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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
狂想曲 序章
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第2話 ファンファーレ

「我々が日常用いている、いわゆる「魔導力」とは、狭義の意味では、人間が持つ精神波を自分の身体や外部に対して物理的な影響を与える力だ。ただ一般的にはこの精神波と、空気中、または体内に取り込まれた「テレム」とが影響したものを言うことが多い。」


 教壇に立つ魔導具の理論を専門とする講師、ジュリドール・カイム准教授が専門的な話の定義について話していた。


「この個人の才能ともいえる「魔導力」は、ある程度の鍛錬でその能力をあげることは可能だ。君たちも中等教育の過程で経験していたと思う。ただ、やはりその才能は生まれ持って強力な者たちが存在する。「特例魔導士」という存在だ。我々の住んで居るこの星、地球の23ある国家で、様々な文化、教育、法律が異なる中で唯一、「特例魔導士」に関する規則は統一されている。その「魔導力」があるレベルを超える者たちは、生まれた時に装着される「リング」がその判定を行い、その国の政府上位機関である「バベルの塔に」告知。同時にその告知されたのちの1年以内の1月に、高等養成教育学校に入学する。こいつらはそう言う意味では化け物みたいな「魔導力」を発動させる連中だ。その能力にさらに磨きをかける。そしてこの国に奉仕を義務付けられている特別な存在だ。一般の国民は貴族制度があっての上とはいえ、職業選択がかなりの自由度を持っている。「特例魔導士」にはそれはない。そのかわり、かなりの優遇措置が施されているがな。

 ただ、その制度に反対した「特例魔導士」によって起きたのが、2年ほど前の「騎士団の叛乱」だ。」


 そうか、もう2年もたつのだな。

 カイム准教授の講義を聞きながら、苦い思いがブルックス・ガウス・ハスケルの心を締め付けてくる。


「少し話がそれたな。というように、「リング」を通じて個人の基礎的な「魔導力」は目安としてではあるが、数値化が可能だ。また、戦闘集団、軍や騎士団にはその環境における「テレム」濃度の測定も可能である。ただ、「テレム」の体内濃度は特殊な装置がないと正確な値を測定できない。これはある程度頭に入れて、「魔導具」や「魔道工具」といったものの作成や仕様を考える必要がある。」


 准教授はそう言って、黒板に板書をしている。


 この50年ほど前から、モンデリヒト製の印刷技術がこのクワイヨン国でも導入されてから、教科書の大量印刷が可能になり、値段がかなり安くなった。

おかげで、生徒が皆教科書を持つことが出来るようになったと、父であるハーノルドから聞いていた。

父もこの「魔導工具士養成学校」を卒業しているのだが、父の少し前の学生は教師から教科書を借りて写していたらしい。

自分の持つ教科書の厚さを見て、爺ちゃんの世代は大変だったんだな、とブルックスは思った。

ただ、そう言う作業があれば、少しは悩む必要がなくなるのかもしれない。

そんなことを想いながら講義を聞いている。


「君たちも1年次に習ったと思うが、通常の武具や工具と「魔導具」はその製造工程はほぼ一緒だ。鉱物資源の金属を含むものが使われる。通常の道具類との違いは、魔導力を伝達する力のある金属の含有量が目安ではある。ものによっては圧力をかけたり、熱をかけることにより活性化したり、逆に不活化するものもあるので、この鉱物、というか鉱石だな、この見極めが重要だ。

 よく使われる光鉱石や炎鉱石が一般的で、ムゲンシンが鉱山としては有名だ。ただ、このような「魔導力」の伝導効率がいいとは言っても、実際にその鉱石のみで成型は出来ない。各種金属鉱石を混ぜ合わせた鋼を用いることは、通常の道具と方法は大差ない。ただその鉱物に合わせた成型法を用いるわけだ。」


 ブルックスはその工程をもう子供の頃から祖父や父と共に工房で製作してきた。

 その過程でより「魔導力」伝導効率の良いとされる、魔鉱石群の取り扱いにもなれている。

 さらに、「テレム」と相性のいい原料も確認した。

 その過程で作ったのが、「テレム」濃縮器であったり、「テレム」発生器だった。


 この「テレム」関連の武具に関しては、どうしても幼馴染であり、一時期は恋人でもあった2つ上の金髪碧眼で美貌の女性、アルクネメのことを思い出してしまう。


 あの、告白から恋人となり、心と体の交わりを経験した夜。

 そこにはブルックスは生まれてきてから一番の幸福の中にいた。

 その翌朝、一通の手紙と共に不孝のどん底に叩き落とされたのである。


 幸か不幸か、既に進学先は決まっていた。

 中等学校の卒業のための単位も既にあったから、あの日から3か月もの間、家から出ることは出来なかったブルックスにとっては都合がよかった。


 既にアルクネメの両親は、本人から事情を聴き、了解していたのだろう。

 ただ、泣いていた。

 その状況を後から聞かされたと思われるブルックスの祖父、父、母はただ、ブルックスを抱きしめて一緒に泣いてくれた。

 そして、ブルックスが自分自身で立ち直るまで、見守ってくれていた。


 あの朝にアルクネメが置いていったのは手紙だけだった。

 アルクネメの命を助けるために渡した武具は全く置いていなかった。

 もしかしたら、既に使い物にならなくなったのかもしれない。

 それでも、今もアルク姉さんを守っている。

 そう、信じたかった。

 そして、今度再会できたときに、より高性能の「魔導具」を渡す。

 それが今のブルックスの支えだった。


 きっと、アルク姉さんは、どこかで生きて戦っている筈だから。


「普通の「魔導具」、いわゆる作業用に使われるものに関しては、先の鉱石を使って製造すれば、充分日常的な作業は出来る。だが、武具、剣や槍、盾、投擲用の小型の剣などはそれ以上の力を欲する持ち主がいる。そこで、さらに武具の「魔導力」を高めるための方法がある。即ち「魔鉱石」というモノを「魔導具」にさらに混ぜるという方法だ。」


 そういえば、ミノルフ卿が自ら持ち込んだ魔鉱石を使って、さらなる上級剣士用の剣を父と祖父が丁寧に仕上げていたな。


「ではこの「魔鉱石」。それほど産出量もないため、かなりの希少価値があって、実際に使うのは「特例魔導士」や、騎士団の実戦部隊の長が持つ例が多い。基本的にはこの「魔鉱石」は4つほど知られているんだが……。」


 ああ、これは誰かを指名して応えさせるという事か。

 教科書にしっかり書いてあるから、それを知っていれば難しくはないだろう。


「ミカエル・ヤーケン君。この4つの「魔鉱石」。分かるのであれば応えてくれ。」


 まあ、妥当だろう、とブルックスは思った。

 ヤーケン君はこの学年で3位から落ちた事がないほどに優秀だ。


「はい、先生。光属性に相性のいい「魔光石」、炎を作り出す「魔炎石」、空気中の水分を活用できる「魔水石」、そして「テレム」濃度の濃いところで魔導士の術式を補佐する目的に使われることの多い「魔想石」に大別されます。」

「さすがだね、ヤーケン君。ちなみに君はこれら「魔鉱石」を実際に見たことはあるかね?」

「いえ、カイム先生。私は本の知識だけで、実際に見たことはありません。」

「ここに来ている大半の学生はそれが普通だよ。卑下する必要はない。サンプルが標本室にあるから、時間を見てよく見ておくことだ。私たち教員は、知識や考え方、実際の作業工程を教えることが主であるんだが…。標準的な光鉱石を使って武具や工具を作る実習はあるが、「魔鉱石」は産出量も少なく、そのほとんどを国に納めなくてはならない。君たちが卒業後、一定の期間はそう言った専門の工職人の所で修行することになると思う。それでも知識があるのとないのでは、雲泥の差だ。君たちもしっかりとこの学校で技術の基礎を習得するように。」


 カイム先生は、この学校では結構人気のある先生なのだが、このように説教をしばしば入れてくるところが、ちょっと残念な先生だ。


 そんなことを思った時だ。

 急にどこからか、ファンファーレが、聞き覚えのある、自分たちの将来像をぶち壊した音楽が大音量で鳴り響いた。

 それは遅くとも15歳までしかならないという、「特例魔導士」への道が開かれた音。

 そして一般的な自由を奪われることを意味する音だった。


 この時期、「魔導工具士養成学校」2年時の秋には、あらかたの生徒が17を迎えている。

 まだ誕生日の来ていない生徒でも16歳だ。

 15までにしか反応しないと言われている「特例魔導士」決定を奏でるファンファーレがなる筈がなかった。


 だが、今現在、そのことを知らせるファンファーレが教室内にこだましていた。

 ブルックスは6年近く前に、大好きな幼馴染と学校から帰る途中でこの音を聞いた。

 すぐ横にいる、その当時は栗色の髪がよく似合う女の子、アルクネメの腕の「リング」から発せられたのだ。


 そして教室中に響き渡るそのファンファーレの発信源に、カイム先生はじめ、学生たちがその人物を驚きの目で見ていた。


 そのファンファーレを奏でている「リング」の所有者。

 ブルックス・ガウス・ハスケル、その人だった。


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