第15話 最強の剣士
523号室にランデルトに手伝ってもらい、持ってきた荷物を置くと、すぐに311号室に連れて行かれた。
そこはランデルトの個室であった。
入ってすぐに洗面台があり、奥にトイレと風呂場がある。
その反対がランデルトの寝室を兼ねたリビングとなっていた。
基本的に自分が今荷物を置いた部屋と同じ間取りであった。
「先輩の部屋はかなり綺麗にしているんですね。」
「綺麗というか、物がないのさ。この身一つで来たんでね。衣・食・住は完全に保証されている。毎月の給金はできる限り実家に送っているんだ。」
「実家って、農業やってるんでしったけ?」
「小麦がメインだけど、稲作もやってる。牛と馬も育ててるよ。」
身体がしっかりしてるのは、鍛錬だけではないという事か。
「馬や牛を使っての耕しもするけど、一部は魔導器具も使ってる。お前の持ってるバイクとは違うけど、小麦の収穫には人が押すと鎌が自動で小麦を刈ってくれるもんがあった。自分たちの「魔導力」が動力として使うんだけど、俺、ちっちゃい頃からそこそこ「魔導力」あったから重宝されてた。ただ親父たちは俺が「特例魔導士」に引っかかるんじゃないかってビクビクしててな。15の誕生日が来ても、「リング」が無反応ですっげー喜んでたんだけどな。」
「なんとなくその光景、目に浮かびますね。」
「既に農業専門学校への進学も決まってたんだよね、俺。誕生日過ぎて一月くらいかな、収穫も終わってひと段落したときにお決まりのファンファーレが「リング」から鳴り響いたよ。その時の親父の顔。まあ、俺も驚いたけど、あまりの絶望感満載の表情に、ちょっと笑った。」
自分の時は16まで待って、喜んだっけかな。
親としては跡取りが突然いなくなるんだから絶望的にもなるよな、とブルックスは自分と比べてそう思った。
だけど、うちの父もじいちゃんもそこまでではなかった、となぜか不思議な印象がブルックスの中に生まれてきた。
「俺が生きていく分には、ここは一切金がかからないから、専門学校への学費がなくなってよかったって、泣きながら親父が言うのには参ったけどな。そうでも言わないと、自分を納得させられなかったんだろうけど。」
「うちも、自分が跡を継ぐ気でしたし、17になってましたから、この事態に理解が今だ追いついてません。うちの親たちはそこまで取り乱しはしてませんでしたが…。もしかしたら、いまだにこの事態を理解できないでいるのかもしれません。」
「ああ、それはあるかも。でもな、ここって能力があれば10歳くらいが同学年になるんだよ。俺なんか15で入学だろう?ひでえ扱い受けてさ。何とか実力上げて、そういうこと言う奴はいなくなったけど。ブル、明日から気い引き締めて行けよ。俺みたいなやつらより、蔑んだ扱いを受けかねないからな。」
真剣な目でランデルトがブルックスに忠告した。
「でも、ランド先輩は、自分のこと、そういう感じには見ないんですか?2年も遅れて「特例魔導士」になるような才能なしに。」
「何言ってんの、お前。あんなバイクなんか作って、さらに「テレム」をある程度自在に使える奴が能無しな訳ないだろう?」
本当にブルックスの言葉に驚いたような顔で、そう言った。
「ブルは自分というものを客観的に見る必要があるんじゃないか?」
「自分は何もできません。ただ、興味のあること、好きなことをやってただけです。中等学校にしても、専門学校にしても、成績は本当に普通でした。」
「学校の成績なんか関係ないぜ。ここは特に実力を重視している。それも、評価すんのは同じ人間じゃない。「バベルの塔」の住人たちだよ。さっきのマーネットさんとこの話じゃ、賢者たちとのパイプを持っているんだろう。賢者が意味のないものに関心を示すはずがないんだからな。」
「そういうものでもないと思いますけど。ただ、17歳での入学にはいろいろ言ってくる人たちがいる、ということは何となく分かります。」
「そうだな。言う奴はいるな。この「特例魔導士」ってやつは必ずしも戦闘要員というものでもない。技術研究に秀でた奴や、管理者として頭角を示すものもいる。「魔導力」の大小ではなく、それを操る人間の才能を、「バベルの塔」は見ているよ。とは言っても、戦闘技術や、魔導技術、略して魔術っていうやつもいるが、その講義、並びに実践教育もある。年に2度、戦闘大会は強制参加だし、3年になると、各自チームを作った団体戦も開催される。さらにそのチームで城壁の外での「魔物」狩りの実戦も控えてるからな。」
「チーム、ですか?」
「そう、4人から7人くらいでチームを組むんだよ。俺も今年から参加することになるけど、チームを組める奴がいるかどうか…。」
そう言いながら棚から瓶に入った紫色の液体をコップに注ぎ、ブルックスに差し出してきた。
「俺の実家で作ってる山ブドウのジュースだ。少し酸味がきついが、結構うまいぜ。マーネットさんの紅茶もおいしかったが、あの状況だと細かい味までは分からなかったから、口直しにいいぜ。」
そう言うと、自分の分を一気にあおった。
実においしそうに飲む。
「それでは、お言葉に甘えて。」
ブルックスは目の前の紫の液体に口をつける。
最初に酸っぱさが口に広がったが、すぐに甘く香る味がその酸味と対照的に口腔をくすぐり、香りが鼻から抜けるように広がった。
思わず飲み込むと、さらに飲みたくなり、残った液体を、一気に飲み干した。
「本当においしいですね。ワインを作るブドウで造ったジュースは飲みましたが、こんなに芳醇な味わいはなかった。」
「ワイン用のものは発酵させてこそ、その真価を発揮するんだよ。生で食べるブドウとはまた違うし、ジュースにはうちで栽培してるこの山ブドウが一番さ。」
「本当にランド先輩は、生粋の農業人なんですね。」
この言葉に、ランデルトが少し顔が険しくなった。
「その言葉は、ここに来る前の俺にとっては褒め言葉なんだが、ここではただの蔑みに聞こえちまうよ。」
「えっと、すいませんでした。」
「謝ることは無い。俺がまだ、農業に未練があるってだけの話さ。」
そう言って、空になったコップにまたジュースを注いだ。
「まあ、辛気臭い話はやめよう。さっきのチームの事なんだが。」
「はい、団体戦の事ですか?」
「そんなとこだ。具体的な人数の話をしたけど、実は上限は7人と決まってるんだが、下限の設定はない。というか撤廃された。」
「ん?それは何か意味があるんですか?」
「バイクの移動の前に「凄い女子」の話しただろう?」
「素行の悪い学生を半殺しにしたって言う?」
「そう、その女子、な。こいつも訳ありで、何故かは知らんがこの学校を休学してたらしい。」
「休学?どこか体を悪くしてたんですか?」
「そこんところは全くわからん。ただその子が復学してきたんだが、その素行の悪いやつが決闘を申し込んだらしい。」
ランデルトはその経緯を知らないとのことだ。
ただ、流石にその復学した少女は美人、というだけで見に行った。
実際の復学生は美貌の女性ではあったが、少女という感じではなかった。
さらに、そこに線の細さはなく、歴戦の勇士という風格すら滲み出ていた。
素行の悪い学生も、その体格は立派なもので、その美貌の女性と比べれば明らかな体の大きさにおいて有利であることは見て取れた。
だが、その纏う雰囲気は経験豊富な大人に対して幼児が掴みかかるようなものだった、とランデルトは感じたという。
それほどまでに実力差があった。
それはその場に居た者すべてが感じていたはずだったとも言った。
「何と言ってもここは「特例魔導士」の学校だからな」という事であった。
「それが半殺しという事なんですか?」
「いいや。そこで終われば、その不良が「魔導力」を封印されることはなかったよ。もともと嫌な噂は結構あってな。半グレのような集団のリーダーだったらしい。」
「そりゃあ、「特例魔導士」になるほどの力を持っていれば、そう言う集団の上に立つこともあるんでしょうね。」
「だが、奴はこの学校を甘く見ていた。「バベルの塔」に監視されてるという事を忘れていたらしいよ。だから、この学校の外に自分の部下たちを集めて、悪さを行っていたらしい。そいつはこの学校の学生だからな。特権階級なもので「魔導力」の封印という処置だけで終わったが、その集団のメンバーは一人残らず「バベルの塔」に連行されるか、その場で死んでいたという事だ。」
「ちょっと待ってください。その集団と戦った人たちがいたという事ですか?「バベルの塔」が手を下したと。」
「いいや。ごめんな、言葉足らずで。他にも悪行はかなり行っていたようなんだが、直接的にはこの学校の女子学生を拉致したことが発端だ。」
その現場を見たわけでも無いだろうに、ランデルトの顔が暗くなった。
それが何故か、次の言葉でブルックスも震え上がった。
「その女子学生を拉致した者たち、不良学生も含めてな、全員の股間が潰されていたそうだ。」
全く想像していなかった状況に、ブルックスの股間が縮こまるのが分かった。
「その女子学生が、例の復学した人、何ですか?」
「いや、違う。詳しくは俺も又聞きで何とも言えないんだが、拉致したところを目撃して、ただ一人で10人以上いたその集団を叩き潰したという話だ。確かにその復学した女子学生の強さは、模擬試合である決闘で知ってはいたよ。でもそれだけの大人数を独りで叩き潰す、文字通りにね、とは思えなかった。助けられた女子学生は猿轡をかまされ、手足を縛られ、目隠しまでされていた。かろうじて「魔導力」で気配を視覚化して、何が起きたかは認識できたらしいけど、復学生がその女子学生の枷を外したときに見た光景は、血だらけの傍観達の骸が転がっていたって話だよ。「リング」を通じて、国軍の警務局に連絡してたらしい。すぐに警務隊が駆けつけて被害者の少女を救護した後に、復学生に話を聞いたとの事だ。思念波伝達で伝えられた男の警務官が、あまりのおぞましさにその場ではいたっていう話だけど、それはどうも作り話っぽかったな。」
「それが、最強の剣士という事ですか。」
「美人だけど、しっかりと筋肉は付いてるし、「魔導力」が半端ないそうだ。」
もしかしたらアルク姉さんが帰ってきたのかもしれないとも思ったが、どうもブルックスの知っているアルク姉さんとはかけ離れた印象だった。
どうしても美貌の女性と言われると、アルクネメを想ってしまうのは、自分の悪い癖だ、とブルックスは自省した。
「おっと、話してたら結構いい時間だな。ブル、飯食いに行かないか?」
「え、どこにですか?」
「そりゃあ、ここは寄宿舎なんだから、ここの食堂だよ。」
そう言えば、衣・食・住はただという話を、ブルックスは思い出した。




