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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂騒曲 第1章 クワイヨン国高等養成教育学校 入学前
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第5話 王都への道

 ブルックスの実家があるミリノイ藩は王都クワインライヒ市に隣接してはいる。

 ただ実際の地形的には、鍛冶屋「ハスケル工房」のあるアルトラクソン市サミュエルソン町から王都まで丸1日以上かかるのが実情だ。

 ブルックスの家から乗合馬車の待合所までは歩いて30分もかからない場所にある。

 乗合馬車は日に午前と午後の2本出ている。

 普通に王都に用事がある場合は、この乗合馬車を使うのだが、どうしても途中で馬車を引く馬の交代を行ねばならず、中継地での宿泊を余儀なくされる。

 特に陽が沈んだ後の通行は基本行わない。

 野盗や、凶暴な猛獣たちから身を守るためだ。

 そのため、どうしても丸1日以上の時間を必要とした。


 重工業都市・モンデリヒトでは当たり前のように走っている個人所有のバイクや4輪車をこの国で見かけることは稀だ。

 もし見るとすると、「バベルの塔」管轄下の政府公用車か、軍用車であろう。

 それらの動力は「魔導力」には頼らない。

 もっと別の機関を搭載しているようだ。


 ブルックスが操るこの2輪車は、油をもとに発熱させて特殊な液体を熱し、そのエネルギーで電気を発生させている。

 基本的にこの発熱を利用するか「魔導力」を利用するかの違いではあるが電気を起こし、モーターを回している。

 このバイクには違うエンジンというモノがついていた。

 このクワイヨンで手に入れるのが難しい「石油」を用いて、燃焼・爆発の力をシリンダーで回転運動を車輪に伝えるというモノだったが、父親のハーノルドがモンデリヒト製の「魔導力」を電気に変換する機械をどこからか手に入れてきて、さらにその電気を貯める「バッテリー」を分解して、その知見をもとに自分で「バッテリー」を作ってしまったらしい。

 その経験が、「天の恵み」回収作戦時に使用した小型飛翔機の修理に使用されたという訳だ。

 そんなハーノルドの工具・機械いじりの結果、このバイクも作物から生成される油を用いた発電機構を構築し、「バッテリー」を作り、「魔導力」から直接モーターを回して動けるように改造されたものであった。


 市役所を通じて特許の申請も行ったらしいが、先に「テレム」関連の特許で白い目で見られている変人工房とまで陰口を言われる「ハスケル工房」は、審査自体はすんなり通ったようだ。

 それをもとに国内の道路の走行許可を半ば強引に取り、このバイクの横に国指定の許可書がよく見えるように貼ってあった。

 これをしておかないと、強欲な官吏に難癖をつけられ没収される可能性があったからである。

 確かに、ここ最近「魔導力」が大幅に増強された気がしていた。

 2年前にこのバイクを運転して、壁の街セイレイン市まで言った時は、「魔導力」がすぐにも尽きたイメージだった。

 それが、今ならこの「魔導力」だけで無理なく往復できる自信があった。


 王都へのメイン通りはほぼ一直線に作られてる。

 途中に森や平原を通り抜け、何か所か街を抜けていく。

 またはその町から少し離れるように進む道もあった。

 その場合には幅が同じくらいの道がその街に伸びている。

 多少のアップダウンはあるものの、かなり走りやすい道である。

 大抵の大きな都市には王都から直線で道が伸びており、大きな山や、谷といったものはないと聞いていた。

 川沿いや川を超える橋はあったが、この道の伸び方、そして大きな都市とをつなぐ道の整備のされ方を考えると、この国全体に年を計画的に配置されたように錯覚してしまう。

 だが、このアルトラクトン市と王都を結ぶ交通の要の道は、最低でも500年前にはあったと聞いている。

 そんな昔にこの国自体をデザインするような高度な技術があるわけがなかった。

 ブルックスは自分の錯覚を頭から追い払おうとした。しかし…。


 既にブルックスの視界のはるか遠く、空にまで伸びる構造物が見えていた。

 「バベルの塔」だ。

 その塔は遥か昔よりそこにあると聞いていた。

 しかも、自分がいま運転するバイクの技術も元は「バベルの塔」ではないかと父親のハーノルドが零していた。

 この都市、国は「バベルの塔」が設計構築したのではないか、という巷の噂を信じそうになってしまう。

 一体、あの「バベルの塔」、そしてそこに住む住人たちは何者なのだろうか?


 ブルックスは単調な平原の中の道にバイクを走らせながら、あの日からのことを思い出していた。

 あの講義室で高らかにファンファーレが鳴り響いた日。

 ブルックスが強制的に「特例魔導士」とされた時には、タイムラグなしで「特例魔導士」を管理しているクワイヨン国行政府、政府司政局魔導管理部特例魔導士管理課に報告が上がった。

 翌日には「リング」からブルックス本人と、保護者であるハーノルドに3日後に自宅に担当官が赴くことが告知された。

 その日は二人とも外出せぬようにとの注意喚起と共に。

 その日の都合が悪い場合にはリング」の緊急回線で報告し、指示を受けるように連絡があった。

 それを怠り、担当官が「特例魔導士」と面会が出来ない事態が発生すると、その家族は即刻逮捕監禁される。

 それがただの間違いであれば、担当官の面接の後に家族は即時解放される。

 しかし、故意に逃亡したことが判明した場合、家族は強制収容所送りになり、「バベルの塔」が全力で逃亡者を捜索する。

 発見後、脳改造を受けると噂されていた。

 「バベルの塔」は「特例魔導士」の人物が欲しいのではない。

 その能力が欲しいだけ。

 そう陰口を叩かれてもいるが、その半分以上は事実である。

 ただし、実際に行われるのは脳改造ではない。

 「バベルの塔」内にて、その能力とその人体の関係を徹底的に調べ上げられる。

 つまり人体実験に処されるのである。

 それは苦しみなく行われる死刑の比ではなかった。

 そして、その事実を知っているのは政府上層部の限られた人物だけであった。


 ブルックスの場合には、その報を受けたクワイヨン政府司政局人事担当官ソルドイド・エビス・エーシモフという白髪が大部分を占める目付きの厳しい男性が現れた。

 本人確認の照合が終わると、続いて「クワイヨン国高等養成教育学校」入学までの日程が説明され、さらに入学後から卒業までの流れが説明された。

 基本的には6年間、その学校で「特例魔導士」としての養成が主に行われるわけだが、「特例魔導士」と言う、国家の財産はその個性に応じた職種に振り分けられる。

 身分は伯爵位と同等、国軍レベルであれば大尉相当の身分が学生時代には付与される。

 さらに実戦の場に赴くことも学生時代に起ることも説明された。

 これは2年前の「天の恵み」回収作戦に学生が半強制で参加させられた事実を説明された。

 さらに準公務員レベルの給与が支給される。

 ただし、この額は一律ではなく、学校での成績・評価が金額に反映されると説明された。

 基本、2年間は基礎学力・体力・技術の習得がメインであるが、その間の成績で3年次から4つの専門課程に配属となる。

 「経済」・「守護管理」・「生産・技術開発」・「戦術防御」各過程は、多少は本人に希望は聞かれるが、やはりというか、これも2年間の実績をもとに割り振られることが多いという事だった。

 アルク姉さんは「戦術防御」過程だったらしい。

 そのことを教えてくれたのは、エーシモフ官吏の優しさ故か、「バベルの塔」の指示か?


 クワイヨン国高等養成教育学校入学までに、拘束や鍛錬の強制はなく、自主判断に任されるらしい。

 ほとんどの者は入学までの間に身体や「魔導力」の鍛錬に当てるらしい。

 その気があれば入学前でも寄宿舎を利用し、学校の教育を受けることもできるらしい。

 ただ、ブルックスは一つのことを質問した。


「在学している魔導工具士養成学校には、高等養成教育学校入学時まで通っていいのか?」


 エーシモフにとっては意外な質問だったらしい。

 大抵のものは鍛錬を選択するし、もう自分の好きな道に行くことが出来ないのに、無駄なことはしなくなるものだった。

 少なくない人が、無為に過ごすとも聞いた。

 だが、現在通っている学校への通学を希望する者は、エーシモフにとっては初めてだった。

 ただ単純に皆中等教育学校の者が殆どだったから、という事なのだが…。


 そう。ブルックスが異例なのだ。

 15より上の者が判定で「特例魔導士」となること自体稀だ。

 16歳でなるものが、23か国の中で数例あったものの、17歳はこのブルックスが初めての例となった。


「構わないさ。だが、何故?」

「もともと、父たちのこの工房を継ぐつもりで幼少から手伝ってきた。その勉強のために通っていた学校だ。実際にこの仕事が好きでもある。高等養成教育学校入学という事は承知せざるを得ない。ただ、それまでは好きなことをしたい。」

「好きにしてもらっていい。」


 その件はそれで終わりというように、続いて、入学の時の引っ越しに必要な馬車の手配や、家族の入学式参加についての有無を聞いてきた。

 ブルックスの家族3人は入学式には参加しないこと、引っ越すための馬車は無用と告げ、その代わりにバイクを寄宿舎に置くスペースを要求した。

 この要求にエーシモフにとってはさらなる驚きだった。

 実物を見せると、驚きの顔が興味津々の顔に変わった。

 ハーノルドが触れることを許可すると、この家に来た初めて笑顔を見せ、はしゃぐように触ったり跨ったりした。

 それに気をよくしたハーノルドがバイクにエーシモフを乗せ近くを一周して帰ってきたときには、完全に顔の表情筋が崩れたように、だらしない顔になり、ブルックスの両手を取り、学校での生活についてできうる限りの協力を約束した。

 そのかわりに時間のある時に、このバイクに乗せて欲しいと懇願してきたのはブルックスだけでなく家族のものみなが困惑してしまったほどだった。


 王都までの道中、「ブルックスは途中で一度休憩を取り、数台の馬車を追い越して、まだ十分陽の高いうちに、「クワイヨン国高等養成教育学校」と書かれた巨大な門の前にバイクを止めていた。

 

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