第12話 賢者
「「バベルの塔」の賢者って、4人でしたっけ?」
「いえ、今は3人ですね。代表代理の「スサノオ」様、「ランスロット」様、そしてさっきブル君の言っていた「サルトル」様の3人です。「天の恵み」回収作戦で「カエサル」様がその存在を消失しています。」
「マーネットさん、ちょっと聞いていいですか?消失って死んだってことですか?」
そのランデルトの言葉に、マーネットが少し小首を傾げた。
「たぶん、お亡くなりになったという事だと思うのですが…。「バベルの塔」からは存在の消失という通達が来るだけなんですよ。国王や叛乱の犠牲になった方々や、「天の恵み」回収作戦で亡くなった人たちのための国民葬はやりましたが、その中に「カエサル」という名前はありませんでした。それに、国王より上位の者にも関わらず、「バベルの塔」の住人たちは葬儀の類をしたことは、私の知る限り一度もありません。何度か我々の知る賢者が変わっていたことはあるんですが。正直なところ、「バベルの塔」の住人と言われる人たちの総数は把握できていません。それにこのクワイヨン国の歴史上、何度か同じ名が出てくるんですよ、賢者には。その名を襲名してるのか、「バベルの塔」の科学力ゆえの輪廻転生なのかは不明です。」
自分の言葉に、ブルックスもランデルトも理解不能という文字が顔に浮かんでるようにマーネットには見えた。
と言っても、その言葉を吐いた自分すら、よく解っていないというのが実情でもあった。
「で、その「サルトル」様に会って資料を頂いたってことよね、「テレム」関連の。」
「いえ、実際にあったことはないと言っていいでしょう。「天の恵み」回収作戦でのセイレン市で作戦に従事する人々に向けた演説の時にお見かけはしましたが。」
「そう、見てはいるのね、「サルトル」様を。どんな人物だった?」
「何と言っても、セイレン市の防護壁の大門での姿を遠目で見ただけなので、正確性には欠けますが…。10歳くらいの女の子のように見えました。」
「確かに間違いないわね。ブル君が接触したのは「サルトル」様だけ?」
マーネットはこの国の賢者の実物を見る機会が一般市民に少ないことを充分に知っている。
であるからこそ、このブルックスが見たという人物が「サルトル」の外見と一致していることを確認した。
嘘を吐いてるとは思わなかったが、騙されている可能性も考慮していたのだ。
だが、本物の賢者から、資料を渡されるという意味を、この少年は解っていないという事にも気づいていた。
どうすれば「バベルの塔」の住人が市民と接触を持とうとするのだろうか?
ほとんどあの「バベルの塔」から出てくることは無いというのに……。
「直接肉眼で見たのは「サルトル」様だけです。」
「嫌ないい方ね、それ。まるで肉眼以外で見たことがあるような感じがするわ。」
マーネットの言葉に曖昧な笑みをブルックスが浮かべている。
「その変な笑顔。ブルは見たことあるんだな、他の賢者を。」
「これもうちの親父がいじくったモノですが…。詳細はさすがに賢者様から口止めされて言えませんが、遠距離画像思念伝達装置、賢者様はテレビって言ってますが、で拝見してます。」
「そのテレビって、何よ!本当にあなたの事メルナに言って尋問したくなってきたわ。リングの思考伝達とは違うのね。」
「ええ、純粋に機械的なものです。ただ起動や電気を作るのは「魔導力」を使用しますが。」
「いちいち驚いていると先に進まないってことはわかったわ。それであとはいつ、誰を見たの?」
「時間的には「天の恵み」回収作戦時のガンジルク山での「魔物」討伐の時です。かなり困難な作戦だったらしくて、そのテレビを使った意見交換をしました。」
「なんてこと!それってメガホエール級をも超える「魔物」との戦いの事ね。」
「知ってるんですか、姫様は。例え王宮の人間でも極秘事項と聞いてたんですが。」
「そうね、確かに。その頃に例の騎士団長の叛乱が起こって、こちらとガンジルク山と連絡が途絶えた次期だもの。ただ、メルナがその化け物の退治のために王都を出たという事を聞いています。実際には対面はしていないんだけど…。」
少し奥に目を向け、すぐにブルックスに視線を戻した。
ブルックスも、今ではある程度、マーネットの護衛の「魔導力」の波動を感じていた。
この部屋に入った時には完全にその力を隠されていたが、一度その力の波動を見れば、ブルックスは見失うことは無い。
マーネットに何かあればすぐに目の前に現れることを、ブルックスは疑っていなかった。
「まさか、そんな重要な局面で賢者と話してるって、本当にブル君って何者なの。というより、いまさら「特例魔導士」になるって…。」
何故かマーネットがそう呟いて、しばし自分の中に潜ったように動きが固まっている。
ブルックスには、その姿と微かに漏れる思念から、自分という存在についてかなりの推測を行っていることがわかった。
ブルックスは今まで自分の「魔導力」を考えたことは無かった。
「テレム」が見れる、という事が非常に特殊な能力であることを知ってから、極力「魔導力」を考えないようにしていたからだ。
実際、自分の住んでいる環境で「魔導力」を感じる必要がなかったというものもある。
止めてあるバイクを父のハーノルドが直そうとしてるときに、その力の流れのようなものについて意見を述べたり、「テレム」を効率よく使う装置の開発に使うくらいだった。
ハーノルド自身、機械に対しての勘がいいこともあり、ブルックスの意見を喜んで受け入れていたという側面もある。
本気で父の元、鍛冶屋「ハスケル工房」を継ぐつもりだった。
だからこそ16の誕生日を迎えた時は、家族でささやかな祝宴を挙げたのである。
アルクネメの事はいまだ引き摺っているが、必ずこの街に帰ってくるという思いはあったのも事実だ。
そのためにも、この「ハスケル工房」で頑張る気でいたのだ。
だから17で「特例魔導士」になるという意味が、今も分からない。
その心のブレは、常人には決して感じられないほど、巧みに心の防御を行っていた。
それでも微かな思念は漏れる。
マーネットにしろ、ランデルトにしろ、その思念をうまくとらえることはできなかったが、キャッチしたものがいた。
マーネット専属侍女にして警護騎士、メルナ・ビスハインドはそのわずかな思念をもとに推測も加えた情報を、自分が主と仰ぐマーネットに伝えた。
その情報にマーネットは一旦封をして、のちにメルナとのディスカッションで、もつれている糸を解きほぐす気になった。
「話を戻すわね。あなたは「サルトル」様以外の賢者ともテレビとやらを使って、思念を交差させた。そういう事よね。あの作戦に賢者様がどのくらい参加していたかは知っていますか?」
マーネットの問いかけに、少しの間考えた。
国王が内乱で命を落とした。
これは国軍も騎士団も非常に危うい状態であった。
実際の首謀者、アイン・ド・オネスティーは死んだと公表されている。
と言っても、その被害は甚大である。
国民の目を極力そこに集中させないため、「天の恵み」回収作戦の成功を宣伝する必要があった。
その中に、「バベルの塔」の賢者4人中3人が出陣していること、そして国民のための戦力、国軍・騎士団・「特例魔導士」の学生が冒険者たちと力を合わせて、強大な「魔物」を葬ったことが伝えられている。
この戦いも多くの犠牲者を出したが、そのうちの一人に賢者がいたことも伝えたのだ。
国民の目を様々な哀しいことが続いた中で、決して「バベルの塔」が高嶺の見物を決め込んでいたわけでないことを知らしめていた。
つまり、この賢者の事はここでしゃべっても構わない。
ブルックスはそう判断した。
「3人と聞いています。先程お話しした「サルトル」様と、赤髪の「カエサル」様、冷徹な印象を受けた「スサノオ」様です。」
「そこまで知っているのね、ブル君は。そして、作戦会議に参加して意見を述べた。そこには「テレム」に関することが含まれていたのでしょうね。」
「はい、その強大な「魔物」の「テレム」の使い方がわかる方法を説明しました。」
「「テレム」の使い方がわかる?」
マーネットの言葉にブルックスは頷き、立ち上がって自分の荷物に近寄る。
シートで覆われたその中に手を入れ、しばらくゴソゴソしていると、手のひら大くらいの大きさである円形のメタリックなものを取り出した。
「マーネットさん、この大きなものって「覚石板」ですよね?」
「ええ、王宮や学校からの連絡で、地図や重要な映像が送られてくることがあるの。それが何か?」
「ちょっと使わせてもらいますね。」
そう言うと円形のものを起動させたようで、微かに光を放つ。
数分すると、その壁にかかった大きな「覚石板」が鈍く光り、この部屋を映し出した。
「なんで同調できるのよ!これ、王宮からも通信が来る秘匿回線でもあるのよ!」
お姫様は先程から混乱されてるなあ、とランデルトも呆れながら見ていた。
ランデルト自身はあまり情報を持っていないため、マーネットほどの驚きはない。
「すいません。みれば解るもので。」
「まあ、いいわ。それで、その小さな機械は何が出来るのよ!」
半分キレ気味にお姫様が聞いてきた。




