第12話
先程アルクネメとリーノの試合を見ていた部屋に、「スサノオ」、「ランスロット」、ダダラフィン、バンス、アルクネメとアクパが集まり、それぞれ適当な椅子に座っていた。
「この話は本人を交えなくていいのか?」
ダダラフィンが、一応聞いておくかという様なポーズで言った。
「これから述べる事実は、本人には酷な部分がある。後でバンス卿が判断して伝えて欲しい。」
「リーノは賢者「サルトル」とあの空間にいるが、大丈夫か?」
バンスが「スサノオ」の言葉に頷き、そして質問した。
「ちょうど見た目は同い年くらいだ。「サルトル」には一番懐いてるしな。仮にリーノが暴走しても「サルトル」なら抑えられる。」
「賢者がそう言うなら大丈夫なのだろう。アルクに徹底的にやられたことからどうなるかとも思ったが、見る限り精神的におかしくなっているようにも見えないしな。」
「そちらに関しては大丈夫だ。エンペロギウス卿には感謝している。我々では、彼女にとっては負けても悔しいという気持ちはない。だが、同じ人類との戦いでは負けるどころか、接戦すらなかった。エンペロギウス卿に負けたこと、しかもかなりに余裕をもって負けたとういう自覚があるようで、成長の後が見られることは好ましいことだ。だが、どのみち、今の状態でこの塔から出すことはできない。バンス卿には申し訳ないが、今しばらくこちらで預からせてもらう事になる。すまない。」
そう言うと「スサノオ」と「ランスロット」がバンスに対して深く頭を下げた。
少し寂しそうな顔をしたが、何とか二人に対して顔をあげる。
リーノに受けた肉体の損傷は「サルトル」の治療により、とりあえずは回復している。
だが、サンド・ワームとの闘い、さらにアルクネメとの死闘、それに続いた我が子からの手痛い歓迎がバンスの肉体を蝕んでいる事が判明していた。
この会見後、「バベルの塔」直轄の病院に入院が決まっている。
「それで、俺、いや私の娘であるリーノには一体何が起こっているんだ。詳しい説明が聞きたい。」
今回、ここに集まっているのはそれが目的だ。アクパが明言した「異星遺伝子混成人間」という単語の意味。
そしてそれが生み出された背景に対して、バンスは父親として、アルクネメとアクパは戦いにおいてのリーノの異常性の説明を求めた。
「もともとバンス卿の伴侶、アオイ・マーシャル・バンスの身体はリーノを出産できる状態ではなかった。」
「スサノオ」が緊急で運ばれてきた身重のバンスの妻、アオイのその時の状態から話を始めた。
バンスはその時にはこのクワイヨンにはいなかった。
既に長子であるコトノ・シャルル・バンスという娘を出産しており、それから10年以上たっていたがバンスはそれほど心配はしていなかった。
順調にいけば1か月後には帰国して、妻のそばにいるつもりでもあった。
その年12になっていた長女のコトノも、しっかりしており、妻をよく助けていた。
まさか妊娠7か月で急に倒れるとは思っていなかった。
バンスの両親はすでになく、アオイの両親もこの国の王都に居を構えていたバンスの家からかなり離れていたのだ。
通常、王立の病院に緊急搬送されることは稀だったが、その日は他の近隣の病院は妊婦を受け入れる状態が整わなかった。
これはガンジルク山ほどではないが、「魔物」達が多く潜む森からそこそこの数の「魔物」が交易ロードを使用せずに移動していた商人のキャラバンを襲い、その対応で多くのけが人が発生していたのだ。
だが、この状態がアオイにとっては幸運だった。
アオイの状態は非常に危険であり、その対処が通常の病院では不可能だった。
その状況が魔導力過多による臓器変質という難病であり、「バベルの塔」が動いたのである。
魔導力関連、「魔物」関連、特に「魔物」の変異種、そして「テレム」由来の病状は、全て「バベルの塔」に報告されていることになっていた。
この報告を受け、「バベルの塔」所有の緊急車両が王立病院から「バベルの塔」直轄病院へアオイが搬送された。
その搬送中に検査が行われ、この病態が胎児が原因であることが判明。
「バベルの塔」はそのまま胎児の出産を行った。
この処置が1日遅れていれば母子ともに命を亡くしていただろうとの事だった。
胎児もまた、死の直前だった。
胎児が持つ魔導力があまりにも大きいため、その肉体を破壊しており、すでに虫の息だったのだ。
抗魔導力作用を有する薬剤を用い、治療魔導士を5人がかりで臓器の修復を行った。
1週間ほどで何とか胎児の命は安定したが、このままではその自らの魔導力で自家中毒を起こすことが予測された。
「バベルの塔」、その住人たちは自分たちの目的のための数々の研究が行われている。
そのほとんどはクワイヨン国にも伏せられている。
そして、その研究途上の計画の一つを応用することによって、この胎児を救えるのではないか。
そう考えた者たちがいた。
決して、この行為は人命救助を優先したためだはない。
計画条件に合致した結果であった。
急遽、その計画変更は「バベルの塔」の住人たちによって可決、決定された。
その計画の責任者は「カエサル」であった。
この計画変更に伴う諸々の条件や日程の改変、その後の計画の修正を急ピッチで行われた。
すでに、もともとの計画のための準備がほとんど整っていた。
速やかに関連部署に告知されると同時に、極秘案件の処置も施された。
リーノの名は既に決まっていた。
その母親アオイは、出産後にすぐ処置が行われて、王立病院の普通病棟に移っていた。
その時には実の父母が病院に来ていた。
コトノに関しても面倒を見つつ、娘と娘の二人目の子供を心配していた。
「バベルの塔」の代理人が、そのリーノと名付けられた赤子に対しての処置に対して、殆ど説明せず、母親であるアオイに極秘の処置に関しての書類にサインをさせた。
もっとも拒否したのであれば、リーノの死が確定するだけである。
サインするしかなかった。
この書類には魔導力を利用した技術が使用されていた。
サインと同時に血判を押すと、その血に対して記憶操作が行われる。
リーノに助命処置がされたことは記憶に残るが、その詳細を思い出すことが出来なくなる。
その魔術が使われた事実もわからないという念の言ったものである。
それだけ、「バベルの塔」にとって重要機密の計画であったのである。
リーノの命を救ったのは遺伝子操作であった。
これがアクパが伝えた「異星遺伝子混成人間」という言葉の真髄だった。
リーノはその魔導力の高さゆえ、自らの命を奪いかねなかった。
その魔導力を制御する目的で違う遺伝子を導入し、高すぎる魔導力を抑え込む。
もともとの計画はまったく別の目的があった。
この遺伝子の考え方は「魔物」の原因であるハイブリッド・ウイルスの研究よりもたらされた。
違うのは、ウイルスではなく生体そのものの遺伝子に、違う星の遺伝子を混成すること。
これにより、その高すぎる魔導力は生命維持に使用され、自家中毒までには至らない。
実際にその処置は成功した。
抗魔導力薬を使用しなくとも、自家中毒を起こさないことを確認し、普通病棟の母親アオイのもとに戻された。
そしてやっと戻って来れたバンスが、事情を「バベルの塔」から聞かされ、その治療の代償として、協力を約束した。




