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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
間奏 小夜曲 冒険者アルクネメ
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第13話

 「スサノオ」の説明にその場にいたものは何もしゃべれなかった。


 皆、バンスに視線を移す。


「そこまでは説明された通りだ。その時点では、「バベルの塔」の指示は、他国での活動報告だった。別にその国の裏の事情を探るような諜報行動をするわけではない。各依頼や「リクエスト」の報告だからな。別に秘密にするようなことではなかった。リーノも6歳くらいまでは、通院は必要だったが、ほぼ普通に暮らすことが出来た。ただ、その件が「バベルの塔」絡みだったため、チームの人間、大将にも言えずにいた。というか、やはり「バベルの塔」の魔導なのだろうな、口にしようとすると記憶がなくなるんだよ。」

「ああ、それで、俺達もその子供のことを知らなかったのか…。」


 ダダラフィンが呟く。


「だが、6歳を超えて事情が変わった。急にリーノが昏睡状態になった。病院で意識を取り戻したんだが、しばらくするとまた体調は悪くなり昏睡状態。そんな状態が続いた。」

「その時に我々で引き取ったんだ。」


 バンスの後を引き継ぐ形で「スサノオ」が口を開いた。


「そしてそのまま今に至る。本当に4年ぶりなんだよ、リーノと会うのは。」


 情けない顔でバンスが皆に向かって言った。

 少し胸の部分をさすりながら。


「2年をかけて彼女の身体を精査した。何とか苦しみを抑えながらね。そして「テレム」を高濃度で与えることによりその体がみるみる変わったことは既に述べた通りだ。そしてそれ以上の力を持ったことは、戦って分かっただろう、エンペロギウス卿、アクパ殿。」

(ああ、聞いたよ。そして賢者「スサノオ」が与えてくれた情報と闘ってる最中に得たリーノ嬢の身体を解析した結果で、「バベルの塔」の計画とやらの一端がわかった)

「そう言ってましたね、アクパ殿。だが、それをここで言われては困るのだが…。」

(それは先程約束したが、ここである程度は説明してほしい。対応法がない訳ではないんだ)

 そうアクパが言ったときに、二人の賢者が立ち上がった。

「わかるのか、この原因を!」


 「ランスロット」がそう叫び、「スサノオ」もその瞳をそれ以上は開けられないぐらい開いていた。


「我々でもわからないことが…。」


 そう呟く「ランスロット」を「スサノオ」が制した。


「教えてもらえないか、原因と……、そして、対応法を。」

(君たちが知らないことではあるかもしれない。私が元々「魔物」であることからわかることもある。特に、意識としてあったかどうかは別に、この星で100年以上、おそらく200年以上は生きている。その間に自分の体の情報はある程度蓄積しているんだよ)


 そこで一度、言葉を切り、ここにいる者たちを見る。

 呆然とする賢者たちと、一縷の望みをその瞳に強く漲らせたバンス、そして話があまりにも大き過ぎるためについていけなくなっているダダラフィンが、アクパの主であるアルクネメを見ていた。


「わかった。こちらから話せという事か…。我々がハイブリッド・ウイルスについては確かに情報はまだ不足している。彼女の身体に合わせて我々の遺伝子を組み合わせた遺伝子を数百作った。スクリーニングは彼女の細胞を使って行い、最終的に適合したものを使った。10年前にはそれでよかった。だが6年たってこちらに運ばれた身体は、遺伝子の複製や、タンパク質の合成がうまく機能しない部位が多数あった。異種遺伝子の状況が思わしくなかった。魔導力の数値は落ちていない。遺伝子の治療を行おうとしたが、うまく機能する遺伝子を作ることが出来なかった。この時は数百どころじゃない、万以上のモノを合成したんだ。いいと思っても数日後には不適合になる。つまり、刻一刻彼女の中の遺伝子情報が変わっているという事態になっていた。」


 「スサノ」の説明に「ランスロット」が頷く。


(そうだろうな。正確には変異した遺伝子がそこら中に出来てきてるという事だ)

「それは、彼女の変異遺伝子が数多く出現したという事か?」

(そう思ってもらって差し支えない。おそらく胎児の頃から幼少期はその頻度が少なかったために、彼女の魔導力と、わずかな「テレム」でやりくりが出来たのだろうな)

「そう言う事なのか…。病室にも「テレム」の貯蔵庫を持ち込んで対応した。「テレム」の投与後は暫く安定したと思ったんだが、また再発。その繰り返し。ここで「テレム」の濃度の高い場所なら、彼女の身体も安定できるのではないかと考えたものがいた。」

「それは、賢者「カエサル」様ですね。」


 アルクネメはふと、土からなくした腕を再生させた「カエサル」を思い出した。


「その通りだ、エンペロギウス卿。「カエサル」は元々神経関連の研究者で、この星では魔導力による欠損部位の再生や、ハイブリッド・ウイルスの研究に携わっていた。特に感染後、成長した「魔物」の解剖から、黒い表皮、そして赤い目に多くのウイルスがいることは知られていたが、際限なく成長する細胞に特に注目していた。まるで…。」

(そうですね、その後の単語は、この星の人類には馴染みのないものだ)

「そこまで知識を蓄えているのですか、アクパ殿。」

(これはアルク姉さんの知識ではない。はるか以前に君たちの星の人間を捕食した時に得た知識だ)

長門勇(ナガトイサム)のことですか?150年前にこの「バベルの塔」から生身で外に出た?」

(そう言う名であったな。その時彼はその本来の身体でこの星で寿命を全うしようとしたらしいが…、君たちに追われる身で他の国に脱出するためにガンジルクさんの近辺を彷徨っていた)

「当然交易ルートは使えない。そして本来の我々の身体であれば、「テレム」の豊富な植物の近くの方が便利だった。そう言う事なのでしょうね。」

(彼は確かに強い。「魔物」を狩り、食していた。だが彼の魔導力の大きさは次から次へと「魔物」を呼び寄せてしまったようだ。最終的に「魔物」に捕食された。私が直接食べたわけではないが、長門を喰らった「魔物」を私が捕食した)

「そうか、長門はもう生きていないのか…。」


 「ランスロット」が沈痛な表情で顔を伏せた。


(そうか、君の知り合いだったか。だが、その知識を私は不完全ながら持っている。彼は癌に侵されていたんだな)


 その言葉に今度は「スサノオ」が驚いた。


「その話は本当か?しかし、殆どの癌に対しては、治療法が確立していたはず…。」

「いや、長門が患っていたのは完全に新種の癌細胞だった。もしかしたらこの星の生物、環境に影響を受けたのかもしれな。だから、緊急覚醒プログラムを動かした。この星にその治療法を探索するために。」

「今の環境下では癌細胞の増殖スピードは抑えられているはずだろう?」

「それが、そうではなかった。体内環境モニターが異常を発見して、その部位が大きくなることがすぐにわかったんだ。」

「そうか、そんなことが…。そうだな、この星の人類には、全く癌は発生しないから。」


 「スサノオ」が、そう言って肩を落とした。


「何なんだ、その癌って?」


 二人の会話をただ聞いていた3人のうち、ダダラフィンが我慢できず、そう尋ねた。


(癌細胞とは、「バベルの塔」の住人特有の病気だ。ただ、殆どの願主に対しては既に理療方が確立していて、それほど恐れる病気ではない。「バベルの塔」の住人のひとり、長門勇がかかった癌は新種で、この「バベルの塔」での治療で抑えることが出来なかった)

「いや、だからその癌というのは…。」

(永遠に増殖する細胞。その癌細胞が増殖すると、その宿主の人間は死に至る。)

「増殖する細胞?」

(通常の動物たちはある程度まで増殖すると死を迎える。新陳代謝ともいうのだが、その新陳代謝がだんだん衰え、個体は死ぬわけだ。細胞が永遠に増殖し、その生態を維持している動物がこの星にはいる)

「魔物か?」


 ただ、黙っていたバンスが呟いた。


(そう、「魔物」だ。その体は魔導力と「テレム」により、制御されている。その代わりに、強固な黒い肌と赤い目の中にハイブリッド・ウイルスがいる。奴らによってその無限細胞がもたらされたのは事実だ)

「その「魔物」を研究して、自分の病を治そうとしたのだろうな。」

(……)

「結果的にはその「魔物」の特異な細胞を「テレム」が制御しうるのではないか?その発想から、リーノをあの高濃度「テレム」の部屋に移した。結果は劇的だった。」

「そうだな。あの戦いぶりは、凄まじい。」


 バンスがそう漏らした。


(そこで、私は提案をしたい)

「さっきの対応法か?」

(リーノは体の中のもともとの遺伝子と、治療後の遺伝子のバランスがうまくいってないんだよ。それを調整できれば、この部屋から出られるかもしれない)


 このアクパの言葉によって、その後のリーノに対する治療法の検討が始まった。









 リーノがアルクネメと話した後、従順に治療用のスペースに入り、そのベッドに横たわった。

 その治療室に「テレム」が充填される。


 メインのアルクネメ=アクパが右手をリーノの額に当てる。

 リーノはゆっくりとその瞼を閉じた。


 その二人の周りに3賢者が控える。


「それでは始めます。」


 アルクネメの言葉に、大きなモニターが4っつ、光を放つ。


 アクパ主導のリーノの遺伝子改良の操作が始まった。


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