供しますよ。」

「早めに着く分には、文句は言われんだろうさ。」


 足早に寄宿舎の出入りの門に行こうとした二人。だが…。


「ちょっと待ちなさい、ブルックス・ガウス・ハスケル。」


 聞き覚えのある、少し高めの柔らかい声がブルックスにかけられた。

 そのまま立ち去りたかったが、そうもいかないだろう。

 軽く息を吐き立ち止まる。


「なんですか、マーネットさん。知ってることは全てお話したと思いますよ。」


 振り向いてブルックスがそう告げた。


「スコット君。入学式が始まるわ。貴方は早く行ってなさい。」

「は、はい、わかりました。マーネットさん。」

「え、自分も入学式が…。」


 だが、明らかに凍てついたマーネットの笑顔にその後の言葉が出なかった。


「ブル君、まだ聞きたいことがあるわ。私の部屋まで、どうぞ。」


 そう言って先を行くマーネットに付き従わざるを得なかった。

 ブルックスの「魔導力」感応が、光学迷彩により姿を消している侍女の存在を教えていたのだ。

 今ならその二人をかいくぐり、入学式に向かう学生にまぎれることも出来そうだったが、どのみち数時間後には捕まることが分かっていた。

 ここは素直に従うべきだろう。


 マーネットは部屋に入るとすぐに、ソファに座り向かいの席をブルックスに勧めた。


「マーネットさん。自分も新入生なんです。入学式に参加しないわけにはいかないんですよ。」

「それなら大丈夫。30分は式自体が遅れることになったの。今日未明の騒動を、どう新入生たちに伝えるかという事でね。今回の入学式には政府高官、王家から通常道理国王代理の者が貴賓として出席するんだけど、急遽、「バベルの塔」からも出席の意思が伝えられたのよ。」

「ここは確か「バベルの塔」直轄という事ですから、当然じゃないんですか?」

「いつもは「バベルの塔」に出向している政府事務官の長が出るのだけど、今回はその人物以外に参加を希望してきたの。二日ほど前にね。」

「その慌てようからすると、かなりの高位の方ですか?」

「ええ。「バベルの塔」の住人、賢者「サルトル」様が出席するという事なの。」

「それではかなりの警備の必要がありますね。二日前とは、それは関係者は大忙しだ。」


 完全に他人事として聞くブルックスに、かなりきつい目でマーネットが睨みつけてきた。

 それを介さず、ブルックスは少し冷めて飲みやすくなった紅茶を啜る。

 香しい匂いが口から鼻に抜けた。

 ブルックス個人としては、「サルトル」であれば一応の顔見知りで、基本的には温厚で知られている。

 見た目が少女であるので、公に出ることは少ないはずだが、何かしらの意味が「バベルの塔」にはあるのだろう。


「二日前に決まったこと自体は異例だし、準備に時間がないこともあった。でも昨夜までは、しっかりと態勢は整っていたの。王宮の騎士団の手配も、メルナをはじめ、重機甲騎士も8人ほど集まって陰からサポートに入った。でもここで予想もしなかった事態が起きてしまった。」


 やっと自分がここに連れて来られて話さなければならないことを、ブルックスは理解した。


「退学者の件ですか?」

「簡単に言えばそう。でも、そう言う不心得者の選別もこの学校のシステムに組み込まれているから、珍しいことではないわ。問題はそこに君が関わっているという事。「サルトル」様をはじめ「バベルの塔」との距離が通常では考えられないくらいに近い君が、この事件の関係者という事が、非常に我々の立場を危うくしている。」

「いや、それはちょっと。自分がわざとヒングル先輩にバイクを盗ませようとしたわけじゃあるまいし…。」

「わたしから言わせてもらえば、そっちの方が助かるわ。君が「バベルの塔」の指示に従い、バイクという餌を使い、不良「特例魔導士」を燻り出すためにここに来たというストーリーの方が、分かりやすいもの。」

「そんな無茶苦茶な。」

「バイクという機械を駆り、17歳という上限を超えた年齢でこの学校に入学、さらに高学年のこの学校の学生3人を無力化する技能、「テレム」の研究を許されている事情。全てが私たちにとって、異常事態なのよ。だからもう一度、ここに来た過程と、今朝がたの騒動についての事情聴収をしておきたいの。必ず「サルトル」様がその事情を聴くはずだから。」


 自分にすらわからないことを聞かれ、ブルックスは困惑した。

 いや、分かっていてマーネットやこの学校の関係者には言っていない、「バベルの塔」との関係はある。

 だが、そのことはどのようなことがあってもいう訳にはいかない。

 それこそが「バベルの塔」との重要な契約である。

 自分の好きでやっている「テレム」関連の研究はその契約の中の条件なのだから。


「この学校に来た理由なんか自分に分かる筈もありません。「リング」がファンファーレを鳴らした。それだけです。自分の「魔導力」がどのくらいのレベルなんて知りようもないですし。賢者や「バベルの塔」との知り合いが出来たからと言って、入学できるような学校ではないでしょう?この「クワイヨン国高等養成教育学校」に入学出来たからと言ってバラ色の人生が待っているわけではない。どちらかと言えば茨の道です。」

「そうね、確かにこの学校の入学は茨の道の始まりね。「特例魔導士」を探し出して篩にかける、というのも目的の一つだし。その能力と適正によってこの国を担わせるという大義も事実だけど、本当の目的は「バベルの塔」の住人しか知りえないわ。「バベルの塔」の住人たちが何を考えているかなんて私達にはわからない。もともと「バベルの塔」が何故存在するのかすら知らないのだから。」


 少し悔しそうにマーネットがそう呟いた。

 その姿に、この国において、いやこの世界においていかに「バベルの塔」が異質で異常であることを痛切に感じた。

 王族ですらこういう想いを抱いている。

 王族、貴族といった種族すら超越する存在である「バベルの塔」という存在。

 この国の文明より明らかに先に行っている科学技術。

 自分がこの学校に入学する意味が何なのか。

 さらに深い迷宮が存在していることだけは理解した。


「それで、ブルックス君は無力化した3人より「魔導力」があるとは思わないの?あなたの自己評価をもう一度確かめたいの。彼らの行為自体は問題だけども、この学校で3年以上の訓練を受けた者たちよ。その3人に対して、全くの無傷で捕らえたあなたの能力。「テレム」を見ることが出来て「魔導力」の流れを認識できるだけでは、この状況を説明できないことは解るわよね。」

「自分の開発した機械の力もありますが…。その開発技術も含めて自分の能力というのならば、明らかに彼らより能力は自分の方が上回っています。奇襲が成功したという事もありますが、最後に拘束したオルリングという人との闘いが唯一の戦闘行為です。その時の彼の戦闘技術が4年次の学生の平均だというのなら、私にここで学ぶことはさほど多くないというのが実感です。」

「そう。貴方がしっかりと自己評価が出来ているのならいいわ。少しランド君がそのことを心配していそうに見えたから。「特例魔導士」に認定され、3年以上ここで過ごしたものを簡単に倒せる能力が新入生にあるなんてね。」

「そうは言っても、馬鹿にしているわけではありません。自分はこの2年、この自分の特殊能力である「テレム」可視化の能力を鍛えて、さらに体力の向上、格闘技術、体幹訓練、「魔導力」を強めるように努力しました。「特例魔導士」に認定されてからは、騎士団の方の直接の指導も受けましたよ。自分の目的のために。」

「その目的を教えてもらっていいかしら?」

「他愛もないことです。愛する人を守りたい。それだけです。」


 そう言った時のブルックスの瞳の奥に冷たい炎があることに気付き、マーネットの体の芯が震えるのが分かった。

 そして護るべき人物に心当たりがあった。

 彼女を守る側に立とうとすれば、想像を絶する努力がいるだろうことも。


「そうね、凄く単純で、尊いものね。わかったわ、ブルックス・ガウス・ハスケル君。もしかしたら、入学式の後にまた何かあるかもしれないけど、出来うる限りこちらで対処する。それでね。」


 そう言いながら、マーネットが真剣な目でブルックスを見た。


「はい、何でしょう、マーネットさん。」

「何かあったら、そう、助けがいりそうなときは、私を頼って。貴方から見たらあまり役に立たなそうに見えるかもしれないけど…。それなりの人脈を持っているの。だから、必ず、ね。約束して。」


 何をどう助けてくれるのかは全くわからなかったが、ブルックスはその瞳と、そして溢れてくる温かい心の波動をしっかりと受け取った。


「わかりました。何かあった時、頼らせていただきます。よろしくお願いします。」


 その言葉に、マーネットは強張っていた表情をやっと緩め、笑顔を見せることが出来た。


「ええ、こちらもね。引き留めて悪かったわ。もう直に入学式が始まるわね。行ってらっしゃい。」

「はい、いってきます。」


 ブルックスがそう言ってこの部屋を出て行き、マーネットは全身の力を抜き、ソファに倒れ込んだ。

 すぐにメルナが現れた。


「ギリギリ、彼の信頼を得られたというところでしょうか?」

「それは分からないわ。でも、きっと彼は辛い目に遭うわ。彼女はきっと彼を守るために休学をしていたように思うの。なんとなく。」

「それはどうなんでしょう。もしそうならこの学校には戻っては来ないような気もするんですが…。」

「正確さにかけたわね。ここを休学したというよりも、彼に害が向かわないように姿を消した、という事よ。彼女にとっても、彼がこの学校に入学するとは思っていなかった。さて、と。」


 そう言って、一度ソファに沈めた身体を勢いよく立たせたマーネットが、綺麗な立ち姿のメルナを見た。


「重機甲騎士メルナ・ビスハインド、勅命です。直ちに礼装用制服に着替えなさい。」

「待ってください、マーネット様。それはどういう…。」

「もう隠者として存在を隠す必要はありません。入学式、および新入生歓迎会にて貴女の存在を公表します。ただし、名前はここに登録したメルナ・ビス・バイオルム、私の侍女兼警護の騎士として、そして校長であるサンザルト・ア・バイオルムの養女として。」

「それは、とんでもないことです!私は…。」

「もう過去のことは忘れなさい。それに重機甲騎士メルナ・ビスハインドはツインネック・モンストラム撃退戦により名誉の戦死をしています。それを覆すことが出来ない以上、この名を受け取りなさい。もう一度言います。これはこの国の王族の末席にいるマーネット・ムル・ラーシェンの勅命です。」


 その言葉にメルナは跪き、首を垂れる。


「王女閣下、ありがたきお言葉。勅命しかと受け止めます。」


 その言葉を言うや否や、メルナの姿が消えた。

 奥の部屋に着替えに行ったことはすぐにマーネットにはわかった。

 マーネットにはこの先を予測することはできない。

 それでも、メルナを表に立たせて、即応体制を取るべきであると直感が働いていた。

 今後数年、いや十数年に及び、この世界が劇的に変わるであろうことがマーネットの脳裏に浮かんでいたのだった。






 マーネットの部屋を出たブルックスは速足で「クワイヨン国高等養成教育学校」に向かった。

 正門には機能居た兵士の顔があり、軽く会釈をすると、手を振ってくれた。

 そのまま緩い上り坂を進むと同じ新入生たち以外に保護者とみられる大人たちの姿も見えた。

 その中で大柄で明らかに礼服に切られているという様な体格のいい男性の背中が見える。

 その横には小さな金髪の少女が横の男性を見て笑っていた。

 その男性の姿には何となく見覚えがあったが、誰だか思い出すことは出来なかった。


 そして坂の先にある「クワイヨン国高等養成教育学校」に目を向けた。

 ふとそこに見覚えのある姿を見かけた。

 正確には長い金に輝く髪のたなびく姿ではあったが…。

 いや、ここにいるわけのない人物だ。

 ブルックスはそう思い、その道を進む。

 2年以上前に止まった時が動き出していることに、ブルックスはまだ気づいていなかった。


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