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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第1章 クワイヨン国高等養成教育学校 入学前
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第20話 入学式の朝 Ⅰ

 それが何処かはわからない。

 ただ砂嵐が周りで起こっている。

 気付くと自分の足元も砂の中に沈んでいた。


 ブルックスは慌てて自分の持っていた片刃の剣、刀を地に刺し、懸命に足を抜こうとしていた。

 そんなブルックスは強大な「魔導力」を感じて振り向く。

 そこには大きな剣を振りかざした金髪が印象的な人物が、ブルックスを見つめていた。


 まずい、逃げないと。


 ブルックスは「魔導力」の流れに沿って周りの「テレム」がその件に集中しているのをはっきりと感じ、逃げようとした。

 だが、足が砂から抜けない。

 ブルックスはその人物の生体内の「テレム」を操作しようとしたが、全く動かない。

 空気中に僅かにある「テレム」をぶつけたが、相手は一向に怯まない。

 そして、その剣がブルックスに向けて振り下ろされた。






 心臓が止まるかと思った。

 ブルックスは両手で頭を庇うようにしながら、目を覚ました。


「夢、か…。」


 いつもと違う天井、いつもと違う匂い、いつもと違い柔らかなベッドに、ここがいつもの自分の部屋でないことに気付かされた。

 悪夢の所為で汗をかいている。

 時計を見ると朝食まではまだ時間がありそうだ。

 下着を脱ぎ、この寄宿舎においてある下着を用意する。

 洗濯物は専用のバスケットに入れて部屋の所定の位置に置く。

 そこにおいておけば夕刻には洗われて戻って来るらしい。

 そのまま浴室のシャワーを使い身を清める。


 本当にこの寄宿舎は至れり尽くせりだ。

 半強制的に入学させられているという事を忘れ、どこかの金持ちにでもなった気分だ。


 ブルックスの家にも浴室は当然ある。

 上下水道といったインフラも完備はされてはいるが、お湯を沸かすには薪をくべる必要がある。

 電気こそハスケル家ではバッテリーのお陰でそこそこ使えるが、他の家では照明は植物油のランプだし、暖を取るためには薪を燃やしている。

 火をつけるのは「魔導力」を用いるが長時間の燃焼は、普通の人には荷が重い。

 食堂を営むエンペロギウス家では、特別に石炭を購入しているようだ。


 だが、ここでは普通に電気が通じている。

 王都でも、行政府、王宮、国軍や騎士団の本部は使用してるとは聞いているが、住宅街はブルックスの実家と大差はないらしい。

 「バベルの塔」は電気を使用し、王宮などにその電気を卸しているという。

 但し、かかる金額は桁違いだ。


 「バベルの塔」直轄のこの「クワイヨン国高等養成教育学校」は、何の不自由もなく電気を使用できる。

 この便利さこそが、ここに入学できたことを特権として感じさせているのだろう。

 身支度をと問えると、ドアがノックされた。


「ブルックスさん、朝食に行きませんか?」


 スコットだった。


「今行きますよ。」


 ドアを開け、部屋の前で待っていたスコットに挨拶をする。


「おはよう、スコット。」

「おはようございます、ブルックスさん。」

「そんな敬語は使わなくていいよ。自分たちは同期だよ。」

「無理ですよ、この体格差で。しかも5歳も年上と聞いてしまえば。」

「そんなもんかな。」


 ブルックスもすでにこの学校の制服に着替えていたが、スコットも同様だった。

 ただ、おさまりの悪いグレーの髪の毛を気にして、手で何度もその髪を撫でている。

 よく見るとその瞳もグレーに見える。


「ブルックスさんのその黒髪、羨ましいですよ。特別にストレートパーマを当てているわけではないですよね。」


 スコットは別に黒髪が羨ましい訳ではないようだ。

 この直毛を羨んでいる。

 確かにスコットのおさまりの悪い髪の毛は、洗って乾かすととんでもなくなるような気がする。


 二人で階段を下りていくと各部屋から人が出てきた。

 別に階ごとに学年が決まっているわけではなく、空いた部屋に適当に新入生を入れているらしい。

 たまに卒業生が後輩に部屋を譲っての引っ越しという事もあるようだ。


「おお、ブルにスコット。朝食か?」


 3階で、ちょうどランデルトとあった。

 横に体格のいい背の高い男が、こちらを見た。

 いや、睨まれた。

 ブルックスは180㎝を越えていたが、そのブルックスよりさらに10㎝は高く見える。


「おい、テックス。後輩を睨むなよ。」

「俺は別に睨んじゃいない。もともとこういう顔だ、ランド。」


 テックスと呼ばれた男がランデルトにそう文句を言った。

 いやいやいや、充分睨まれてます。

 ブルックスは心の中でそう呟く。


「俺らもこれから朝食食べに行くとこだ。一緒に行こうぜ。」


 ランデルトが陽気にそう言うが後方のきつい目で睨まれた状態で、ブルックスもスコットも頷くことさえできない。


「こいつは俺と同じ3年次のテキスベニア・ビー・アートネルン。男爵家の跡取り予定だったんだが、「特例魔導士」になってしまって、今では伯爵様だ。俺とバディを組んでいて、これから仲間を誘ってチームを作る予定さ。こういう顔で、皆から敬遠されがちだが、気のいい奴だよ。」

「テキスベニア・ビー・アートネルンだ。ランドと同じ戦術防御課程3年で15歳だ。」

「えっ、15歳?」

「何か問題でも?」

「いえ、そういう訳では…。」


 この風格で俺より年下なのかよ!

 ブルックスもスコットもあまりに年齢から離れたその体躯に恐怖すら感じていた。


「13歳で「特例魔導士」になっているんだが、この風貌だろう?他の同期生から敬遠されてな。しかも入学間もなく8度の決闘を上級生とやらかして、全て完勝してるっていう化け物さ。」

「お前には言われたくない。剣術の模擬戦でも、魔導の模擬戦でも、フリーの模擬戦でも勝ったことが無いのはお前ぐらいだ、ランド。」

「と言っても俺が勝ったわけでもない。時間切れの引き分けだった。まあ、こんな奴だからだれも恐れて近寄らなくて、仕方なく俺がつるんでるってわけだ。」

「違うな、ランド。お前はお前で、あまり本気にやらないから、周りから愛想をつかされてるだけだろう。つまり俺たちがバディを組まなきゃならないのは、誰も相手にしてくんないってことにいい加減気づけよ。」

「こんなふうな冗談が言える素敵な奴さ。」

「冗談ではない。」


 そんな言い合いをしている二人は、ブルックスには非常にマッチした相性を持っている気がした。


「それでも、二人とも「魔導力」は強いですよね?」


 ブルックスの言葉に二人で言い合いをしていたランデルトとテキスベニアがブルックスを見た。


「そうだな。ランデルトは確かに強い。1学年上の上級生を完全に叩きのめしたからな。下らない奴ではあったけど、剣術も体術もそこそここなして、魔導においてもあの学年のトップ5には入るんじゃないか?」

「それはクリニクル・アムダって言う人ですか?」

「知っているのか、えっと…。」

「ブルックスです。ブルックス・ガウス・ハスケルと言います。ブルと呼んでください。」

「スコット・マーリオンです。新入生です。」


 二人をその細く険しい目で見つめる。


「お前、小っちゃいけど、幾つだ?」

「12歳です、先輩。」

「ああ、どうりでな。で、大きいそっち、ブル、だっけ?」

「自分は17で、ランド先輩と同い年になります。」


 その言葉に、いきなりランデルトに視線を向けた。


「こいつか、「高齢者」って陰口叩かれてるのは。」

「テックス、お前なあ~。ハア~、ごめんな、ブル。思ったことをすぐ言っちまう奴で。」

「いえ、いいですよ。昨日ヒングル先輩でしたっけ。あの人にも言われました。いまだかつて17でここに入学したものがいないという事でね。」


 深夜の闘いをふと思い出してしまった。

 5年次の先輩であの程度なら、この学校の意義があるのか心配になる。

 もっとも、その後に戦ったオルリングは基礎がしっかりできていた。


 自分がこんなことを思うのも、この半年近くのオズマ・リッセントリーの特訓があったからに他ならない。

 オズマは当然「特例魔導士」ではない。

 だが、実戦で培った戦闘能力は非常に高い。

 そのもとで半年という短い間ではあったが、剣術、体幹、格闘戦術、魔導術の基本は叩き込まれている。

 最高齢で「クワイヨン国高等養成教育学校」に入学することになったブルックスに対して、今ではシリウス騎士団団長となったキリングル・ミノルフのせめてもの餞であった。


 愛する人を失ってから、ブルックスは再会した時に彼女を守れる存在でありたいと思って、自分なりの鍛錬を続け、さらに「テレム」のことを独学で学んでいった。

 その結果が、「テレム」関連の機械の発明でもあった。

 今の自分が愛するアルクネメを守れるほどになったかはわからないが、それでも少しは強くなったと思っている。


「ヒングルのことで思い出した。ブルはこの深夜に怒った騒動を知っているか?」

「いえ、なにも。」

「そうか…。どうもお前さんのバイク絡みって話を小耳にはさんだんだがな。」


 ブルックスは思わず「しまった」と思った。

 どのみちその騒ぎについては、この朝食時にマーネット寄宿舎管理長が説明する手筈になっている。

 ただし、そこで自分の名が出ないようには頼んだ。

 今から悪目立ちはしたくない。

 それでなくとも「高齢者」などと言われてるのだから。


「3年になると、本格的にチームを作る必要があるんだよな。同級生でなくてもいいんだが、テックスのせいで人集まらないんだよ。」

「お前も似たようなもんだよ。一通りの役割はこなせるから、その係になった奴が失望して去って行くからな。」


 ランデルトの能力はやはり高いらしい。


「先輩二人なら十分な戦力になるんじゃないですか、その団体戦で。昨日、途中になりましたが、ソロでも出られるとルールが変わったっていうお話でしたよね。」


 昨日、人数制限の話が、最凶の剣士の武勇伝で終わってしまっていたのだ。


「ああ、ブル、悪かったな。そうそう、その復学した女子学生の強さが呆れるほどの強さだという事で、チームで戦わなくてもいいんじゃないかとなって。ソロでもエントリーできるようになったんだ。」


「そう言う手もあるが。見たところ二人も強そうだ。当面俺たち二人でやって、お前らが3年に上がったら一緒にチームを組むのもいいかもしれんな。」


 テキスベニア・ビー・アートネルンがそんなことを言い出した。

 きっと笑わせようとでもしたのかと思ったら、思いもよらず、真剣にその細い目で睨まれた。


「俺は本気だよ。ブル。スコット。」


 そんな風に言ってくれるのは嬉しいのだが、まだこの先輩の目つきには慣れないな。

 ブルックスはそう思いつつ、二人の先輩の後に従って食堂に入った。


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