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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
間奏 小夜曲 冒険者アルクネメ
166/231

最終話

思った以上に長くなってしまいました。

冒険者アルクネメ編、最終話となります。

楽しんで頂ければ、幸いです。

 まぶしい日差しがその部屋に差し込んでいた。


 リーノはそれが久しく見ることのなかった、この星の空を照らす二重太陽だった。

 すでにその記憶がいつのモノかわからない程、遠い記憶だった。


 上半身を起こすと、そこにはアルクネメの微笑みがあった。


「結構眠ってたわね、リーノ。約束通りリーノと呼ばせてもらうわ。」

「はい、お姉さま。ありがとうございます。」


 上半身を起こしたリーノがアルクネメに礼を述べた。


「私はお礼されるようなことは何もしていないわ。」

「そんなこと…。その胸にいる「魔物」のアクパさんがいるんでしょう。その指示に従って、私を助けてくれた。ここが普通のお部屋、病院ではない部屋だという事くらいわかります。」


 窓から爽やかな風が吹き抜ける。

 今までリーノがいた広大な空間は、「バベルの塔」のかなりの地下に部分に作られていた。

 映像で外の風景を見ることはあったが、こうして直に陽を浴びるのは一体何年ぶりであろうか。


「もうお婆ちゃんとは呼ばないのね、リーノ。」

「そんな失礼なことは、さすがにもう…。100年以上生きておられたのはアクパさん、でしょう?」

「私もそのところはよく知らないんだけど。本当にアクパはどのくらいの知識を知っているのか、そら寒くなるわ。」

「そんな事言っていんですか、お姉さま。聞いてますよ、アクパさん。」

「今は大丈夫よ。睡眠状態に入っているから。」

「眠るんですか。」

「そうみたい。特に今回のリーノの処置はかなり難物だったようで、結構、魔導力と知識を使ったみたいでね。私も疲れて眠りはしたけど、こんなに眠りを必要とはしなかったわね。」


 少し自分で肩のコリをほぐすように揉みながらそんなことを話していた時だった。


 病室の扉をかなり遠慮したノックがあった。


 扉が開き、バンス、ダダラフィン、ヤコブシンの順に入ってきた。


「ダダラフィン卿、ヤコブシン卿!生身の身体を縫合したんですね!」

「ああ、何とか自分の細胞から培養できたそうだ。ほんの2時間前に施術を受けてきた。」

「動いていいんですか?」

「逆に動かして、しっかり神経を馴染ませろと言われたよ。」


 そう言ってダダラフィンが笑った。


「初めまして、リーノ嬢。御父上のチームメイトのソーディスタン・ヤコブシンと申します。」

「何かしこまってんだこいつは!」


 そう言ってバンスがヤコブシンの後頭部をはたいた。

 「いってえな」などと言いながら笑った。


「本当に済まなかった、リーノ。ずっと一人にしてしまって。」

「ううん、大丈夫。寂しかったし、不安だった。でも、アルクお姉さんやアクパさん、この「バベルの塔」の賢者の人たち、そしてお父さんのチームの人たちがいたから、私は今ここにいられる。それを実感できた。この日の暖かさ、外からの風を感じたら、お父さんが紡いだジトの絆が、今の私を作ってくれたことがわかったの。」

「リーノ…。」

「それにね。本当の意味で、今は心も体も軽く感じる。早く、お母さんやコトノお姉さんに会いたい。」

「そうだな。こんなに元気で大きくなった姿、アオイとコトノに見てもらおうな。うん、うん。」


 そう言って笑顔を作りながら、今にも泣きそうな顔になるバンスに、アルクネメは殺さずに済んでよかったと一人思った。


「リーノは時期にこの塔から出られるとは思うが、君は引き続き入院してもらわんとな、チャチャナル・ネディル・バンス卿。」


 開けられた扉から「スサノオ」と「サルトル」が入ってきた。


 そちらを向いたバンスの顔が、今にも泣きそうだったはずなのに、思いっきり渋いものに変わっていた。


 アルクネメはなんとか笑いに堪えたが、チームメイトの二人の男たちは大声で笑った。


「いやいやいや、歴戦の勇者たるバンスには、やっぱりベッドが良く似合う。」


 ヤコブシンはケガばかりする羽目になったバンスを思いっきり皮肉った。


「冗談ではないぞ、バンス卿。今回の件では、我々は礼を言う立場ではあるが、ホエール級の「魔物」サンド・ワーム、現時点で最強の魔導士であるアルクネメ・オー・エンペロギウス卿、そして魔導力が極端に突出した君の愛娘、リーノ・アル・バンス嬢と度も事を起こしたんだ。生きているだけでも拾いものだろう。今後、冒険者として戦っていくつもりであるなら、体のメンテナンスはしっかりしておけ。」


 あまりの正論に、バンスは言い返すことも出来ず、「スサノオ」を睨んでいた。

今の3つの出来事は全て負け戦である。

 睨むこと以外、出来ることは無かった。


「それで賢者様お二人がこちらに来られたという事は、何か重大な事でも起こったのか。」


 ダダラフィンが嫌味を込めて二人に向かって、そう言った。


「重大であるが、報告というところか。「サルトル」、話してやってくれ。」

「まずはリーノちゃんですが、無事目覚めたことと、この部屋でも充分元気そうなことから、退院が決まりました。」

「ほ、本当ですか、「サルトル」様。」


 アルクネメに負けてから、それが素なのであろう、礼儀正しい少女に変わってきたリーノが満面の笑みで「サルトル」に聞いた。


 そんなリーノに「サルトル」が笑みを返す。


「本当です。ただ、この「バベルの塔」から直接の退出というわけにはいかないので、一旦王立病院に転院してからですが。その時に君の御父上、バンス卿も転院して、こちらはしっかり王立病院で体を治してもらいます。」

「……はい。」


 しぶしぶの返事を返すバンスに、賢者以外の4人が笑う。


「そして、エンペロギウス卿、あなたの申し入れが認められました。今のあなたにそれが必要かどうかは何とも言えませんが。」

「「サルトル」様、それは高等養成教育学校に戻れるという事ですか?」


 「サルトル」の言葉に、驚きとも喜びとも取れる表情を見せた。


「ええ、もともと2年の期限付きでしたから。貴方の級友たちはもう5年生ですが、あなたは3年生として復学することになります。」


「あ、ありがとうございます。私は、あの学校が好きでした。確かに友人たちは上級生かもしれませんが、やっぱり会いたい。」

「あまり、期待を大きくしない方がいいかと思います。注意してください、エンペロギウス卿。」

「どういう、事ですか、「サルトル」様?」

「あなたはもう騎士として教官たちには認識されています。それ以外にも…。言え、本当はあなたの希望だけではないんですよ、エンペロギウス卿。」


 そう言ってベッドにいるリーノに視線をうつした。


「現在、リーノさんの体調に関して検査を続けていますが、問題はまずないだろうという見解です。一度家族の方に戻りますが、3か月後、新年を迎える時にリーノ・アル・バンスを特例魔導士としてクワイヨン高等養成教育学校に招聘する予定です。」


 リーノも、アルクネメもその言葉に驚いた。


 だが、よく考えてみれば、あれだけの魔導力を持っているのだ。

 その判断は間違ってはいない。


「先の「天の恵み」回収作戦時の死傷者に学生も多くいた。死んだものはもちろん重症の学生で復帰できないものも多い。2年がたち、特例魔導士の数が不足した状態が続いていて、優秀な学生は卒業を待たずに騎士団、国軍、官僚に引き抜かれている。そういう意味であれば、エンペロギウス卿もどこかのしかるべき場所でその能力を発揮してもらいたい。だが、リーノが入学することになり、彼女のことを守ってほしいという意味合いもあるんだ。」


 その「サルトル」の言葉にリーノがバベッドら立ち上がり、そのままアルクネメに抱き着いた。


「お姉さま、よろしくお願いします!」

「ああ、うん、よろしくね、リーノ。」


 「天の恵み」回収作戦での人的欠損を早急に立て直すつもりがある。

 その一助としてアルクネメの力を借りたいという事だと、アルクネメは理解した。


「わかりました。「バベルの塔」の頼み、受けさせてもらいます。」

「ありがとう、アルクネメ。」


 親し気に「サルトル」がアルクネメのファーストネームを呼び掛けた。


「まだ、確定はできないんだけど、きっとあなたが驚くことがあると思う。でも、忘れないでね。貴方とアクパ殿とは「バベルの塔」は契約を交わしているという事を。これは相互不可侵というものではなく、親交の証しと取ってもらいたい。」

「ええ、そうであることを祈っているわ。」


 リーノが抱き着いてきた状態で自分の髪をかき上げる。


 決して、学校に戻ることのメリットが自分にはあるかどうかはわからない。

 だが、あそこは敬愛するオオネスカに認められた場所であり、今はもう戻らないチームの絆があった場所だった。

 もう取り戻すことのできない多くの絆を失ってしまった。


 それでも自分はあそこに戻り卒業をしたい。

 その前に困難なことがあるとしても。


 自分の尊厳を取り戻すために、そして自信をもってブルに会うために…。


 確かにあったはずの仲間との絆。

 もう一度、そういう絆が作れるかはわからないが、自分の中で納得する形をとりたかった。

 そして、今度は今、しがみつく様にしている小さなリーノを守るという役目も出来てしまった。


 何が起こるかはわからないが、きっと自分には必要な事であるはずだった。


 抱き着いているリーノの柔らかな金の髪を撫でながら、アルクネメは静かにそう決意した。







 年が変わって、クワイヨン高等養成教育学校の入学式に、胸を張って歩くリーノの姿があった。

 その後ろに、多くの傷があるバンスと、寄り添う妻、アオイが前を歩くリーノに温かい目を向けていた。


 多くの少年少女が歩くその道に、明らかに年が上の青年と言っていい人物が一緒に歩いていた。

 クワイヨン高等養成教育学校の制服を着て。

 そして、先に聳えるクワイヨン高等養成教育学校の校門と、さらに奥にある校舎に目をやった。


 そこからは見える筈がないのだが、その視線の先には校舎の窓から新入生を見る、長くたなびく金髪が美しく輝く女性がいた。


 また、新しい物語が始まる。




 間奏 小夜曲 冒険者アルクネメ編 完


これにて、冒険者アルクネメ編、終了です。

様々な想いで、学校に帰ってきたアルクネメを、思ってもいなかった状況に陥ります。

さらに、出会いを重ね、成長していく姿、そして大きく変わるこの世界の状況を書いていくつもりです。

今度はどのくらいかかるか分かりませんが、付き合っていただけると幸いです。


もし、この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークをお願いします。作者の書いていこうという気持ちを高めるのに、非常に効果的です。よろしくお願いします。

またいい点、悪い点を感じたところがあれば、是非是非感想をお願いします。

この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。

よろしければ、次回も呼んでいただけると嬉しいです。


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