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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第1章 クワイヨン国高等養成教育学校 入学前
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第7話 アルス寮

 寄宿舎に着いたときにはふたつの太陽がもう少しで地平線に沈もうかという時だった。

 バイクにけん引されていた荷車を外し、手で引っ張りながら玄関に入った。

 と言ってもこの荷物を持って行くのはちょっと気が滅入るな、とブルックスは思った。

 この建物は5階層になっている。

 最上階だとすると、一度で持ち上げるのは「魔導力」を使っても、かなり骨が折れる。

 ブルックスはそんなことを考えながら、玄関に入ってすぐにある受付の場所に顔を出した。


「すいません!先ほど正門警備詰所から連絡させていただいた、ハスケルですが!」


 受付で少し大きめで声を掛けた。

 奥の方で何か仕事をしていた人が顔をあげ人好きのする笑顔をこちらに向けた。


「ええ、ええ、聞いてますよ。ブルックス・ガウス・ハスケル君ね。」


 そう言いながら奥の扉を開けてこちら迄来てくれた。

 背はブルックスより20㎝ほど低い、小柄な女性だ。

 その可愛らしい笑顔から正確な年齢が見えない。

 自分の母親であるカイロミーグより上のようにも見えれば、アルク姉さんより2~3上程度にも見える。

 少し小太りに見えるのはその胸が大きめだからだろう。

 手や足は普通の女性より細く見える。

 と言っても、ブルックスにとって女性の基準がアルクネメになっており、彼女の手足は筋肉質で、それにより母に比べて太く見えるというのは解ってはいた。

 印象としては可愛らしいお母さんといったところだった。


「は、はい。この学校に入学するブルックス・ガウス・ハスケルです。よろしくお願いします。」

「まあまあ、これはご丁寧に。ここにくる子はまだ幼い子が多いから、しっかり挨拶ができる子って案外少ないのよ。特に貴族様は横柄な子も多くてね。そう言う子には、この場でまず教育させてもらってるけど…、ああ、そうか。君が最年長の入学生か。17歳、だっけ?」

「はい、17歳で、かなり珍しいと、今詰所の方々からも言われてきました。」

「礼儀が、特に挨拶が出来ることは重要よ。あら、やだ。まだ、私、自己紹介してなかったわね。マーネット・ムル・ラーシェンよ。年齢は想像にお任せするわね。この寄宿舎「アルス寮」の管理長、いわゆる寮母をやってるの。」

「えっ、ラーシェンって、あのラーシェン大公家の方ですか?」

「そうだね。そうなるよね。ラーシェン大公家の当主であるヨハネス・ブルー・ラーシェンは私のおじいさんの兄になるの。だから大公家とは直系ではないけど、うちはさらにそこから枝分かれして、伯爵位を賜ってはいるわね。」

「ですが、ラーシェン大公様は確か亡くなった国王のお兄さん、でしたよね。」

「その通り。だから、現国王のインゲームス・ハル・クワイヨン、イングおじさんとはハトコの関係になるのかしら。」


 聞いた瞬間にブルックスは一歩後ろに引き、右手を腹の一に起き深々と腰を折った。


「申し訳ありません、閣下。知らぬこととはいえ…。」

「お願い、そういう事はやめて。確かに国王と姻戚関係があると言っても、私は王宮に住んでる身分ではないの。伯爵位があると言っても、ここの学生は一応皆伯爵位という事になっているのは知ってるでしょう?」

「ええ、そう伺っておりますが…。」

「つまり、そういう事。ここでは身分は関係ない。あなたたちは「特例魔導士」として、特別な身分なの。まあ、騎士反乱事件から、男爵位から伯爵位にまで上げてのは凄いとは思うけど。」


 確かに、騎士反乱の理由が爵位に絡んでるという話は聞いていたけど…。

 ブルックスは噂で聞いていたことを思い出した。


「だ・か・ら、そう言う礼の尽くし方はやめて。それでなくとも、王室は象徴として存在してるだけで、政治的な者にはそんなに関係していないのよ。特にこの学校では私の命より、あなた達の命や能力の方が最優先で守らなければならないのよ。いろいろな意味で、この学校は特別。さすがに教官と学生では上下関係はあるけど、それ以外ではみな平等という精神を持ってもらいたいのよ。」

「で、では、私は、閣下にどう接すれば…。」

「最低限の礼儀でいいの。単純な話、寮生と寮母として接してくれれば十分よ。明日の入学式でもその説明は、しつこいくらいされるはず。」

「わ、分かりました。」


 その時玄関からすぐある階段を下りてくる者がいた。


「マーネットさん、これ、出しといてくれます?両親にここでの生活について書いた手紙と、ささやかではありますけど、給料の一部を仕送りしたいんで…、っと新入生?」


 降りてきた男子学生がブルックスに気付いてそうマーネットに問いかけた。


「ランド君、OKよ。いつも通りね。そう、今度入学したブルックス・ガウス・ハスケル君。都市は君と一緒だったかな。」

「えっ、17歳なの?新入生が?」

「珍しいんだけどね。ブルックス君。彼は3年生のランデルト・カスバリオン君よ。」

「初めまして。今日からここでお世話になります、ブルックス・ガウス・ハスケルです。よろしくお願いします。」

「3年のランデルト・カスバリオンだ。戦術防御過程の者だ。17歳で新入生?初めて聞いた。なんかすごい新入生が来るって、噂だったけど、君のことか?」

「それは、たぶん違うと思いますが。」

「まあ、そうだろうな。17歳で俺たちの仲間入りか…。大変だと思うけど、よろしく。」


 ランデルトはそう言って、右手を差し出した。

 ブルックスは慌てて差し出されたてを握った。

 手を握ったランデルトが険しい顔をした。


「君の手、凄くごつごつしてるけど…、何かやってた?」

「家が鍛冶屋でして、その手伝いをしてまして。」


 ほお~とランデルトが声を出した。


「貴族出身ではないんだね。ちょっと安心した。」


 ブルックスが不思議な顔でランデルトを見た。


「ああ、うちは地方の農家でね。貴族出身の奴らって、それを馬鹿にしてくるから、さ。」

「そうなんですか、先輩。」

「ああ、そんなに堅苦しくしなくていいよ。ここっていろんな年の奴らがいるから、変に気を使わない様にってことに建前はなってるから。俺の頃はランドって呼んでくれればいい。」

「はい、自分のことはブルと呼んでください。でも建前って…。」


 その言葉にマーネットは苦笑いをした。


「私に対しても、さっきのランド君みたいに接してくれればいいのよ。まあ、建前って言えばその通りだけど。やっぱり高位の貴族出身者は横柄な子が多いし、陰に隠れていろいろしてくる子もいるのよ。でも、みんなある程度以上の「魔導力」を持ってるから、大ごとにはならないのが普通だけどね。」

「なんか、大変なんですね、ここ。」

「まあね。「魔導力」が強いのは自分の自身の元だったりするじゃないか。それがみんな強力だったりするし、しかも見た目で分からない奴や、巧妙に隠せるものもいたりしてね。最初の内は腹の探り合いみたいになるよ。3年で過程が別れると落ち着くけどな。」


 このランデルトもかなりの経験をしてきたようだ。

 それでも初対面の下級生にこう接してくれるのは、根が優しいのだろう。


「それよりも、ブル君のバイクの置き場所なんだけど…。」


 マーネットが最初の用件を思い出して口にした。


「えっ、バイク?それって何?」


 ランデルトがマーネットの声に興味津々で聞いてきた。


「自分が家から持ってきた移動用のデバイスです。この寄宿舎でどこに置けばいいか聞こうと思ってたんですけど。」

「いや、バイクって移動手段なの?ここに乗ってきたの?みたいな、それ。」

「そうね、私も実物は見たことないわ。さっき来た詰所の人もちょっと興奮してたもんね。」


 二人の会話に、みんなこんな反応になるのか、とブルックスは思った。

 これからのことを考えると、ちょっと鬱陶しい。


「ええ、いいですよ。マーネット閣下には案内してもらわないとなりませんし。」

「閣下はやめてください、ブル君。」

「失礼しました。」


 その会話にランデルトが大笑いした。


「ちょっと待っててね。ランド君の預かりもの金庫に入れてくるから。」


 そう言ってマーネットが事務所内に入って行った。

 その後姿を見ていたブルックスにランデルトが声を掛けてきた。


「本当にいろんな奴がいる。で、皆「魔導力」が高い。十分気を付けてくれ。中には「魔導力」を見ることが出来る奴もいて、低い奴に嫌がらせするような奴もいるからさ。2年前の「リクエスト」後、上級生がごそっといなくなって、結構この校内の治安が乱れたこともあるし。この間も、かなり癖のあるやつがいたんだが、女子学生を襲うなんてこともあった。これは相手が悪くて、その男子学生は半殺しにされてね。もともと素行が悪いから、「バベルの塔」が「魔導力」を使えない処置をして放校処分になっていたよ。」

「凄い女子がいるという事ですか?」


 マーネットが帰ってくる気配がした。


「この話はあとでしてやるよ。その大きな荷物運び終わったら俺の部屋に来るといい。311号室だ。」


 そそくさとそう言うと、近づいてくるマーネットに視線を向けた。


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