第17話 窃盗犯
スコットの部屋は515号室だった。
ブルックスの部屋もそうなのだが、部屋を入ってすぐ右手に洗面台、風呂場とトイレがある。
そのまま奥に進むと簡単なキッチンとリビングダイニングとなる。
そこに勉強用に机と本棚があり、その本棚の半分に、既にここで習うための教科書や資料が置かれていた。
クローゼットには制服と運動着、簡単な私服までが用意されていた。
本当に身一つで来て生活できるようになっているのであった。
逆に、多くの衣装を持ち込もうとする貴族たちは、そこで必要のないものを実家に返す羽目になる。
もう一つ寝室が別にあった。
しかし、ランデルトのようにベッドをリビングに持ち込み、寝室を物置にしている者もいた。
この部屋は基本的に入居者が自由に使っていいらしい。
ただし、ブルックスの様に二部屋を使用できるものは、他にはいない。
ブルックスがいかに特別待遇を受けているかがよく解る事例である。
ランデルトも、ブルックスが17歳という年齢で「特例魔導士」になるという判断を「バベルの塔」がした理由が、通常の学生たちとは違い、何らかの意図、しかも悪意さえ感じられる意図を感じていた。
ブルックスの名で2つの部屋が使用されているという事実は、他の学生、しかも好意的とは言えない上級生の反感を招くのは間違いなかった。
しかも異例中の異例、17歳での入学である。
ランデルトが気づいてることなのだから、この「アルス寮」の管理者、マーネット・ムル・ラーシェンが気づいてないはずがない。
ただ、この特異な人物、ブルックス・ガウス・ハスケルについての情報の整理に頭を悩ませているのだろう。
類まれな才能と、「特例魔導士」になるというほど、いやそれ以上の大きな「魔導力」、さらに個人的に「バベルの塔」の住人である賢者と知り合いであるという事実。
そして2つの部屋の使用許可という特別待遇。
マーネットの頭痛がしのばれる。
「バベルの塔」がブルックスに期待をしているのだとは思う。
しかし、明日以降の入学式で何が起こるのか?
ランデルトには想像もできなかった。
当のブルックスは、あまりそのことの重要性を感じていないようだ。
スコットの部屋を聞きに行き、何度も呼び出しのベルを鳴らして出てきたマーネットの顔は、先程と打って変わって、かなり疲れているようだ。
きっと、各方面に、自分の人脈をフル活用していたのだろう。
スコットに先の呼び出しに気付かなかったことを詫びて、簡単な自己紹介の後、部屋の鍵を渡した。
そのすぐ後に、他の新入生と思われる者が続いた。
おそらくだが、かなりの新入生がこの呼び鈴を鳴らしていたのだろう。
単純に言って、十数人はこの寮に入るのだろうから、今の状態のマーネット一人でさばけるのか、少し心配になった。
スコットは着の身着のままで来ているので、何を片すということは無かった。
ランデルトはこの部屋の設備を簡単に説明し、そのまま別れることになった。
ランデルトはブルックスの片づけの手伝いを申し出たのだが、ブルックスは遠慮した。
必要なものは既に設置されているので、私物を徐々に片すという事だった。
こんなにも手を貸そうとしているのは、ランデルトはブルックスのことが心配でしかなかったから、である。
ブルックス自身もだが、彼のバイクが、何者かに悪さをされるのではないか。
その旨を言ったのだが、ブルックスは笑って、「大丈夫です」と言われて、それ以上は何も言えなくなってしまったのだ。
時間は深夜になっており、この空には3つあるうちの1つの月が半月で輝いていた。
ブルックスはかなり疲れていた。
ベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。
順調に行けば入学式の2時間前には起きることになるはずだった。
だが、ランデルトの心配が形として現れた。
ブルックスの神経はバイクの周りに漂う「テレム」と連動していた。
バイクに触ろうとしても、その「テレム」がブルックスの「魔導力」のパターン以外であれば撥ねつける。
そしてその信号をブルックスに送り、速やかに脳が活性化する。
「先輩から忠告はされたけど…。面倒くさいけど、ここでしっかりと対策しないと後々がしつこいからな。」
バイク自体は非常に便利であった。
実家では、変り者としてその名を轟かせている父・ハーノルドのお陰で、さしてバイク自体は標的になることはなかった。
窃盗目的の侵入者がいないわけではなかったが、ハーノルドの仕掛けたセキュリティーは、確実に犯人を拿捕し、地元の騎士団に突き出している。ブルックスの知る限り10人は超えていた。
「できれば車庫のようなもの、作らせてもらった方がいいのだろうな、やっぱり。」
ため息をつきつつ、素早く戦闘用の服に着替えた。
どこで調べたのか、本当にしっくりとする服である。
速さがカギのため、窓から一気に地上に降りた。
加速のついた身体が「テレム」を動かし、やんわりと地に足をつける。
と同時に高速でバイクの止めてある場所に移動する。
バイクを包む靄の前に3人の人影がブルックスの目には魔導力の揺らぎとして映る。
3人は夜装服を纏い、この夜の闇に紛れるようにしていたが、ブルックスには無駄であった。
3人は「魔導力」でそのブルックスがかけた「テレム」の結界を破ろうとしていた。
音もなく近づいたブルックスには3人とも気づいてはいなかった。
この時点で「特例魔導士」としては失格なのではないか?ブルックスはそう思った。
聞いた話では、警備兵が巡回していると聞いていたのだが…。
何らかの条件で黙らせてるか、警備兵が仲間なのか。
違うな。「バベルの塔」がそんなぬるいはずがない。
明らかにすべてを知っていて、ふるいにかけているのかもしれない。
ブルックスはそう感じた。
そいつらは、何とかその靄の中に手を入れて、バイクを掴もうとしているのだが、夢中になり過ぎて、緑の髪の毛が出ていることに気付いてはいないようだった。
単なる間抜けだ。
ランデルト先輩はなんて言ってたかな。
グリーン・ブレブレ?なんか違う気がする。
ブルックスが闇に紛れ、気配を遮断しながら、靄に匿われたバイクに手を伸ばそうと四苦八苦する3人を冷ややかに見つめていた。
この結界に手を触れると電撃が走るはずなのだが、この3人は体に結界を張ることはできるらしい。
だがその結界は完全に電撃を防御できるわけではないらしい。
3人が交代で手を突っ込んでいる光景から、体に痺れは残っているようだ。
この防御結界は機械的に組込まれていて、弱い思考波を繋いで僅かなブルックスの「魔導力」で動いている。
ほとんどブルックスにダメージはない。
だが盗賊3人組のグリーン・ブルブル?はすでにかなりの「魔導力」を行使しているはずだった。
ここでブルックスは考える。
マーネット経由で警備兵を呼ぶのはいいのだが、自分の所有するこのバイクに手を出すと、かなりひどい目に遭うと喧伝しておきたい。
3人全員を有無を言わせず叩きのめすことも可能ではあるのだが、逆に悪目立ちはしたくなかった。
とすると、警備兵を呼ぶ間に、この盗賊の頭、ヒングル・サージ・ハルラント伯爵子息のみ残して、他の二人を無力化しておくのがいいだろう。
まずはマーネットさんに連絡しないと。
ブルックスは「リング」の緊急呼び出しコードで、この「アルス寮」の管理者と接続を試みる。
この敷地内だけあって、クリアにマーネットに繋がった。
時間を考えれば、侍女のメルナさんが強制介入するかとも思ったが、そこは隠密として気配を表すことは無かった。
「本当に緊急コードが必要だったの?」
睡眠中であったのだろう。非常に不機嫌な声だ。
ブルックスは自分の視神経を「リング」に接続、今まさにバイクに手を出そうとする緑色の毛の3人組の映像を送った。
「盗難の最中と言ったところです。」
「あいつらか…。わざわざあの靄と、そこに見える機械について尋ねてきた奴ら、ハルラントの一派か。」
疲れ切った声だった。
このバイクの正当な所有者を知らずに手を出している、というわけだ。
「そういう訳で、すぐに警備の方に連絡してください。」
「それは当然よ。ブル君、危険なことしないで。そいつらは「特例魔導士」で、すでに5年次になる。「魔導力」の扱いも一人前よ!」
「とてもそうとは見えません。「テレム」も満足に操れない。「特例魔導士」の資格なんてないんじゃないですか?」
「それはその通り…。そうね、君には「テレム」の流れも、「魔導力」行使の仕方も見ることが出来るのよね。」
「自分は、「特例魔導士」なら、それくらい当然にできると思ってました。」
「なら、なおさら危険なことはしないで、警備兵を待ってなさい。」
「それは悠長すぎます。トップのヒングル以外の二人は無力化します。でなければ逃げられますかね。」
「既にそいつらのことを知ってるという訳ね、ブル君。でも、ちょっと待ってなさい。」
その言葉の最後まで聞かず、ブルックスは、行動を起こした。




