第10話 お姫さまの私室
小さな体でブルックスに対してなぜかお怒りの態度を取る、この国の王室に近い立場の寄宿舎総管理長の女性、マーネット・ムル・ラーシェン。
どうやら、ブルックスの持つ技術に興味を通り越してしまったらしい。
「マーネットさん。さすがにその態度を新入生に向けるのはどうかと。確かに、この新入生が家内の変人という事は、この俺でもわかりますが。」
「おかしいですか、自分?」
「「おかしい!!!」」
二人の声がハモった。
「コホン。ブル君に聞きたいことは山ほどあるから、とりあえずここは離れましょう。私の部屋なら、一応、対魔導防御のシステムあるし。」
「そうですね。何度かマーネットさんの部屋を覗こうとして、お仕置き室にぶち込まれた奴が結構いましたから。」
「そうなんだけど…。この結界発生装置なんか見せられると、自信無くしちゃうわ。」
「まあまあ、そういうことも含めて、戻って聞きましょう。」
マーネットはランデルトに促されて、「アルス寮」に向かう道に向かう。
「こっちって、さっきの道と違いますね。」
ブルックスの言葉に、前を行くマーネットが振り向いた。
「さっきのバイクってやつ、少し大きめでしょう?人が徒歩で行くならこちらから裏口に向かうほうが早いのよ。」
「ここって、結構広いから、道はよく覚えておいた方がいいぞ。後で、「リング」に個別の学籍番号と「魔導鍵」が付与されるから、ここの情報はそいつで調べるのが手っ取り早いけどな。」
「そんな便利な機能があるんですか?」
「お前の持ってる技術を聞くと、そうも思わんが、この学校が「バベルの塔」の管轄という事もあって、かなり高等技術がいたるところで使われてる。さっきの「魔導力パターン」っていうやつで個人の特定は瞬時にできるらしい。だから高等養成教育学校の敷地内で不埒なことは慎んだ方がいい。おそらくだが、ほぼ個人のプライベートってやつは制限されてる。軽微な罪は見逃してるようだが、俺達「特例魔導士」って奴の「魔導力」の強さを悪用しようって考える奴がいてもおかしくないから、「バベルの塔」は監視の目を光らせてるってわけだよ。」
「明日の入学式の後、そういった諸々の事は説明されるはずだから、しっかり聞いておいてね。」
そんな会話をしてるうちに、「アルス寮」の裏口につき、そのまま寄宿舎の中に入った。
廊下をしばらく歩くと大きな扉の前にマーネットが立つ。
「ここが私の部屋。ブル君はさっき玄関に置いてきた荷物持ってらっしゃい。ランド君も手伝ってあげてね。」
「あいよ。」
「すいません、先輩。」
ブルックスは玄関に放置していた荷車のまま、その荷物を引く。
ランデルトがその荷車を押してくれて、比較的楽にマーネットの私室に足を踏み入れた。
「久しぶりよ、私の部屋に学生を入れるのは。」
マーネットは先程と変わらぬパンツと胸元が少し空いているブラウスという出で立ちで、二人を迎い入れた。
ブルックスの持ち込んだ荷物はそれなりの大きさである。
通常の部屋では入らないかと思ったのだが、マーネットの部屋は通常のモノ、という物差しでは測れなかった。
「なんですかこの広さ!俺の部屋の優に5倍くらいあるじゃないですか!」
驚いたランデルトの声に、涼し気な笑顔で答える。
「私はこれでも王室の一員なの。これくらいの部屋は当然!」
ここにきて、急にお姫様モードになったマーネットに、ブルックスは内心ため息をついた。
いや、呆れたというべきか。
貴族の顧客もいる鍛冶屋「ハスケル工房」で時折見かける尊大な態度を取る子爵クラスに、こんな感じの人がいたな、と。
「ヤダあ~、ブル君!そんな冷ややかな目で私を見るのはやめて。」
ブルックスは自分の心情があからさまに表情に出てしまったことを、密かに恥じた。
マーネットやランデルトが言うように、「特例魔導士」の教育学校であるここには、様々な人が集まってくる。
それはアルクネメからも、父のハーノルドからも、そして、エーシモフからも聞かされた。
この「クワイヨン酷高等養成教育学校」は、確かに「特例魔導士」の教育・養成が主たる目的だ。
だが、「魔導力」を間違った使い方をする輩を選別する目的もあった。
強力な「魔導力」を持つ悪党がいれば、内乱状態すら想起される。
実際に2年前には「特例魔導士」が首謀者として、国王を殺害し、叛乱を企てたのである。
危険な「特例魔導士」は排除される。
それは否定できない事実だった。
だからこそ、自分の思念を完全に抑え込まねば、悪の手が迫ってくることもあるという事をよく肝に銘じておくべきであった。
「ここは、確かにこの寄宿舎総管理者の部屋。だけど、私が自分の地位で作らせたわけじゃないの!この管理者の先任者が、寄宿舎設計当時に作った部屋。校長もここよりも大きな部屋を持ってるけど、実際は「バベルの塔」の住人が訪れる時のために、広く作られたのよ。でも、「バベルの塔」の住人がここに来たことなんてないの。だから、私が執務をする部屋と、生活の場以外は。ほとんどが書庫になってるんだから!」
「いや、いい訳はいいっすよ、マーネットさん。王増、貴族の部屋だからで十分。でもいつも気さくに接してくれていたマーネットさんが、こういう部屋に住みたがったってことに失望してるだけです。」
いや、本当に王族にそんな言葉吐いたら、警護の人間にしょっ引かれるだろうに。
ブルックスはそう思い、やはりマーネット・ムル・ラーシェンは、フランクに学生に接していることを改めて納得した。
「本当に、こんな部屋はいらないの!正直なことを言えば、玄関わきの事務所くらいで十分なんだからね。」
この二人の言い合いも興味深いのだが、ブルックスもこの持ってきた荷物の整理もしなければならないから、本題に戻すことにした。
「お二人とも、「テレム」関連の話は今日でなくともいいですか?」
ブルックスの言葉に、二人がその強烈な視線を向けてきた。
やはり興味はあるらしい。
「二人ともそこの椅子に座って。ちょっとお茶入れてくるから。」
席を勧め、二人が座るのを確認すると、マーネットはすぐに奥の部屋に消えた。
「とは言っても、本当に広いな。この寄宿舎「アルス寮」の見取り図には、ここでてなくてさ。何のスペースか、すげえ気になってたんだ。」
ソファに座ったランデルトがそう言い、胸ポケットから小さな手帳を出した。
「明日、入学式後にこんなものを貰うよ。一応、この学校の学生心得って言うのから、敷地内の設備の説明や、年間行事、あと3年以上でチームを組めるようになるんだけど、そのチームによる模擬戦なんかの説明もあるんよ。で、ここ。」
ランデルトが開いた手帳には「アルス寮」の5階までの簡単な案内図があった。
この1階は食堂と談話室、トレーニング室と、浴場が配置されている。
ただし、1/3の区画が空白だった。
「まさか、寮管理長の部屋とは書けないでしょう?この寄宿舎の1階の1/3を占める区画を。」
奥からトレイにティーカップを3つ載せたマーネットが戻ってきた。
ティーカップをそれぞれの前に置き、マーネットはランデルトとブルックスの座ってるソファの前に座る。
「それで、ブル君、あなたは「テレム」をどうやって自在に操れる機械を作ったの?」
この自然界に存在し、「魔導力」により様々な利用がされてきた「テレム」。
だが、普通の人たちにとって、それは謎が多すぎる、概念だった。
ブルックスはその正体を完全に知っているわけではないが、かなり細かい物質であることは、「テレム」発生器が「天の恵み」回収作戦において、ツインネック・モンストラムとの戦いで示した功績から、知っていた。
「テレム」という物質は、植物が持つ「テレムリウム」という器官が作り出していることが知られてはいた。
だが、その「テレムリウム」がどういう植物のどの部位にあるかまでは明確にわかっていない。
これは、その関係の研究を「バベルの塔」が一括して行っており、一般の研究機関が介入できなかったことに由来する。
しかし個人でその研究をすることを止める者はいなかった。
ブルックス・ガウス・ハスケルは幼少の頃から、「テレム」が気になっていた。
これはブルックスが「テレム」を微かだが感じることに由来していた。
特に幼馴染のアルクネメ・オー・エンペロギウスの繰り出す剣の捌きを見るたびに、その周りに表れる光の粒が大好きだった。
だが、その光景を説明しても誰にもわかってもらえなかった。
他人には、その光の粒が見えていないことに、ブルックスは気付かなかったのだ。
だが父であるハーノルドはそれがブルックスの能力の一つだと直感した。
「魔導力」が「テレム」との協調した時の様子を見ることが出来る。
言い換えれば、「テレム」が何処にどれくらいあるか分かるという事だと、ハーノルドは気付いた。
そして、まだ小さかったブルックにもわかるように説明した。
それを理解してブルックスは「テレム」を追い求めるようになった。
それは「テレム」濃縮器から始まり、「テレム」発生器を経て、ある波長を照射することにより「テレム」を機械で操作することが出来る、という現象に至ったのである。
そしてこれは、国軍が持つ「魔物」撃退兵器の一つ、「テレム」分解装置と似た発想でもあった。
「どうして、と聞かれても、どう説明したらいいか…。そうですね。別に口止めもされてませんから、2年前の「リクエスト」、「天の恵み」回収作戦で起こったことからお話ししましょう。」
何か言おうとしたマーネットを遮り、ランデルトがブルックスに話を促した。
ブルックスにとって、栄光と挫折、愛する人を失ってしまった、あの出来事を二人に語りだした。




