第17話 ユスリフル野営地
野営地として選定されたユスリフル。
この地はガンジルク山のふもとから3㎞ほど離れていて、偶発的な「魔物」との戦闘は避けられるはずだ。
この地は何度か「リクエスト」の中継地として使われていることから、多少の物資が格納され、今回の人員には対応できないものの宿泊用の設備も整えられている。
井戸水をくみ上げ、「魔導」で洗浄してあるので飲用水として利用可能。
排泄物用のトイレ設備があり、近くの川まで地下を通じて汚物を浄化して排出している。
オオノイワ大平原と呼ばれるこの地形は、ガンジルク山から湧き出る水源から流れるヤワナイト川を中心に低木の植物が地を覆っている。
低木や、草原のため、遠くまで視認でき、「魔物」の接近が察知しやすい。
小型の通常の動物も多く、比較的食糧には困らない。
だが、ガンジルク山が近いため、「魔物」が食料を求めて出没することがある。
この「魔物」が、交易ロードや城壁まで来ることがあり、駆逐の対象になることもある。
逆に、「冒険者」は、ガンジルク山より出てくる「魔物」狩りのために、この施設を利用することもある。
正当な申請に基づき使用許可が出ることもあるが、勝手に使っている「冒険者」がいることも事実だ。
今回は、人員が多いことから、この施設は主にトイレとして使われていた。
もっとも男性は人目を忍んで野外ですることの方が多い。
現在、この施設を中心に50両の移動車両が止められ、その車両の周りに野営テントが設置されている。
他、国軍やシリウス騎士団は少し離れたところで野営地を設置している。
飛竜隊は5名ずつ上空を旋回し、監視業務を行っている。
「冒険者」や養成学校の学生も時間帯で寝ずの番を設定し、周辺の監視を行う予定である。
シリウス別動隊上層部は今後の作戦行動、本体との合流について協議していた。
「当初の作戦行動の予定通り、学生のチームにこちらの意向を受諾した「冒険者」チームを配置しております。その両者が今後どうなるかまではこちらでは責任は持てませんが。」
下士官の報告をミノルフ、バイエル、サルトルが静かに聞いている。
「明日の移動開始は当初の予定通り日の出となります。本隊も今、交易ロードから出てすぐにある中間国軍施設ミドルb-セッションを中心に展開。野営しておりますので、明日、予定通り11:00目的地前5㎞に展開予定。こちらの部隊はその前の10:45にその地点より手前1㎞に展開を開始予定。アクエリアス別動隊は予定より早く中間地点を通過。当初野営ポイントよりさらに進んで最終目的地の手前100㎞に野営するとの報告があります。これにより作戦行動地点に10:10到着予定。そこから偵察・監視任務開始します。」
現状の報告を終えると、下士官はその場を後にした。仮に質問したところで、今の下士官には何も答えられないことはバイエルにはよく解っていた。
「我々ももう少し先まで進めた方がよかったでしょうか?」
バイエルは「賢者」サルトルに尋ねる。
「問題ない。ここには排泄物の処理所がある。これは大きい。初陣の女性兵士には少しでも落ち着ける場所がいる物だろう。とりあえず、一応の我が別動隊の行動を確認しよう。ミノルフ殿、頼む。」
「賢者」サルトルから指名されたミノルフは今目の前に映し出された地図を動かしながら説明した。
「予定時間に到着後、移動車両を壁として布陣。安全地域を確保。砲撃車を前面に展開させ、本隊が来る前に、「天の恵み」までの道を砲撃により邪魔な巨大物を排除。その後国軍兵士を展開し、道を整地しつつ、距離を伸ばします。その状況を我々飛竜隊が上空より監視。状況に応じて道の方向を修正するための指令を発令。当然のことながら、「魔物」の襲撃を監視して、随時護衛にあたる騎士団、「冒険者」、「クワイヨン高等養成教育学校」学生部隊が討伐にあたります。本隊の道路施設部隊と合流し、極力早く「天の恵み」回収後、「魔物」討伐しつつ、撤退となります。作戦終了を18:00に設定しております。」
「分かりました。基本的に何事もなく回収を終わらせれば問題ないですが。我々が貸与している、対「魔物」駆逐弾、シールド発生器の扱いに問題はないですか。バイエル准将殿。」
「もともと取り扱いの訓練は行っております。問題はありません。」
ミノルフは今の会話を聞き、「そんなもんがあるなら、こちらに回せ」と心に壁を作り、心の中で愚痴る。
「「魔物」については釈迦に説法かもしれませんが、この山の物はかなりの数がいること、そして巨大な「魔物」も多数いる可能性が高いこと。そのようなものから必ず「天の恵み」回収を成し遂げねばならないことを肝に銘じてください。やつらは「テレム」に惹きつけられる習性が確認されています。このガンジルク山は「テレムリウム」を持つ植物が多く、そのためこれだけ多くの「魔物」が生息しています。逆に言えば、普段の「魔導力」より大きな力が発生しやすいので、皆様の部下たちにはリング上に示される「テレム」量と、自分の「魔導力」の数値には充分注意してください。
それと、これはどの事態でもいえることですが、単独行動をせず、必ずチーム単位で事に当たること。そのチームは色々な特色があると思いますが、もともとのチームであることが生還率を高めます。万が一、そのチームが崩れることがあれば、素早くその場に居る者たちでしっかりと協力をすること。その為の「アイ・シート」や戦闘用通信リングを連動させてます。司令官やオペレーターもそのことに注意するように。
そういう事からも、戦闘司令車には「魔物」を近づけないように。だからと言って戦場から離れすぎては意味がないことも事実です。戦闘司令車が破壊されるようなことがあれば、戦線は瓦解します。現場の独自判断程、危険なものはないのですから。今回は「魔物」が相手。ただ、その数が予測不能状態です。これは戦闘員の方に注意を促していただきたいことですが、基本は近づかずに、「魔物」の力を削り取ることです。これが、こちら側に有利に働きます。何卒よろしくお願いします。」
「賢者」サルトルからの言葉に、ミノルフもバイエルも静かに頷いた。
現時点までは予定通りだが、ここからは「魔物」達と遭遇する確率がどんどんあがっていく。
単純な遭遇戦では、我々飛竜隊、騎馬隊が事に当たるが、数が多くなれば移動車両から出て戦う必要がある。
移動車両は遠隔操作だ。
その連携はうまくできるだろうか?
ミノルフは戦闘司令車を後にした。
目の前にペガサスが待っていた。
(少しは休めたか、ペガサス)
(なかなか休むという訳にはいかんよ。これでもこの飛竜の長を務めているんだ。皆勇猛なやつだが、この長距離となると疲れる奴も出てくるよ。とりあえず、休める奴を休めてるとこだ。今後、監視任務に就くんだろう?)
(まだ、俺個人は考えることがあるからな。ペガサスも休めるときに休んでおけ。今後、肉体に疲労がたまりやすいのはお前たちの方だ)
(わかってる。今は大丈夫そうだが、夜、やばいかもしれない)
(これだけ人の匂いがするからな。つられてきそうなやつはいそうだな。何かあったら、すぐに頼む)
ミノルフは周りで火を掲げて魔除けにしてる光景に不安がよぎる。
(ああ。まかせろ)
ペガサスの力強い心が返ってきた。