第11話 メルナ・ビスハインド
「魔物」の巣窟ガンジルク山に墜ちた「天の恵み」。
その回収に「バベルの塔」は「リクエスト」を実行。
多くの国軍兵士、騎士、冒険者が召集される中で、この学校「クワイヨン高等養成教育学校」にも召集がかかった。
ブルックスは幼馴染もまた、この「リクエスト」に参加することwを知り、この改良される前のバイクを駆り、支援物資、具体的には自分と父、祖父が作り上げた「テレム」を効率的に使用できる剣と盾、そして「テレム」発生器を渡しに、再外城壁都市セイレイン市に駆け付けた。
「ちょっと待て、ブル。なんなんだよ、その「テレム」発生器って。」
「簡単に言えば、この空気中にあるモノを取り込んで、「テレムリウム」で「テレム」を作る装置です。小型化するのが厄介でしたけど、その時点で試作器ができていました。」
「いやいやいや。そんな簡単に「テレム」が出来るものか?「大体、「テレム」がどういったモノかって、まだよくわかってないんじゃないのか?」
「そんなことないでしょう?うちみたいな小さな工房で文献を見る機会は多くはありませんが、賢者の一人「サルトル」様のはからいで、「テレム」関係の文献を見せて頂きましたし。」
ランデルトの質問に、ブルックスがそう答えると、前に座っているマーネットがいきなり飲んでいたお茶を吹き出した。
「ちょ、ちょっと、マーネットさん!王家のお姫様が、お茶を吹き出しちゃダメでしょう!無作法にもほどがありますよ。」
「ご、ごめんなさい。」
奥から黒のロングドレスに白いエプロンを着た妙齢の女性が飛んできた。
マーネットの周りに飛び散っているお茶を綺麗にふき取っていく。
「メルナ!出てきちゃダメって言ってあるでしょう!」
「ですが、マーネット様。この惨状はさすがに見るに忍びなく…。」
謝りつつも、瞬時にマーネットの周りを綺麗にしていく。
「確かに、今回に限って言えば、私に非がありますが…。あなたの存在が、この寮生たちに知られては、隠している意味がなくなってしまうのよ。」
「それは重々承知しておりましたが、この状況と私の使命を考えれば…。もし、このまま私の存在をお隠しになるのであれば、そのような対処もすぐに完了させます。」
メルナと呼ばれたマーネットの侍女と思われるその人が、冷たい目でブルックスとランデルトを見た。
ブルックスもその目から、前述の言葉の意味が心を凍らせた。
「やめろ!今、明らかに口封じで俺たち二人の息の根を止めようとしただろう、この女!」
ランデルトはそう言いながら、「魔導力」を腰の位置で広げている手の平に集中し始める。
臨戦態勢、一歩手前だ。
そこはさすがにこの学校で2年間過ごした「特例魔導士」だ。
危険を察知する能力は長けている。
ブルックスは荷物の中に旧型ではあるが「テレム発生器」を仕舞い込んだことを悔いた。
しかも最新のチェーンアップした「テレム発生器」は玄関の外に置いた鞄の中だ。
マーネットの後ろでその「魔導力」を集中し始めているメルナは、ただの侍女でないことを物語っている。
「特例魔導士」かどうかは分からないが、その能力は匹敵するほどだろう。
マーネットの世話係であることは間違いないが、警護も担っていると見た方がいい。
2対1とはいえ、ブルックスに勝てる気は全くなかった。
「やめなさい、メルナ!二人も落ち着きなさい。すべて、私が悪いんだから!」
さすがの姫様も、現状を理解し、室内戦闘になりそうな状態はお望みではないか、とブルックスは安堵し、この寄宿舎に突入させるために遠隔操作を開始していたバイクのモーターを止めた。
「いいのですか、お嬢様。お嬢様の身分もさることながら、王族専従の護衛が存在することを学生に知られて。」
「その事は大丈夫。この子たちは信用に値する子たちよ。あなたもそれは充分理解しているのではないかしら。」
「お嬢様のおっしゃる意味は理解しております。ですが、見るからに貧相な体つきの彼は…。」
そう言いながらブルックスに目を向けた。
ランデルトはこの学校で鍛錬を受けている。
2年間は基礎的なことを重点に、講義も、体術も魔導術も徹底して底上げがはかられていた。
だからこそ、まだ入学前のブルックスの身体が貧相に見えても仕方ない。
例え、「魔導力」による、身体強化の方法も、ある程度の鍛錬した身体を逆に弱そうに見せていることを、狙ってやっていたとしても。
「彼は非常に危険です。外見は背の高い筋肉がまだ付き切れていない学生でも、内在する力はそこの男性より、失礼ですがお嬢様より強い。にも拘らず、貧弱に見せているという事は、何かしらの策を弄している可能性があります。」
ブルックスは、この侍女を務める女性が、正確に「魔導力」を測る術を持っていることに舌を巻いた。
今まで、自分以外でそのように「魔導力」や「テレム」を知覚できる人物がいるとは思わなかった。
「その者、何を企んでいる?何を考え、この高貴なお方に近づいてきた?」
マーネットが高貴な人とは、先程のマーネットの自爆で初めて知ったのだ。
理由も何もない。
力を隠していたのは、いらぬトラブルを防ぐためだ。
他意はないのだ。
「だから、威圧的な態度を取ることはやめなさい!これは命令よ、重機甲騎士メルナ・ビスハインド!」
重機甲騎士。
それは常人ではとても持つことすらできない重量の甲冑を身にまとい、常人には考えられないスピードで戦場を駆ける騎士の称号。
対人戦闘がほとんどないこの世界で、超重量級「魔物」を想定して戦う王宮に所属している騎士の中から選抜され特別な鍛錬を受けた騎士たちである。
しかし、その存在は一部の王宮関係者、政府上層部、「バベルの塔」の住人たちが知るのみの隠密部隊でもあった。
だが2年前の叛乱時、彼らのほとんどが、ツインネック・モンストラムの発生に、王宮を離れ、ガンジルク山に向かうべく城壁を出たところであった。
そののちに叛乱の報を受け反転したが、そこに見たのは崩壊した王宮と国王の死であった。
その事は彼ら王宮専従重機甲騎士にとって屈辱以外の何物でもなかった。
だが悲嘆にくれる彼ら王宮専従重機甲騎士に対し、当時すでに「クワイヨン国高等養成教育学校」寄宿舎総管理長を努めていたマーネット・ムル・ラーシェンが言った。
「あなた方は「バベルの塔」からの要請により、国王自らの命令によりかの地に赴いたのです。あなた方に非はありません。自らを責めるのはおやめなさい。あなた方は王宮専従とはなっていますが、それはあなた方の戦力を公にしないための措置であって、忠誠を尽くすのは国王ではありません。国民です。それをお忘れなきように。」
この王族の姫、マーネットの弁は重機甲騎士たちの心を動かしたのは事実である。
結果的には、数にして10人に満たない王宮専従重機甲騎士たちは、完全に秘匿されたまま、その仮の任を受けてクワイヨン国全域に散っている。
メルナ・ビスハインドの名も、「天の恵み」回収作戦で死亡したリストに載っている。
いくつかある理由の中で、今はマーネットのもとで侍女としての任につき、この学校内の諜報活動に従事していた。
その一つが、「バベルの塔」に関する情報収集である。
マーネットは国王よりも地位の高い「バベルの塔」に不信感を持っており、その調査を「バベルの塔」の管理下であるこの学校での内偵に、メルナを使っていたのである。
「ごめんなさい。彼女は私の侍女で、警護も担当している王家の騎士なの。でもそんな存在がこの学校に知れると「王家とは遠縁にあたるものの、気さくなマーネットさん」という私のイメージが壊れるでしょう?実際、ここに赴任した5年前にはいなかったの。2年前の騎士の叛乱を機に、こういう人がつけられたってことなんだけど。」
その説明にはブルックスもランデルトも納得はしていなかったが、それ以上聞けば、本当にこの女性と戦闘が開始され、二人の命がなくなる気がしたので、深く考えるのはやめることにした。
ちょっと天然のお姉さん、そういう事にするとランデルトの目からのか細い思念がブルックスに流れ、頷いた。
「だからメルナ、もう大丈夫。ありがとうね。下がって休んでて。」
丁寧に礼を言った後、事実上の命令としてマーネットがメルナに告げる。
メルナの目に、明らかに悔しそうな色が浮かんだが、マーネットに一礼し、そのまま奥に下がり姿を消した。
と言っても、何かあれば先程と同様、すぐにこの部屋に姿を現すのは間違いなかった。
「ごめんなさい、ランド君、ブル君。まずは座って、ね。」
そう言ってマーネットは二人に席に着くよう促す。
ブルックス自身立ち上がって一触即発に身体が備えていたことに気付く。
張りつめていた体の力を、大きく息を吐くことで緩めて、ソファに深々と座る。
ランデルトも手に集めていた「魔導力」と、その力に寄せてきていたこの空気中の「テレム」が拡散していった。
「それで、話が中断しちゃったね。本当に驚いたんだからね、ブル君の話。貴方、個人的に賢者様と関係があるって、本当なの?」
マーネットの言葉に、何で強力な騎士と戦いそうになったのかを思い出していた。




