第13話 「テレム発生器」
一人エキサイティングなマーネットお姫様を見ながら、最初の印象とはだいぶ違うなあ、と思っていた。
最初はおっとりとした、寮のお姉さんという感じだった。
王族の親戚だとわかっても、そんなに印象は変わらなかったが、バイクや「テレム発生器」の話辺りから、雲行きが怪しくなって、賢者の話に至っては、ヒステリックなおばさんになってしまった。
この調子では学校の学生とラブロマンスはかなり難しいのではないかと思ってしまう。
ただ、このお姫様との話で、普通は「バベルの塔」の住人と呼ばれるような人とは、本来会うことも難しいらしい。
王宮の人間でさえ、こんな反応を示すのだ。
平民であれば、そこら辺の事情は分からないから、ランデルトのような態度なのかもしれないが、真正の貴族たちや、政府の高職者辺りには、この辺の話はしてはいけないということも分かった。
「バベルの塔」の人間、特に賢者「サルトル」辺りは、本当に気軽に話に応じてくれていたように思うのだが、世間一般の事ではないようだ。
ただ、彼らの好意には自分に対するものと、アルクネメ絡みのものがあるのではないか、そうブルックスは考えていた。
「では、映しながら説明しますね。」
ブルックスはそう言って、「魔導力」を発動する。そしてその思念波が同調した「覚石板」に届く。
不思議な感覚に襲われながら、これだけ大きい「覚石板」って、さすがに王家の人間は違うな、とブルックスはかすかにため息をついた。
これだけ大きい「覚石板」となると、価格も異常な値になる筈だ。
大型の「覚石板」が光り、そこに淡いながらも、この部屋が映し出された。
ただその光景が微妙に動いたり、点滅したりする。
それはよく見れば、ブルックスの頭の動きと連動しているようにランデルトには見えた。
「これは何が起こっているのかしら、ブル君。」
「この「テレム発生器」は、この空間に浮遊する原料から、「テレムリウム」を介して、「テレム」を発生する装置です。ので、空気中に必要なものがなければ、「テレム」の生成はできません。ですから、どこが「テレム」が多いか、そして原料のものがあるかを視覚的に見せることも出来るようにしました。」
マーネットも、ランデルトもそのブルックスの言っている意味がよくわからず、困惑する顔を向けた。
「よく意味が分からない。この見える景色が、この部屋の中で、ブルが見ている光景という事でいいんだよな?」
「ええ、その通りです。今、この装置と自分は「魔導力」で連動していますので。これから、このへっやの「テレム」の濃度をお見せします。」
瞬時にその景色に緑と黄いろの靄のような色がかかった。
特にランデルトとマーネットの周囲が緑に包まれている。
さらに天井付近にも…。
「この部屋には「テレム」を作るものがありません。密室ですしね。ですから必然的に人の周り、特に「魔導力」の大きな人の周りに集まります。メルナさんは光学迷彩の「魔導力」があるのですね。今は天井付近にいると思うのですが。」
ブルックスの言葉に、マーネットはため息をついた。
「その通りよ、ブル君。メルナは周りの景色に同化してその存在を消す能力がある。様々な情報収集に非常に役立つ能力ね。」
「マーネット様!」
そう言って、緑の靄を従えながら、天井から着地し、マーネットの傍まで来ると、忽然とお姫様の護衛兼侍女のメルナ・ビスハインドが現れた。
「そういったことを簡単に喋られては、今後の職務に支障が…。」
「見たでしょう、あなたも。こんなものを見せられたら、嘘なんかつけないわよ。」
その言葉に、メルナはブルックスを睨み、またマーネットに視線を移す。
いびつな笑顔でお辞儀をすると、今度こそ奥の部屋に逃亡した。
「この装置、こういう家や屋敷の中の警護にはいいかもしれないわね。」
そう褒めてるようないい方をしつつ、大きくため息を吐いた。
「この黄色の個所が、「テレム」を作るための原料かもしれない目印です。」
「この装置は確かに素晴らしいと思います。でも、これが賢者とどう結びつくのか、よくわからない。」
マーネットの質問、というか愚痴のような言葉を聞きながら、「テレム発生器」の起動を止める。
「この装置を、自分は「リクエスト」に向かう幼馴染に渡しました。そして、巨大な「魔物」との決戦に使われたんです。」
「確かに巨大な「魔物」が「天の恵み」に襲い掛かろうとしていたとは聞いています。ですが、勇敢な飛竜のりの騎士によって撃退したと。」
「マーネット殿下のお話は間違いではないんですが、足りないところもあります。その巨大な「魔物」を足止めするため、「バベルの塔」は「テレム」を分解し、その場の「テレム」濃度を一気に薄くしました。「魔物」がその巨体で動くことが出来るのは、「テレム」を消費しているからです。その「テレム」を無効化することにより、足止めは成功しました。しかし…。」
「その周辺に「テレム」がなければ、こちら側はその「魔物」を仕留めることが出来ない。」
黙って聞いていたランデルトが、ブルックスの後を引き継ぐように呟いた。
部屋の隅にメルナの気配を感じたが、ブルックスは何も言わなかった。
またマーネットもその行為を咎めなかった。
そのマーネットの動向は、即ちメルナにこの場所にいることを許可したも同然だ、とブルックスは思った。
「ランド先輩の言う通りです。自分はテレビを使って、幼馴染の持つ、この装置の有用性を説きました。「テレム」は分解された。でも、その分解物はそこかしこにある。この装置を身に纏うことで、周辺の分解物から「テレム」を生成して、戦うことが出来ると。」
「それで、その戦いはどうなった?そんな遠隔地との会話ができるくらいなら、結果を知る機会もあったのだろう?」
光学迷彩を解き、侍女姿でブルックスの前にメルナが立っていた。
その眼差しは恐ろしく冷淡に感じた。
しかし、この女性の問いに満足には答えられなかった。
「詳しくは、わかりません。」
「何をほざいている。何を隠している!」
メルナが激昂する。
だが、どんなに凄まれても、ブルックスに答えはなかった。
アルクネメを助けるために、小型飛翔機を「魔物」の口の中に突っ込ませたのだから。
「本当に解らないのです。中継していた機械が壊れてしまった。無事に帰ってきた幼馴染も多くは語りませんでした。ただ、生きて帰ってきたので、勝ったのは間違いないと思います。」
「その君の言う幼馴染という人、今どこにいるの?」
「既に卒業して、ここ2年ほどあっていません。冒険者として外国に行くようなことも言ってましたが、この学校を卒業して冒険者になれるという話も聞いていないので、おそらく特殊な任務を、政府か「バベルの塔」に指示されたのかもしれません。」
「となると、名前を聞いても無駄か。卒業生なら、ある程度調べることも出来るかと思ったんだけど。」
ブルックスはアルクネメの手紙を信じていた。
きっと、何らかのトラブルか、極秘情報に触れた公算が強かった。
そんな立場の彼女を、さらに追い詰めるようなことはしたくなかった。
特に王家との情報のパイプを持っているこのマーネットという女性、さらに警護兼侍女のメルナという騎士にアルクネメの事を話すには危険が多すぎた。
5年前からマーネットはここの寄宿舎を管理している身だ。
アルクネメという非常に珍しい名前、さらに3年次での「リクエスト」への参加となれば、完全に個人を限定してしまうだろう。
であるからこそ、王家の人間であるマーネットが、賢者に対しての畏怖の念を利用させてもらうことにした。
自分が賢者とある程度の面識があること、情報のバックアップが少なからずあること。
さらにその原因が「天の恵み」回収作戦時の巨大な「魔物」との一戦が発端であることを話したことにより、ブルックスの幼馴染が「バベルの塔」から直接の拝命を受ける立場であり、そしてその事実を「バベルの塔」が秘匿するであろうことを匂わせた。
事実から見れば、まさしくアルクネメの立場はその通りであったのだが、今のブルックスは知る由もなかった。
「ブル君の周りで何が起こっているのか。真相は全く想像の外だけど、やっぱりあなたは特別なのね。」
そう言いながら、用意してあった鍵をテーブルの上に出した。
そこには2つ、置かれていて、ランデルトの顔が驚きに変わる。
「2つの鍵ってどういうことですか、マーネットさん!」
「校長からのお達しなのよ。隣り合った2つの部屋をブルックス・ガウス・ハスケルに用意するようにと。」
マーネットの声に、隣にいるメルナが苦虫を潰したような表情を作り、ランデルトは意味が解らず、ブルックスの顔を見た。
その当の本人が、一番驚いていた。




