第11話
アルクネメの後ろから十数本の模擬剣が後頭部を狙って打ち出されてきた。
超高速での移動と、超高速の連続の突き。
だが、アルクネメの動体視力はその全てを捉えていた。
なおかつ最低限の動きで、その突きを躱す。
アルクネメの身体が回転し、模擬剣をリーノの横腹に叩きつけるように薙ぐ。
アルクネメの間合いにいたにも拘らず、リーノの身体がそのままアルクネメの上空にいた。
「フライングソーサー現象からの、空中浮遊か。」
見ていたダダラフィンが呟いた。
「あのリーノの高速の突きをすべてかわしての反撃。地に足がついてなかったリーノはそこにフライングソーサーを足場に上空に跳ぶ。ふっ、人同士の闘いではないな。」
賢者の一人「ランスロット」が呆れたように言った。
「ええ、ある意味、あの二人は人を超えた存在ですから。」
「サルトル」の言葉に、バンスが少女の姿をした賢者「サルトル」を振り返る。
刺し貫くような鋭いバンスの瞳に、「サルトル」は涼しい微笑みで返した。
「どうかしましたか、バンス卿。」
「後で詳しく説明してもらいたいもんだな。」
「そうですね、そのつもりではありますが…。おそらく、既にアルクネメ卿の中の「魔物」アクパがリーノお嬢さんの体質を解析してしまった感じですけどね。」
「サルトル」の言葉にバンスの瞳が大きく開かれた。
「スサノオ」と「カエサル」の表情が少し影った。
彼らの見下ろすその空間では二人の金髪の少女の死闘が続いていた。
空中に跳んだリーノはそこからアルクネメの頭頂部を狙って剣を振りかざした。
だがその時には床にアルクネメの姿はいない。
気配に気付いたリーノが横に向くと同時に剣で己が体を庇うように構えた。
衝撃が模擬剣を通じてリーノの身体を跳ばす。
そこにはアルクネメの模擬剣を振り抜いた姿があった。
床までの高さは優に10m以上。
その状態から横に飛ばされたリーノに向かってアルクネメが追いかけるようにして、飛ぶ。
飛ばされながら、空中で姿勢を変え、追ってくるアルクネメを視認した。
と同時に、空中で軌道を変え、アルクネメの視界から外れた。
が、すぐにアルクネメが追いつき、ニヤリと笑う。
(まさか、私より、早い?)
(そうなるのかしら?まだあなたに合わせたスピードだけど)
思考が簡単に読み取られ、返答までされた。
リーノ・アル・バンスのプライドが傷つけられた。
それを少女は許さなかった。
すぐに、また飛行軌道を変え、軽やかに着地。
そのままアルクネメの軌道を予測。
そこに模擬刀からロングソード現象を発現させ、軌道に交差させる点を振り抜いた。
が、そこに自分を嘲笑するものの姿はなかった。
リーノの警戒領域である後方にアルクネメが着地したことを認識。
と同時にその着地周辺の空間を強烈な魔導力と「テレム」を使い、捻じ曲げた。
アルクネメの着地した床が渦を巻き、足に絡みつくように捉える。
「どうかしら、お婆ちゃん。貴方の足を床に埋め込んだわ。かなり魔導力を駆使してるから、そう簡単に解除はできない。」
そう言って、持っていた模擬刀をアルクネメに向けた。
「ご自慢のスピード、もう使えないわね。さあ、お婆ちゃん、なぶり殺しのショーを楽しみましょうね。」
その声と同時に大量の魔導力と「テレム」が模擬剣に注ぎ込まれ、木製のその刃部が淡く青白い光を発した。
「人を高齢者扱いするなら少しは敬いなさい。それができないなら、淑女にはなれないわよ。」
「あんたを殺してから考えるから、安心して、逝って、お婆ちゃん。」
振りかざした模擬剣をアルクネメ掛けて振り下ろした。
「まずい!「スサノオ」、「テレム」分解開始しろ‼」
「ランスロット」が叫ぶ!
が、それを「サルトル」が手で静止した。
「ちょっと待って!見て‼」
そう言って二人の少女を指した。
その戦闘空間で模擬刀を捻じれた床に叩きつけている小柄の金髪の少女、リーノの姿があった。
が、アルクネメの姿は、ない。
いや、床に絡みつかれた右足の足首から少し上から鮮血をこぼした状態であった。
「自分の足を切断した?だが、あの床材は…。」
動けなかったはずのアルクネメを確実に打ったはずだと思っていたリーノの背後に、人影が出現した。
そしてその持っていた模擬剣がリーノに打ち込まれた。
リーノの右腕が肩の部分から綺麗に切断され、そのまま足だけがある、捻じれた床の上に前のめりで倒れた。
「リーノ‼」
戦いを見ていたバンスが叫ぶ。
だが、リーノには届かない。
思わず部屋を出ようとしたバンスを「ランスロット」が静止した。
「いいから、見てろ。」
バンスの視線が倒れているリーノとそのそばに立つアルクネメを見た。
アルクネメの模擬剣も光を発していたが、切断後には消えていた。
「どう、痛いでしょ?体を切られるって。でもね、場合によっては今みたいに自分で自分の体を切るぐらいの覚悟がいることがあるのよ、本当の生き死にの戦いではね。」
あおむけで倒れた体を起こすこともできず、首をできる限りまわしてその眼がアルクネメを見ていた。
痛みと悔しさに、人形のように整っていたその顔が、醜く歪んでいる。
リーノの見るアルクネメの右足はなく、そこからかなり出血をしているようだ。
だが、その顔はやけに涼しげである。
そう、痛みを全く感じていないような……。
痛みを感じない?
その違和感をはっきりと意識した。
その瞬間、全ての景色が変わった。
あれほどの激痛が消えていた。
それだけでなく、切られた右手が元に戻っている。
目の前の床には、アルクネメの右足は消失し、床も捻じれてはいなかった。
すぐに飛び上がるように起き、アルクネメと対峙した。
アルクネメの全身を見ると右足は何事もないように、そこにあった。
「思ったより気付くのが早かったわね、リーノ。」
「だから、名は……、いえ、負けたんですね、私は……。アルクネメ…卿。」
リーノは自分の名を言われ、とっさに文句が出ようとしたことで、今の自分の状況を正確に認識した。
「私は幻影を見せられた。そういう事、ですね。」
「そう。貴方は確かにかなりの強さを持っている。さらにここで賢者から直々に指導を受け、上級騎士程度では全く敵にはならなかった。その圧倒的な力が油断に繋がる。」
「そう、何でしょうね。この身体が元気になってから、家族にも会えず、ただただ、この力を使って寂しさを紛らわすしかなかったのに…。」
悔しいのだろう。
もともとの魔導力の高さと共に、その使用法だけを追い続けた少女。
リーノ・アル・バンス。
父親に会ったときに言った言葉も嘘ではないだろうが、うれしさもあったはずだ。
そしてその強さを敬愛する父親に見せたかった。
妙に闘いにやる気がありすぎたのはそのためなのだろう。
「私の魔導力も馬鹿にしたものではなかった。それは分かるわね。」
「その力は、もう一つの……。」
「そう、私の中にはもう一つの意識体がいる。自己紹介してあげて、アクパ。」
(いいのか、私が自分のことをこの少女に語っても?)
「そうね、もう、彼女は私に接触した時にあなたの存在を把握してるから。しっかり説明した方がいいわ。」
「今の流れてきた思念が、その、もう一つの…?」
(そうだ。リーノ・アル・バンス。ガンジルク山の食物連鎖の頂点に君臨した「魔物」。アクパーラー、デストロイドエンジェル、ツインネック・モンストラムなどと呼ばれた生命体の一つの精神生命体、アクパだ。お見知りおきを。)
「「魔物」の意識、アクパ……。」
(そうだ。故あっていまはこのアルクネメ・オー・エンペロギウスと行動を共にしている)
「さっきの現象は…。」
(アルクの魔導力がお前さんを上回っていたのは事実だが、それ以上にアルクと私は行動予測に優れていた。だから、お前さんの行動のより早い行動が出来た。空間歪曲もその魔導の流れを正確に認識していればこそ予測が出来た。ただ、お前さんの力で、この床の素材を捻じ曲げるには、正直、経験不足だった。で、その時点からアルクは幻影をお前さんの脳に直接作用させた。魔術はイメージが全てだ。これは経験がものを言う。アルクの経験だけでは難しいが、そこに私の経験が加わった。そこからはお前さんが感じた通りの幻影を見せた。空間が捻じれ、アルクを捉えたと思った。だが、アルクは自らの足を切るという幻影を作り、お前さんの背後に回り込む。そしてお前さんを倒す。そういう筋書きだ。だが、幻影と見破るのがこちらの予想より早かった。なぜだ?)
「簡単な事よ。アルクネメ卿が普通に立っていた。確かに右足首から下はなかったし、地も流れていた。でも寸分違わずに立てるのは、おかしいと思った。そこで私が思考誘導をかけられてると思ったのよ。」
「リーノは頭もいいのね。それで、アクパ。さっきリーノの身体を解析したんでしょう。何か分かったようだけど…。」
(ああ、わかった。そして、この「バベルの塔」が何を計画しているかも)
アクパの思考は、窓から二人を見ていた者たちの脳にも流れた。
「我々の計画を…、分かったと…。」
(ああ。「バベルの塔」がやろうとしていることは、この少女の身体が物語っている)
「ちょっと、待って、アクパ。リーノちゃんの身体って…。」
(おそらく「バベルの塔」の計画の一環だろう。バンス家の不孝が偶然重なったものと思うが。リーノ・アル・バンスは「異星遺伝子混成人間」だ)




